第21話 恋は落ちるもの
ようやく森乃忍へ描くと約束したイラストが完成した。
今回ばかりは自信作だったから、すぐにSNSを開き報告する。
〔徹夜狂い:納品しましたよ〕
〔森乃忍:待って待って! 今配信中! でも切り上げて確認するね〕
ん……?
送られてきたチャットを読み、思考が止まる。
今日日、彼女はメイキングの配信をすることが多かったか。
〔徹夜狂い:おい待て切り上げるな!〕
〔森乃忍:えー、もぅ切り上げちゃった〕
なんてことだ。
きちんと彼女の予定を確認していなかったオレも悪いけど、それでも配信切り上げるなんて……普通やるか?
彼女のファンに申し訳なくなってくる。
〔森乃忍:あーあ、テツヤくんが悪いんだぞ~? 責任取ってお姉さんを〕
言葉の切れたチャットが送られてくる。
そして次に、連投が始まった。
〔森乃忍:ふぉおおお~~~っ!〕
〔森乃忍:今回の衣装めちゃカワなんだけど〕
〔森乃忍:え、推せる〕
〔森乃忍:大ちゅきっ〕
人気イラストレーターにこうして言ってもらえるのは光栄な話だ。
ぶっちゃけ言えば、こうして褒めてほしくて、わざわざチャットまでした。
でも配信を閉じるなんて……ちゃんと確認しておくべきだった。
〔徹夜狂い:配信再開しろよ〕
〔森乃忍:え~、いつもぶつ切りだしみんな何も思わないって〕
〔徹夜狂い:おうおう、あんたが軽口でもオレがイラスト描いたからってファンに言った時点で、オレの方にはそれだけアンチが増えるんだが?〕
オレと彼女の関係性は込み入っている。
詳しいことは割愛するが、あまり表立って友人であることを言えない関係だ。
それは森乃忍もわかっていることだろう。
ただこの人の場合、ほんと何の気もなしにポロっと話題にしそうだから怖い。
〔森乃忍:えー、なにそれ相思相愛じゃん〕
〔徹夜狂い:何を言っているのかわかりません。真逆でしょう〕
〔森乃忍:や、だって好きも嫌いもそれだけ想われてるってことでしょ? もぅカップル成立と言っても過言じゃないねーっ!〕
……なんだ、その理屈は。
人類にとって些か早すぎる気がする。
〔森乃忍: え~、でもやっぱり衣装素敵だなぁ〕
〔徹夜狂い:パクらないでくださいよ〕
〔森乃忍:露骨な仄めかしはアリだよね〕
何の仄めかしだよ……。
よくあるインフルエンサーの裏で繋がっている仄めかしって、炎上しがちな行為だろう。
――炎上だけはもぅ懲り懲りだ。
〔徹夜狂い:確かに色々工夫して描いてますが、そこ褒めてくれるの森乃先生くらいですよ〕
まあ嬉しい気持ちも事実あるので、ちゃんと「あんた」ではなく「森乃先生」と呼んでおく。
〔森乃忍:え、他にもいるでしょ。コスしてくれる人もいるくらいだし〕
〔徹夜狂い:なんて?〕
〔森乃忍:前にエックスで見たよ? テツヤくんのデザインした衣装でコスプレしてた子〕
……初耳だ。
どうしよう、ちょっと興味ある。
じゃなくて――――……。
憶えがないから、オレが絶対にイイネしてない相手だし、薄情だって失望されてないそうで怖い。
エンスタならリア垢しかないから仕方ないけど、メイン活動しているエックスで見てないのは言い訳のしようがない。
嬉しさと怖さが混濁する。
〔徹夜狂い:可愛かったですか?〕
〔森乃忍:ちょっとテツヤくん。可愛くなかったら興味ないみたいな言い方しないの〕
えぇ……。
コスプレって可愛くなりたいからするものじゃないのか……?
