第四幕:ポイントオブノーリターン

第35話 ハニートラップ

 ……出来た。

 コツコツ進めてきたイラストが完成した。

 いつもよりレイアウトが多い。特に衣装を拘ったのだ。


「いや……ギリギリアウトか?」


 露出度が高すぎると、センシティブ判定を食らうかもしれない。

 だが、それでも――小波がコスプレしてくれる可能性を考えれば、描き切りたかった。

 体型も丁度、小波に合わせてデザインしている。


「ふぅ」


 満足したオレは、一息吐く。


 体育倉庫の件を経て、オレは再び恋愛をしないべきだと考えた。

 だが、律樹のことも理解できる。

 我慢には限界があるし、焦ることもあるだろう。


 そこで、このイラスト。

 ……ふむ。

 このイラストを見た小波が衣装を作ってコスプレしてくれるのは、これまでを見ても確定的だ。

 そんな彼女の少しエッチなコスプレを見て、合法的に満たされようという計画。

 ……素晴らしい。我ながら完璧だ。


「モデルの小波と同じ体型だからな。ククク、絶対にやってくれるはずだ」


 夕果に賛同するもしまいも、このイラストは前から描いていたものだ。

 それでも完成度に笑わざるを得ない。

 あとは、投稿するだけなのだが――。


「ん……?」


 そんな時、家のチャイムが鳴った。

 ツキナミのどちらかなのは間違いないと出てみると、七海だった。

 猫耳パーカーを着たラフな七海は、玄関を開けるとそそくさと入って来る。


「どうした? 今日もゲームか?」

「うんっ、そうだぞ」


 いつものことだ。

 恋愛しないと誓ったが、これは幼馴染として接するだけなのだし、何も問題ない。

 早速、リビングのソファーに並んだ俺たちは、前回まで進めていた協力ゲームを付け始める。


「……最近、てっちゃん忙しそうだね」

「そうか? まあほら、前に言った体育倉庫の件があったからな」

「まだ迷宮入り?」

「や、解決したよ。まあ気にすんな」


 すると、七海は露骨に不機嫌な顔をする。

 おかしいな……オレは忙しくなくなったというのに。脈絡がわからない。


「ん、なんだ?」

「なんで相談してくれなかったんだよぅ……」

「いやだって、色々物騒な話だったんだ」


 犯人がわかるまで、いくら考えてもわからないことだらけの事件だった。

 ……軟禁事件だったのだ。

 七海を巻き込むことなんて、できなかった。


「――部外者はやなんだよぅ」


 七海は少し開いていた距離を狭め、オレに寄りかかって来た。


 彼女の匂いが耳にツンと刺さる。

 パーカーのフードで隠されていたから気付かなかったが、若干湿ったままの髪が肌に触れた。

 恐らく風呂上りだろう。


「……七海?」

「くっ付きたい。添い寝……昔もしたことあったんだぞ」


 よくわからないが、他人に甘えたい時もあるということか。

 オレはツキナミの兄貴分だからな。

 特に文句を言うつもりもない。


「その姿勢、プレイしにくくないか? もう少しゆっくり操作してもいいぞ」

「甘やかすんじゃないんだよぅ……ほれほれ~」

「うわっ、急ぎ過ぎだって」


 テレビスクリーンに映る七海の操作キャラが、先行していく。

 オレのキャラは動くフレームに遅れて、残機が1減ってしまった。

 協力ゲームなので、その時点で七海のキャラもチェックポイントまで戻される。


「おいおい……」

「もぅ、遅いんだぞ」

「七海が早すぎるんだよ」


 まるで兄妹のように近い距離だが、ゲームをしていればいつも通りのオレ達だ。

 頑張って追い付こうと操作を急ぎ、スムーズに行くかと思えば、次は七海が失敗。

 呆れながらも試行を繰り返す末に、ゴールにたどり着いた。


「やった~っ」


 気付けば七海の顔は真横にあり、頬ずりするように頬っぺた同士がくっついた。

 流石のオレも、目を見開いて驚くが、対する七海はちょっと顔を赤らめるだけ。

 それ以上に、ゲームクリアが嬉しそうだ。


 七海がいつもこうしてくれるから、夕果を襲わずに済んだとも言える。


 ハニートラップ耐性には、これ以上ないだろう。

 尤も、七海はまったくオレを男性として意識していなさそうなのが怖い。

 変な男に騙されないと、いいんだがな。


「やーっ、てっちゃんとするゲームはやっぱり楽しいよぅ」

「それはなにより。オレも楽しいよ」


 次は、小波も連れて来てくれると嬉しいけどな。

 小波は偶に付いてきてくれる。

 次はいつだろう。


「いつまでも、こうしていたいよぅ」

「そうだといいな」


 意図の読めない言葉だが、オレも同じ気持ちなので素直に応えた。

 七海はコントローラーをテーブルに置き、オレの膝を枕に仰向けになる。

 本当に猫のようなやつだ。


「――あのね、てっちゃん」

「ん……?」

「僕、昔怖かったんだよぅ? ……元々ツキナミだったのは小波で、僕は部外者だったから」


 急な話――いや、違うな。

 『部外者』という単語は、さっきも言っていたことを思い出した。


「だから、てっちゃんが僕をツキナミだって勘違いした時、訂正しなかったんだ」

「……そういうことだったのか」


 先にツキナミとして会っていたのは小波。

 七海からすれば、自身が部外者と考えてもおかしくない。


「女の子だと思われたくないのも、僕が小波にお願いしたんだ」


 再会してから、オレはあまり昔のツキナミについて考えていなかった。

 どの道二人はツキナミだ。

 ……オレも、それでいいと思った。

 深い根拠もなく、納得したかったのだ。

 それを、二人は望んでいると感じたから。


「――でも違った。てっちゃんは、僕がツキナミじゃなくても、女でも、こうして遊んでくれる。それは僕にとって本当に嬉しいことだったんだよぅ」


 七海は手を伸ばし、オレの首を掴む。


「……七海?」

「ずっと……一緒がいいから。てっちゃん、好き」


 オレの首を引き寄せ、七海も頭を上げる。

 彼女の顔が急接近したと思えたその瞬間、唇に柔らかいものが触れた。

 そのまま引き込まれるように、柔らかいモノがオレの唇を揉んでくる。


「……ッッ!!!」


 むにゅむにゅっといった初めての感覚に蹂躙され、オレの頭は真っ白になった。


 ――七海にキスされていた。

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