神の慈悲なくばⅥ 〜What Are You Waiting For?〜
吉村杏
Tell Me What You Want
1-1
マクファーソン神父が夜半にラテン語で電話をかけてきたとき、私は一瞬、古き良き時代に逆戻りしたのかと錯覚した。
『すみません、あの、さしつかえなければ……おそらくあなたならおわかりになるだろうと思いまして』
「もちろん」私は同じように答えた。今時ラテン語など多国籍の社交クラブでさえ使われないというのに……。“
『手短に申し上げます。またあなたにその、ご相談したいことが』
背後で雑音もしないところからすると、司祭館の自室か聖堂からかけているのだろう。
「日時を指定してくれたら、いつぞやのように迎えにあがるよ」
『それは無理です』彼は即下に否定した。『あのことがあって以来、彼は片時も私から目を離そうとしないんですよ。どこへ行くにも絶対携帯電話を持ったか聞かれますし、
番犬というより
「たしかに私も睾丸を潰されたくはないが」
『なんですって?』
「こっちの話だ。しかし、それなら次の告解のときでは?」
神父は瞬時言葉に詰まった。
『……彼には聞かれたくない話なのです。それに事態がその……いささか切羽詰まっているといいますか……』
……ふむ。だからわざわざこの時間なのにラテン語というわけか。こちらの教養の程度が信頼されているのは嬉しい反面、あの人狼の小僧を
肝心の用件がなんだかよくわからないが、彼が焦るくらいなのだから相当なものなのだろう。
『次の土曜日の夜でしたら、彼がいませんので……』
「なるほどね。どれほど堅固な砦にだって抜け道はあるものだ、内部の人間が導いてくれる限りは。暗くなったら伺うよ。しかしまさか、坊やとは一緒の寝台で寝ているわけではないんだろう?」
『――寝ていませんよ!』
これはさすがに逆鱗に触れたようで、彼は罰当たりなののしり言葉を口にする代わりに、『ヨハネ伝』の冒頭を唱えたので、私は頭が痛くなった。
(……少々からかいすぎたか)
静かになった
一時はどうなることかと思ったが、マクファーソン神父の“力”は衰えてはいないようだ。これはひとつの希望だな。
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