第6話 やってやるぜ!

「ところで鉄矢、その手の包帯……大丈夫?」


 宏が尋ねてくる。

 上手く見えないように隠していたつもりだったが、やはり気付いていたか。

 察しが良さそうな彼のことだ。月宮妹がスズメバチの話をした時点で気付いていたんだろう。

 ただ放課後、バドミントン部に連れてきてから訊くことか? とは思った。


 これぞ、陽キャの行動力と言うべきか。

 オレをバドミントンに誘っているんだろう。


「どうだろ。大丈夫なんだけど、ラケットを持つには厳しいかもしれないな」

「……そうかぁ。無理強いはできないね」


 バドミントン部は男女別。

 なので、今も男子バド部と女子バド部は隣同士のコートで活動している。

 チャラい宏もまた女子に人気のある男子。

 時折だが宏を見に来る女子がいることに気付いた。


「女子バド部とコート分けているんだな」

「まあね。見ての通りこちらは部員も少ないから、温情で使わせてもらっているようなもんだよ」


 作り笑いを浮かべながら「弱小なんだよ」と卑下を加える宏。

 その言葉の根幹には、独りでも部員を増やしたいという下心を見え隠れさせる。


「ったく宏もバスケやろうぜ。存続、難しいだろ」


 一緒に校庭までやってきた律樹がそう言う。

 部活はないのだろうか。

 宏と律樹は中学からの幼馴染らしく、他クラスの割に一緒に行動しているらしいが。


「馬鹿言うな。俺はバスケ下手なんだって」


 人には向き不向きがある。

 外見だけ見ても、宏はスポーツが上手いようには見えないが、バドミントンは上手いらしい。

 自称バド部のホープなのだという。


「大体なぁ宏、お前がバド好きな理由って――」

「ばかかっ! それを言うな」


 何か言おうとした律樹の口を慌ててふさぐ宏。

 すぐに周囲を見渡すあたり、どうやらオレに聞かれたくないというより、噂にされたくない話か。


「いいんだよ。今年はバド部が潰れないし、来年に期待さ」


 ただ並々ならぬ理由があることは伝わった。


「…………」


 宏は勘違いしていることが一つある。

 見ての通りオレは手を怪我しているが、正直ラケットを持つ程度何も問題ない。

 ――オレは右利きだからだ。

 だけどクセなのか、字は左利きで書いていた。

 宏は授業中、ソレを観察していたのだろう。


 絵描きとして、オレは使だ。

 単純に手が足りないからスピードを上げるつもりで、中学生の頃から鍛えている技術。

 元が右利きだから、矯正のためにも授業中のノート取りは左手で書いているのである。


 「できない」と自分で口にしてしまった手前、訂正しにくい。

 言ってしまえば許してくれそうなのに、やはりオレは陰キャで臆病者だ。

 でも嘘なんて、いずれバレて然るべきものだ。

 時には、勇気を出すことも大事だろう。


「部活には入らないけど――試合やろうぜ」

「おまっ、手はいいのかよ」

「いいんだよ、やってやるぜ! 代わりに律樹も参加しろよ」


 そう言うと、宏は「ありがとな」と言いながら、感謝の意を示してくれる。

 瞬間、心がチクチクし始めた。


 ――そんな顔で、オレを見るな。


 同情した訳じゃない。罪悪感ですらない。

 嘘をいて、将来的にこいつらとつるみ続けるかもしれない場合に面倒だから、こうしたんだ。

 あとはそう――この感情のうっぷん晴らしだ。


「……しゃーねぇ」


 律樹も参戦してくれるらしい。

 こっちはバスケ一筋って訳でもなさそうだ。


 ――俺も、そうだな。

 中学の頃から、特定の部活には所属せず、点々と友達の助っ人として色んなスポーツに手を出してきた。

 何度か、そういう形で大会に出たこともある。

 バドミントンは大会に出るまで体験したことがないけど、他スポーツの経験からそれなりに動けるだろう。


「じゃ、ルールはどうする? ローテで――」

「んじゃあ、ダブルスはどう? あたしも参加オッケーでしょ」

「……夕果」


 三人でプレイはできないと、ルール決めしようとした時、隣にコートから近づいてきたツインテールの女の子は、突然現れると宏の頬に馴れ馴れしく指を突いた。

 どうやら親密な仲に見えるが――。


「そっちが転校生くん?」

「あ、ああ。がのてつだ」


 急に現れたと思ったら、その高いテンションにムードを持っていかれた。

 少なくとも、クラスメイトに彼女のような女子はいなかったはずだが。


「あたしくすのゆう、Cクラス。宏達とは幼馴染。君の話はななみんから聞いてるぜぃ?」


 恋人という訳ではないらしい。

 宏の顔が薄っすら朱くなっている気もするけど。

 というか、Cクラスには知りたいが一人いた。

 ななみん……すなわち小波の姉である七海のことだ。


「夕果、そっちの部活はいいのかい?」

「もち! コーチには話付けてきたって」

「ならいいけど。これで四人だ。経験者を一人ずつ分けて、さっそくやろうか」


 話の途中に割り込まれたものの、トントンびょうに話が進んだ。

 結果、オレは今しがた会ったばかりと楠井と組むことになってしまうのだが……。

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