第20話 バレていたらしい
楠井は女子バドミントン部では身長が高いらしいが、オレよりも低い。
だが上目遣いではなく、その目つきは猛禽類のように鋭い。
楠井に連れられたのは、人気のない帰り道。
周りに誰もいないことを確認して、彼女は話し始めた。
――文字通り、他人に聞かれたくない話を。
「ごめんね、あたしが気付いていないと思ってたかな? 戸叶くん、あたし達のノリに慣れてないでしょ……いつも受け手そうだったし、当たり?」
「…………人には向き不向きくらいあるだろ」
やはり、バレていたらしい。
的を射た彼女の言葉に、冷汗をかいた。
どこで気付かれただろうか。
オレの素が、陽キャなどではないことに――。
「あはっあははっ! まあ戸叶くんみたいに苦手な奴もいるよね~。なんかあたしとだけ距離感空いてるから、嫌われてるのかと思っちゃったよ~」
吹き出すように笑い出す楠井。
陽キャのフリしたことがバレて、責められるかと思いきや、惚けたような様子だ。
何か……勘違いしてくれているのだろうか。
「えっ、ああ……そうだったのか。悪い、嫌ってなんかないさ。んじゃ遠慮なくオレも夕果って呼ぶことにするよ」
「そ~ゆぅのって、宣言せず遠慮しないで呼ぶものなんだぞ~? あはっ、慣れてないんだねぇ」
薄ら笑いで、どうにか取り繕う。
仕方ないだろう――楠井が目敏い女だってことは、初対面ですぐにわかったことだ。
楠井と似ているオレの初恋の女子――ユキも同じだったから。
オレなりに警戒していたし、彼女が油断ならない相手だってことは当たっていた。
ギリギリ首の皮一枚繋がった気分だ。
「そういえばさぁ、ななみんのことで戸叶くんに訊きたいことがあるんだけど」
「…………」
さりげなくもなく、未だ名前呼びしてくれない楠井に対して、オレは真顔になった。
まるで考えが掴み取れない。
とはいえ七海の名前が出た以上、オレも気になることだ。
「なんだ?」
「いやね、あたしとななみんが同クラだって知ってるでしょ? んで、話を聞いてるとずっと戸叶くんのことばかりだから気になって」
「……? 何が気になるんだ?」
「いつどこで、そんな仲良くなったわけ? なんか戸叶くんのこと、マブダチだって言ってたよ?」
「…………」
楠井にとって当然の疑問だ。
彼女は、オレと七海が幼馴染であることを知らないのだから。
「週末に、地域の案内を頼んだんだ。そこでな」
「…………それだけ?」
「あぁ、他には何もないはずだけど」
週末オレが七海と外出したことは、七海の口から直接聞いているようだ。
オレと七海の関係を疑っているんだろう。
すると、何を知りたいのか察しが付いてきた。
「少なくとも、オレと七海は恋人とかじゃないし、異性として見てもいないぞ」
「そ、そぅ。そうなのね」
「だから間違いなんて起こりようがない」
「ふうん……あの子人懐っこいし、一度信用したらこれくらいおかしくない……のかな」
楠井のオレに対する警戒心が緩んだ気がする。
どういう理由かわからないが、オレと七海が交際しているのかを疑っていたらしい。
なら、次はこちらの番だ。
「なあ、七海のことならオレも聞きたいことがあるんだけど」
「え、何々? そんな前置きすること?」
「楠井もしただろうが」
「確かに~」
「……七海のことが嫌いな女子って、どれくらいいると思う?」
おちゃらけた態度を崩さなかった楠井が、ようやく真面目な顔をする。
「宏から聞かされたアレの件ね。心配しなくても、ちゃんとあたしが――」
「律樹には手伝わせなかったらしいけど」
オレが言うと、楠井は痛いところを突かれたと言わんばかりに下唇を噛んで見せた。
「律樹は……前に色々あったの。人手はあたしも欲しいし、必要なら戸叶くんの手でも借りるから」
「そ、そうか」
……思っていたのと違ったが、少し安堵する。
実は楠井もまた七海に嫉妬していて、わざと警戒を怠っている……なんてことは、ないようだ。
どうやら、オレの杞憂だったのだろうか。
「律樹をハブってる訳じゃないの。だから――」
「今のは忘れる。オレは納得した」
本当に律樹がやらかしたことがあって、足を引っ張るから協力させなかっただけなのか。
「って言っても、大抵は痴情のもつれだからさ。どうにか話し合いでどうにかなってるよ? 七海を本気で嫌っている女子は一握りじゃないかな」
「一握りはいるんだな」
「女の子の嫉妬を舐めるなよ~? ななみんは美女なだけで、妬まれちゃうだけ」
そう言われるとそうか。
じゃあなんだ……宏の「アンチ」って表現も、ただの誇張表現だっただけか。
「そっか。七海が平気そうならいいんだ」
「……好きでもないのに、やけにななみんに肩入れするんだね」
楠井は再び、疑いの視線を向けてくる。
口調は揶揄うようだが、ここはオレも聞き分けの悪い彼女に言ってやらないといけない。
「あのな。オレは夕果、お前でも同じように肩入れするぜ? だって友達なんだから」
自分で言っていて、滅茶苦茶恥ずかしい。
言い慣れていないことが見抜かれていないか怖かったが、楠井は言い返してこなかった。
それどころか彼女はクスリと笑って――。
「あっそ。そういうの嫌いじゃないよ、鉄矢」
ようやく、オレを下の名前で呼んでくれた。
彼女の信頼を勝ち取れたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます