7-2

 神父が身をよじったところをかるく突き倒す。不死者の力では“軽く”だったが、神父は大きくよろめき、うしろのソファに倒れ込んだ。すぐに起き上がろうとするのを右肩をつかんで押さえつける。

「ほどいて下さい」

「蹴りたいなら蹴っていいぞ」

 安っぽいスラックスのベルトを引き抜きながら言う。神父がじたばたするので膝を割り脚で動きを封じる。膝蹴りの一発ひとつもくるかと思ったが、どうやら本気ではなさそうだ。

「こんなことをしたところでなんの解決にもなりはしませんよ」

 そうだな、だが一時いっときの慰めにはなる。

 片脚だけでも、神父は床やソファを蹴ってなんとか体勢を立てなおそうと、やなにかかった魚のように身をくねらせた。

 それがまたこちらを煽り立てた。

「このあいだは自分から誘い入れたのに今夜は嫌だとはどういう了見だ?」

「あれは私の弱さがさせたことで、あなたには申し訳なく思っ」

 ――申し訳なくだと?

 それもこれも私の忠告を聞かなかったせいだ、この糞馬鹿野郎。

 なめらかな脇腹に手を滑らせる。怒っているからか心拍数が上がって体温も上昇しているのがわかる。死人の愛撫はさぞかし冷たく感じるだろう。

 あらわになった鎖骨から下に口唇くちびるを這わす。歯を立てて思うさま血を啜ってやりたいところだが、父祖の名誉にかけて、あの下劣な人狼と地獄の同階層で一緒になるのは、どうあろうとも避けたい。

 神父はやはりもがいた。が、最前よりは勢いが削がれていた。肌が粟立ち、奥歯を噛んで声――まだ喜悦、というわけではないだろうから空嘔からえずきか――を殺している。

 微かに震えを帯びた声が頭上から降ってきた。

「ノーランさん、あなたには子供がいない」

「ああ」

「過去にふたりの奥様をお持ちだったが、それ以来誰も自分と同じ存在にはされていない」

「それがどうした」

「友人もいない」

 その言葉に顔を上げる。大きく息を弾ませる胸の上から、いささかの怯えの色が混じった、しかし真摯な深く蒼い瞳と視線が交わった。

「……私が誰からも好かれていないということをあげつらって、せめてもの抵抗のつもりか?」

「あなたは自分と同じ苦しみをほかの人に味あわせたくないと思われたのではないんですか。そのあなたが今になって自暴自棄にとる行動がこれですか?」

「魔女の薬にあらがえなかった人間が、他人わたしのことを言えた義理か」

 こんなときに限って薬効は現れない――

「吸血鬼でもないのに他人ひとの心を読むような真似がよくできたものだ、この異端者め」

「ノーランさん、ですから――」

「黙れ」

 どうして口も塞がなかったのか――分からない。彼は説教と……言うまでもなく祈りに長けていて……同じくらい、他人ひとの神経を逆撫でする名人だというのに。

 まだ下肢を覆い隠している布地の下に片手を差し入れると、神父はのけぞり、なおも上へ逃れようとした。それでもこちらにうしろを見せるつもりはないらしい。

「まるで娼婦だな。誰にでも愛を与えるのに、心は絶対に与えようとしない」

 神父の肩が大きくひきつった。興奮して早鐘を打つ胸の奥から、傷ついた鹿のような――弱々しい喘ぎが漏れた。

「お前のような若造に私のなにがわかるというんだ」

「私にあなたの苦しみはわかりません」掠れた声だったが、

「誰だってそうでしょう――違う人間なんですから。私にいえるのは、あなたが苦しんでいるのを見るのはつらい、なぜならあなたと同じ疑問を私も持っているからです。以前まえに悪霊に言われたように、たとえこれが自分のためだろうと構わない。これは私の問題でもあるんです。だから」

 マクファーソン神父は言葉を切り、自分の母語にない言葉を訳しかねているように秀麗な眉を寄せ、次には真っすぐ私を見据えた。

「私はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。二度と友人を突き放すことはしないと誓ったんだ」

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