2-3

 約束の時間きっかりに教会の扉を押し開けると、果たしてマクファーソン神父はそこにいた。信徒席の最前列からふりかえり、軽く会釈する。

「こんな夜半に申し訳ない」

 今や私の中で失われていないのは礼儀だけのようだ。

 夜更けの聖堂に足早な靴音だけがやたらと大きく響く。

「いえ、教会はいつでもひらかれていますから」

 先日と同様に、祭壇の前に並んで腰をおろす。本来ならひざまずくのが当然なのだろうが――……

「神父、今日の懺悔の相手は神じゃない、あなただ」

「――あなたまでそんなことを言われるなんて、どういう風の吹き回しですか? 私は神じゃありませんよ」神父は苦笑した。

「冗談を言っているのではない」

 呑気のんき言葉セリフに思わず苛立ちがつのる。だが許しを求めるのはこちらなのだから……。

「いいですよ、それでは主のいつくしみに信頼して、あなたの罪を」

「私はほかでもない自分自身のために、地獄と――魔女と取引をした」無礼にも聴罪司祭の言葉に押っ被せる。

「それであなたはなにを得たのですか」

 神父の蒼い瞳は夜のように静かだった。

「……新たな苦悩を」

 地獄との取引は最後にはいつもそうなることを知らなかったわけではないのに――人はいつも、自分だけはそうはなるまいと高を括っているのだ。

「それだけではわかりませんよ」

「私の先祖を殺したのはドルイドだった――魔女は最初にそう言った」

「……あなたがつきあっていた地獄ですね」

「……そうだ」神父の冷静な言葉が胸を刺す。「だが、それ以上の情報を得るにはカヴンの求める代償を渡さなければならなかった。あなたが持っていたものを」

「それで望むものが手に入ったのなら、少なくともあなたにとっては悪い取引ではなかったのではありませんか、ノーランさん?」

「ああ、たしかにあの悪魔の情婦は知っているだけのことはしゃべったとも。そいつが現代同時代に生きていて、喜ばしいことに今生では人間で、おまけになんの因果かここ合衆国にいると。そうまで煽っておきながら、狡猾な雌狼は彼奴きゃつの名前はおろか、男か女かも、何歳いくつなのかも、どこにいるのかさえ、あるじからは教えられていないから知らないと言う――どうやって探せというんだ、三億人だぞ、しかも一日に一万人ずつ増えていくというのに!」

 夜の教会の静寂しじまを私の大声が破った。会衆席ベンチの背にかけた手の爪が木肌に食い込む。

「この世の君主の端女はしための知っていることなどせいぜいその程度だったのに――このうえ私はなにを捧げればいいんだ、ほとんど欠片かけらしか残っていないような良心か、あるかなきかの信仰心か、たかがこの身ひとつの破滅を逃れるために――いやそれよりも、」

 深更に車を飛ばしたのは自己憐憫に浸るためではなかったはずだ。

 私は罪人のように――事実――神父の前にうなだれた。

「……神父、私はあなたの信頼を裏切り、あなたの敵の欲しがっていたものをやつらの手に渡すことであなたの身を危険に晒した……私は許されないだろう」

「誰があなたを赦さないだなんて言いました?」

 いつもと変わらぬ声――どころか、どこか面白がっているふうさえある。

「もちろん私は赦しますとも――主の御名において」

 ――ふざけているのか? あるいは絶望で自暴自棄やけくそにでもなったか――?

 勢い込んで顔をあげると、祭壇の燭光に照らされた神父の、嘆きの聖母像ピエタのようなおもてがそこにあった。

「わかって言っているのか? やつらはかせをはずされふたたび完全になり、あなた――か、あなたの周囲まわりの人間を思うままに傷つける力をとり戻したというのに――しかもそれを行ったのはあなたの目の前にいるこの馬鹿な吸血鬼なうえ、そいつはなにひとつあなたの荷を軽くするようなことをしたわけでも得たわけでもないんだぞ、ただ事態を振り出しに戻しただけだ!」

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