第24話 オレが好きなのはお前

 引っ越してきてから、絵を描く時間は少なくなったものの、以前よりも多く描けている気がする。

 リアルが充実しているから、孤独な作業にも集中できる忍耐が鍛えられたのかもしれない。


 陽キャに囲まれた6人グループなんて、前の学校では窮屈だったのに、今ではまったく苦ではない。


「ま、夕果や七海の周りはきな臭いけど」


 夕果は本当に女子バドミントン部内での立場があまり良くないみたいだ。

 七海の方は前に絡んできた森下を始め一部の女子の反感を買っているという。

 夕果がどうにかしているみたいだが……それも、森下に納得している様子は見られなかった。

 いや、森下は部活内での繋がりもあるから、夕果に安易に動けていないだけなのだろうか。


「わっつ、かんねぇ~~~っ!」


 ぶっちゃけ、オレの小波に対する恋とか、どう接するのが正解かなんて……連中の人間関係の複雑さに比べたら本当にしょうもない話だった。

 だからオレも、こうして他人の事を考えるに時間を割けているのだが。


「どうすりゃ、小波に宏は振り向くんだ?」


 オレは小波のことが好きだ。

 だけど、できれば彼女の幸せを尊重したい。

 小波が興味を持っている宏との関りを増やしてやりたいと思っている。

 なのに当の宏の反応は、友達に接するそれだ。


 小波だって美人姉妹とか言われるほどの美女なのに、まるで興味がないような態度。

 妙に――安心するし、ムカつく。


「くそっ、宏もはっきりしろよ」


 結局のところ、オレは小波が欲しい。

 だから宏が小波に好意を持っていないなら、さっさときっぱりとそう宣言してもらいたい。

 そうじゃないと……小波が可哀想だ。

 優柔不断なのか知らないけど、中途半端に友達続けているのが、これまた――。


「……そうだった。小波と宏が結ばれたら、グループはどうなるんだ?」


 一番忘れてはいけないことを、今更思い出す。

 小波の幸せばかり考えていたが、グループ内で恋人なんて出来たら……?

 そのまま友人関係を続けられるのだろうか。


「…………っ」


 答えは出てこない。


「一番中途半端に友達続けたいと思っているのは、オレかよ……」


 オレは陰キャだ。

 陽キャの仲間入りできるような器じゃない。

 わかっていたことだ。

 調子に乗ってまた醜態を晒すのが怖くて、現状維持に甘んじる。

 ――なんて臆病なんだ。


「ん……? んんっ!?」


 どうしようもない自己嫌悪に浸っていると、LEINに通知が着ていた。

 ――小波からだ。


 飛び上がるように立ち上がった。

 彼女とはいつもジスコードのツキナミ垢で連絡を取ってきていただけに、珍しい。


〈今から、部屋にお邪魔しても?〉


 なんだって……?

 突然のメッセージ。

 しかもその内容が今から会いたい……だと。

 ドキドキして、胸の鼓動が鳴り止まない。

 今を何時だと思っているんだ……日が変わる数十分前だぞ?


〈いいぜ〉


 舞い上がるように玄関へ行き、鍵を開ける。

 すると、同時に開く扉。


「ど、どうした? こんな時間に珍しい」

「少しお話したいと思いまして」


 小波と二人きり……思えばそんな瞬間は、これまでなかった気がする。


「ま、まあいつも七海とセットだもんな」

「えぇ」


 会話もなく、リビングまで上がって来る小波。

 最近は一緒にゲームしたり映画見たりするために、こんな事は普通なのだ。

 ……けど、妙にソワソワする。

 当たり前が、ドキドキを加速させるのだ。


「お姉ちゃんとは、上手くいっていますのね」

「ん? ああ、まあな?」


 オレがお茶を淹れる中、小波はテレビを付けるとそんなことを話し始めた。

 七海のことというと、森下みたいな女子達の話でもしたいのだろうか。


「そういや、信じられないくらい七海ってモテるんだな。驚いたよ」


 昔はそもそも、男子だと思っていたから……それだけにギャップが大きい。

 オレの中ですごいことになっている。


「ふふっ、恋のライバルが多くて困ってます?」

「え……そういうのじゃないよ。変な奴が七海の周りに寄って来るのは、面倒だなって思うけど」


 ――オレが好きなのはお前だよ。

 そう言えたら、どれだけ楽なのだろうか。

 臆病にも、ここで踏み出せない。

 小波の想う先が宏ならば、その方が幸せのように考えてしまったから。


「……お姉ちゃんを美人とは思っていまして?」

「そ、そりゃな。それを言うなら小波もだけど」


 昔と変わった度合いで言えば、七海よりも小波の方が大きい。

 慎ましい見た目と態度。

 加えて裏ではコスプレに励む女子なんて……そうはいない。


 本当に、小波とツキナミは結びつかない。

 嬉しいようで、寂しいようで、だけどオレの目には可愛らしく映ってしまう。


「そぅ。わたしも、ですの……」


 ボソッと呟いた言葉。

 そこに、どんな感情を孕んでいるんだろう。

 わからない。


「……てっちゃん。わたしよりお姉ちゃんと一緒にいる時間の方が多く思いまして――」


 不満そうな声色。

 一瞬、嫉妬しているのでは?

 ……などと都合よく解釈したくなってしまう。

 だが、次いで彼女の口から出てきた言葉は、予想外なものだった。


「避けられていると思っていましたのよ?」

「はっ? ……まさか。小波を避けるだなんて、そんな訳ないだろ」


 宏と近づけようと画策したり、ドキドキに耐えられず七海を間に挟んだことはある。

 どちらかというと、結果的にそうなってしまっただけに過ぎないというオチだ。


 もちろん、小波と二人きりになる状況がなかったことは事実。

 オレの方から避けていたと勘違いされても仕方ないのかもしれない。


「強いて言えば、そうだな。小波は――学校でも高嶺の花って感じだからかな」

「……それが、どうかしまして?」

「だから、一歩引いていたのかもしれないって」

「てっちゃんは――昔のてっちゃんなら、そんな事気にしませんでしたのにね」

「……っ」


 ――そうだった。

 オレはいつの間にか、今の状況が居心地良くて、甘んじていたのかもしれない。

 ツキナミの兄貴分であることを忘れていた。

 流れに身を任せるなんて、昔のオレはしない。


 それを晒してしまったとは……まさか自覚もしていなかったなんて、チクリと胸が痛くなる。

 きっと、失望されて――。


「そんなの寂しいよ。昔みたいに僕のこと、もっとリードしてくれてもいいんだよ」


 小波がオレの肩に寄りかかり、耳元で囁いた。

 それも普段の小波ではなく、いつの日か昔に見たことがあるようなツキナミに、重なる。


「だからね。もっとお姉ちゃんのこと見てあげて? 僕はその次いで、でいいから」


 その言葉に、頭が真っ白になった。

 一体……小波は何を考えているのだろう。

 自分が寂しいと言っておきながら、どうして七海の名前がでてくるのだろうか。


 言葉の意図はわからない。

 わからないけど――何かを誰かに譲るようなその精神は、自然と共感してしまう。

 ――共感してしまった。


 オレの……中途半端な想いもまた、優先順位というものが出来てもいいのではないか? ……と。


 ――二番目に愛されるなんて、あっていいのだろうか。

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