8-2
「こんにちは、神父さん」
平日の昼間に教会を訪ねてきたのは、スミス巡査と、同じ制服姿の三十歳くらいの警官、それに
初対面のふたりはそれぞれ名前を名乗った。こちらも名乗り、右手を差し出す。手を握るとき、制服警官のポズナー氏はわずかに腕を引いた。
「私か教会にご用なのでしたら、どうぞ中に」
「いえ、すぐすみます、神父さん」スミス氏が苛立ったように、
「おい、本当にこの人だったっていうのか、よく見ろ、違うだろう」隣に立っている同僚を小突いた。
「いや、まちがいなくこの人だ」彼は私の顔から視線を逸らさず答えた。「こんな印象的な人を見まちがうわけがないだろう」
「失礼ですが、なにをおっしゃっているのかわからないのですが。私の顔になにか?」
「――ああ、すみません、マクファーソン神父」私服刑事のミスター何某が言った。「ちょっとしたお尋ねです。数日前、
「神父さんがそんなところに用なんかないと思いますけどね」スミス氏が怒りを押し殺した口調で、ほかのふたりを横目でにらむ。
「それは君の意見であって事実ではないだろう、スミス巡査。――それで、二、三の質問に答えていただければと思うのですが、
「ええ」
「九月十日の夜十一時以降、翌日の朝六時までのあいだ、あなたはどちらにいらっしゃいましたか?」
「この司祭館に」
「それを証明できるかたはほかに?」
「司祭館には私のほかには、高校生の同居人がいますが――彼はその時間には眠っていたと思います」
「防犯カメラなどは?」
「設置していません」
「ふむ。ではあなたがずっと
「なにをお調べなのかわかりませんが、その時間帯にどこにいたかを正確にお知りになりたいのでしたら、一時的に司祭館にいなかったことを証明することはできますよ」私は言った。
「なんですって?」
「ちょうどその時間に外出していたんです」
「どこへ?」
私が例の通りの名を挙げると、スミス氏が小声で主の御名を唱えるのが聞こえた。
「タクシーを使ったので、運転手のかたにお話をしてもらえるかもしれません」
捜査官氏はタクシー会社の名前を書き留め、
「なるほど。もう少しお伺いしてよければ、なぜそんな時間に外出を?」
「教会の用事です。ある信者のかたが救いを求めておられたので、そのかたのところへ」
「司祭というのは大変なものですね、夜遅くに、神が見放されたような場所にまで足を運ばないとならないなんて」ミスター・ウォードはかるく頭をふった。「それで、差し支えなければそのかたはどのような素性で――つまり、証言ができるのかという意味ですが」
なんらかの中毒者ではないかと考えているのだろう。
「アイルランド系ですが、完全に
ついついこういう物言いをしてしまう。悪い癖だ。
「スミスさんがご存知です。私が入院していたときによく病室を見舞ってくれた、いつもきちんとしたスーツ姿の……」
「ああ、あの高級なイタリア車に乗っているお友達ですね。そんな人が真夜中に神父さんを呼びつけるような事態に陥ったなんてちょっと想像がつかないんですが。いいとこスピード違反か駐禁かクレジットカードの不正使用か、そんなものでしょうに。それなら呼ぶのは弁護士では」
「肉体の危機ではなくて魂の危機というのもあるのですよ。――刑事さん、彼の話ではどうですか?」
「そのご友人とあなたはどこにいらっしゃったのですか?」
「ええとあそこはたしか……」
私が店の名を答えると、スミス氏は今度は十字を切って神に救いを求めた。
「もし友人では有効な証言にならないというのでしたら、店の従業員が証言してくれると思いますが」
ノーラン氏が全員に催眠術をかけているか、あるいは破格の口止め料を払っていなければ、の話だろうけれど。
「今度はこちらからお聞きしてもいいでしょうか? 先ほど事件があったとおっしゃいましたよね。それはどのような?」
「神父さん、あなたはあまり
「それは……」
一瞬のうちに最悪の想像が脳裏を駆け巡る。まさか――……?
「残されていた所持品から、遺体は二十三歳の若い女性とわかりました。で、
「直接お目にかかったことはなかったと思いますが、面通しに来られていたのを一、二度お見かけしたことがあったもので」
「それは何時ごろのことですか?」私はポズナー氏に尋ねた。
「午前一時頃です」彼が答えた。
「ニットのワンピース姿の若い女性と、腕を組んで歩いている姿を」
「でしたらそれは私ではありません。その時間にはまだ店の中にいたはずですし、私が一緒にいたのは男性ですから」
警官三人組のうちふたりの顔色が変わった。スミス氏は天を仰ぎ、同僚氏は唇を引き結んで硬い表情になった。平静さを崩していないのはウォード刑事だけだ。
「ありがとうございます、マクファーソン神父。あなたには
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