〔徹夜狂い:面倒臭い……早く詳細くださいよ〕
〔森乃忍:めっちゃ興味有り気じゃん! え待って、今から私衣装作ってコスプレ写真送るからちょっと待って!〕
〔徹夜狂い:真面目にやめろ〕
いい加減……この人が未だオレのファンでいてくれているのはよくわからない。
名声だけならオレより既に上なんだから、自分のイラストを突き詰めるとか、より高い技術にだって手が届くだろうに。
〔森乃忍:しょうがないにゃ~! はい、どぞ〕
送られてきたアカウントに、オレは目を通す。
まずプロフィール欄を見て驚いた。
『色紙式部』
Illustrator & Cosplayer; *Requests: e-mail address below;
コスプレイヤーという以前に、イラストレーターだった。
すぐさまイラストの方を確認したのだが――。
〔徹夜狂い:森乃先生、この人にオレの話でもしました?〕
〔森乃忍:イラスト見てそう思うの無理ないかもだけど、ほんと何もないよ〕
それにしては、色紙式部の描くイラストはかなり特徴的だった。
一目で、そのルーツに森乃忍がいるとわかる。
だからこそ、多分森乃忍をこの子を認知していたのだろうと……思った。
人気イラストレーターは、一部フォロワーから、『こいつの絵柄パクリじゃない?』みたいなDMを頂くことが時々あるのだ。
森乃忍はそういう部分に寛容なのだが――。
〔森乃忍:てか、もしかして今じっくりその子のイラスト見てる? コス見たいんじゃなかった?〕
〔徹夜狂い:そうでしたね〕
職業柄、悪い癖がでた。
イラストは本題じゃない。
オレはどれどれとコスプレイヤーとしての写真を見る。
と同時に……息が止まった。
「は? どういうことだよ……これ」
オレはこのコスプレイヤーを知っていた。
以前にコミケで同人誌を売った時に……見たことがある。
あの時も何かのコスプレをしていたが、オレの驚いた部分は、そんなことじゃない。
第一に……色紙式部がコスプレしている衣装はすべて、『徹夜狂い』のデザインだった。
今までの彼女の呟きには、毎度エゴサ避けがされており、オレがその存在に気付かなかったのも、仕方ない話だろう。
コミケでのことを考えても、オレから存在を知られないよう徹底している。
理由は――最初のコスプレ写真と共に呟かれていた。
『いつか憧れの徹○○い先生に見てもらいたいです。ですが、出来ればイラストレーターとして人気になってから、認知されたいです』
森乃忍は……恐らくここまで遡って見ていないから、オレに存在を教えたのだろう。
ゆえに多少この色紙式部は不憫かもしれないが、そこまではいいとする。
第二に驚いた部分。
これがあまりにも衝撃的だった。
注目すべきは、彼女のコスプレなどではない。
「彼女の撮影場所が、すべて同じだ……というかここって――」
オレはこの部屋を知っていた。
壁に立てかけられた数多くの額縁。
そこに飾られた『徹夜狂い』のイラスト。
中央に立つ謎の美少女コスプレイヤーの正体にも、よくよく見れば気付くことができる。
「……面影なさすぎだろ」
――
今も壁一枚向こうの部屋にいるお隣さんで、小学生の頃からの……幼馴染だった。
しかし実は会っていたのだ。
お互い、気付いていなかったみたいだが、コミケで出会っていた。
……今も小波はオレに気付いていない様子だけど、ちゃんと再会していたのである。
「……かぁあああ~~~」
何とも言えない気持ちだ。
沸騰するように胸が熱くなっている。
この感情の正体を、オレは知っていた。
オレの描いたイラストを気に入ってくれて、衣装まで作ってくれている女の子。
信じられないことに、そんな熱心なファンが知り合いどころか誰よりも近い幼馴染だった。
「あ~もぅ、オレは馬鹿だ――――……」
その感情は、二度と友達に抱かないって決めたのに……ままならない話だ。
その想いは、抵抗できないものらしい。
――驚くほどにあっさりと、オレは小波に惚れてしまった。
୨୧┈••┈┈┈┈┈┈あとがき┈┈┈┈┈┈••┈୨୧
第2話にて、小波が感じていた既視感の正体は、コミケで会っていたことでした。
୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます