He Devises Mischief Upon His Bed

8-1

 部屋は閉め切られて、暗かった。濃いグリーンのブラインドのすきまから漏れる、外を通る車のライトが壁をまだらに照らし出す。

 ポスター一枚貼られていない、壁紙の剝げかかったアパートの一室はがらんとしていた。あるのはパイプベッド一台きり。

 その狭い寝台は擦り切れたラグの上で、上下、あるいは左右にと激しく跳ね回っていた。

 金属製の脚が剥きだしの床をこする耳ざわりな音も、べつの音にかき消されている。あるいは猥雑な二重奏か。

 ベッドをきしませているのはひと組の若い男女だった。どちらも一糸まとわぬ生まれたままの姿で――男の裸の尻を、窓からの光が赤いみみず腫れのように染めあげる。

 ふたりは獣の体位で交わっていた。女は自身を打ち据える肉の杭をなおも深く咥え込もうと、発情した猫のように尻を高く掲げていた。乱れた長い黒髪の張りつく背中から、くしゃくしゃにしわの寄った敷布シーツまで、ぐっしょりと汗と涎、愛液に濡れている。その量からして、行為が数分前に始まったものではないことは明らかだった。

 女が、回らぬ舌で意味をなさない喘ぎを発した。男がそれに応え、肉が肉を打ちつける乾いた音がさらに速く激しくなる。

 間もなく、息の詰まったような不明瞭なうめきとともに女の体が震えた。両手は死後硬直のようにシーツをきつくつかみしめ、四肢が突っ張り――やがて溶けたように脱力した。

「あぁ……」

 女の喉から、甘く掠れたため息が漏れる。

「言ったでしょ」女とつながったまま、男が言葉を発した。「天国に連れてってあげるって――何度でも」

 奇妙なことに、あれだけ激しい運動をしたにもかかわらず、汗みずくの女とは対照的に、男のほうは息を乱してもいなければ、汗ひとつかいていなかった。

「ええ、恥ずかしいけど、こんなになったのは初めて」女はをつくるように身をよじった。

「こんな商売やってるってのに、信じてもらえないかもしれないけど。ふだんはあたしのほうが天国にいるみたいな思いをさせてやらなきゃいけないんだし」

 男は暗がりの中で微笑んだ。少し厚みのある、肉感的な唇が皮肉なかたちに吊りあがる。

「けどあんたはまだイッて――」

「うん。でも僕のほうはもういいんだ」

「――え?」

 いぶかしげに女が首を回すより早く、男の――いや、双方の姿が変化していった。

 汗に濡れブロンズの彫刻のような光沢を放っていた女の手足が、みるみるうちに皺だらけになってゆく。その様子さまは乾いた木肌を思わせた。

「ああ――嘘、神様、なんで……」

 自分の目の当たりにしたものが現実とは信じられないとばかりに女は黒い瞳を極限まで大きく見開いた。

 そうして這いずって逃れようとしたが、骨盤の形がはっきり浮き出した腰を男の手にがっちりつかまれていたため、弱々しい悲鳴は部屋の暗闇に吸い込まれた。つい数分前まではみだらな愛撫の的だった乳房も弾力を失い、今や、わだちのようなあばらからぶら下がっているのは、ふたつのしぼんだ袋だけ。

 一方、男のほうはといえば、こちらは輝くばかりだった。

 青白かった肌が健康的な血色を帯びた大理石の白さを取り戻す。と同時に、茶色がかった巻毛は癖のない淡い金髪に。甘えた感じに下がり気味だった眉尻は、すっきりときれいな弧を描き、黒い瞳も、夜が昼に移り変わるように、空のような蒼に変わる。それから少し上向きだった鼻も、見えない指が粘土を捏ねるように、輪郭とともに形を変え――

 すっかり潤いを失った女のうろから自分自身を抜き出すと、男は床に放り出されていた女のショルダーバッグに手をつっこんで中をさぐり、コンパクトを取り出した。ファンデーションで汚れた小さな鏡に己の顔を映し出す。

「――うん」少し薄めの唇が、満足そうに弓形ゆみなりに反る。清楚な容貌に反して、それはどこかみだらなものを感じさせる笑みだった。

「イメージどおりだ、悪くない。――あんたもそう思うでしょ?」

 ベッド上の女をふりかえる。だが応えはなかった。その口は腹の底まで覗けそうなくらい大きくひらかれたまま固まり、両眼は萎えしぼみ、もはやなにものをも映してはいなかった。

 金髪の青年は脱ぎ捨てられていたシャツとジーンズを身につけ、女の持ちものはすべてそのままに部屋を出ていった。

 もし第三者が神の高みからこの光景を見下ろしているか、あるいは監視カメラの監視人がよそ見をしていなかったとすれば、そこにいたのは、数時間前に会員制のクラブの場所を若者に尋ねてきた、どことなく聖職者を思わせる雰囲気をまとった清婉な美貌の青年と瓜ふたつだと評したことだろう。

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