8-3

 さらに、スミス巡査はまだいくぶん納得のいかない様子で、後日の日中にまた教会を訪ねてきた。私が、ディーンには心配をかけたくない――聞かせたくない、というか、これ以上彼には危ないことに首をつっこんでほしくないので、スクールカウンセラーの出勤スケジュールを伝えてあった日なのは幸いだった。

「世の中には自分にそっくりな人間が三人いるといいますが、まさか神父さんみたいな人がそう何人もいるはずは……。一卵性双生児とかじゃあないですよね?」

「もしそうだとしたらそれこそ私がお目にかかりたいですよ。私は養子で、養父母に引き取られる前の記録は残っていないと聞いているものですから。両親に問い合わせてくださっても結構ですが……」

「そんな、そこまでは――その……すみません、神父さん」心優しい警官は目を伏せた。

「猟奇殺人は制服警官の通常の職務の範囲を少しばかり逸脱していると思うんですけどね」彼は急に気温が下がって鳥肌が立ったみたいに、両の二の腕を擦った。

「そうでなくても、あっちの強盗事件の報告書、こっちの窃盗事件の報告書が山積みときているんですから。おまけに窃盗といっても最近は罰当たりな事件も多くて」

「罰当たり?」

「ええ」

 スミス氏は、私の暴行事件に関する捜査がはかばかしくないことを詫びたあと、

死体公示所モルグから遺体が盗まれたんですよ。まだおおっぴらにはされていませんけどね、バレたらそれこそ警察の恥ですから。死体泥棒だなんて、十九世紀でもないのに……」憤懣と薄気味の悪さがないまぜになったような表情をうかべ、

「三年前の墓荒らしの件といい、まったく、一体どこのカルト集団のしわざなんだか!」

 そこまで言って思い出したように、

「そういえば、神父さん、このあいだディーンがヴードゥー教の母娘おやこの話をしていましたよね。ヴードゥーっていうのはゾンビを作るものなんでしょう? ちょうど彼女たちがトレーラーパークからいなくなった時期とも合致する、まさかそのふたりが関係してるなんてことは……」

「DNAの科学捜査を持ち出されるあなたがそんなことを言われるなんて、ディーンの影響でホラー映画を見すぎたんじゃありませんか?」

 私が苦笑しながらかるくたしなめると、彼は恥ずかしそうに額を掻いた。

「まあ、捜索願も出されていない、身元不明の遺体ですから、今のところうるさく言ってくる遺族もいないので、助かっているといえば助かっているんですがね……って、愚痴ってすみません」

「いいえ。多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からはさらに多く要求されるのですから」

 スミス氏の両の眉と、口角が下がった。

「ああ――神父さん、主は耐えられない試練を与えたりはなさらない、んですよね?」

「すべては主の御心みこころのままに、ですよ」

 こちらが微笑むと、彼も微笑みかえした。ベッドの下にいけないものを隠していたのを見つけられた少年のような表情ではあったけれども。

「ミゲルのやつは教会へ行って、なにをそんなにしゃべることがあるんだろうと思っていましたけど、悪くないかもしれませんね、その……告解云々うんぬん、は置いておいて、ですが」

 神父になったことをあながち間違っていなかったのかもしれないと思える数少ない瞬間がこれだ。

 カウンセラーは――もちろん生活がかかっているのだからしかたないし、当然のことなのだが――時間課金制の友人のようなものだ。

 教会カトリックは贖罪の権能を一手に握ることでキリスト教徒信者の霊的な生殺与奪をほしいままに支配下に置いたと言われることもあるけれど……自分ひとりで罪の意識と向き合うのは深淵を覗き込むのと同じくらいおそろしいことだし、そんなときにはせめて誰かにそばにいてほしいと思うだろう。もし主の恩寵によりそれが叶うのならば……こんな私でも、生かされたことに意味があったのかもしれないと思える。

 望むらくはそうでありたいし、主が私をそのためにお召しになったのだとしたら、そのことに深く感謝する。

 コーヒーのおかわりを勧めたが彼はそれを断り、夜勤明けなので眠れなくなりますから、と言って辞去した。


「スミスさんのにおいがする」

 学校から帰ってくるなり、ディーンは玄関先で鼻をうごめかせた。

「でもスコーンの匂いはしない。ってことはあいつ、手土産なしでウチに来たの? ケーサツって、そんなヒマなの?」

「お前の推理力――というか鼻のよさにはあきれるね。彼は夜勤明けで……ちょっと相談に来たんだよ。ほら、最近いろいろと痛ましい事故や事件が多いから」

 ミスター・ノーランの忠告に従っておいてよかったとさえ思う。

「あっそう、ならいいけど。ひょっとしてまたおやつをたかりに来たのかと思ったもんだからさ。それか、まさかとは思うけど……」

「なんだい?」

「――え、いや、ううん、なんでもない」

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