3-2

「――ねえ、マジで頼むよクリス! あいつあんたになにしようとしてたんだよ⁈ こんな時間に告解に来てたとか言わないよね⁈」

 俺は聖水でびしょ濡れのままボーゼンとしているクリスに向かってまくしたてた。細い金髪からシャツ、スラックスまでずぶ濡れで肌に張りついている。それはそれでエロい光景ながめだったけど、それでもブルーの瞳のヤバい光は消えていて、いつものクリスに戻っているみたいだった。

「だからあいつを信用しちゃいけないって言ったろ! もう何回言わせりゃ気がすむんだよ!」

 言いながら、ひょっとしたら俺は一生に一度のチャンスをみすみす逃したんじゃないかって思いがこみあげてきて、ついつい言いかたがキツくなる。

「今だってさ、俺がこなかったらあんたどうなってたと思う⁈ それでもエクソシストかよ! あんたが心配で心配で俺どうにかなりそうだよ! 俺の食欲と睡眠時間削って俺を殺す気⁈」

 増大してんのは性欲だけだよまったく!

「……すまない、ディーン」クリスは肩を落とした。

 悲しそうなのに、睫毛を伏せた目許が妙に色っぽくて――俺はまたベースボールチームの守備位置ポジションを考える必要に迫られた。ポジションといえば……いやそれ以上考えるな。

「でもミスター・ノーランが私になにかしようとしていたわけじゃ――」

黙れシャット・ユア・マウス・アップ、あのクソ野郎スカムバッグのことをあんたが口にするのを聞きたくもない。まさかあんたがあいつを誘ったとか天地がひっくり返ってもありえねえし」もしそんなことがあったら、俺は自分を頭からバリバリ食ってしまいたい。「悪いのは全部あいつだよ。俺の言葉づかいが悪いのもあいつのせいだから、説教すんのはお門違いだぜ」

「ディーン、彼は本当に」

「まだ目ェ覚めないのかよ、もう一杯いっとく? あそこでジッパー下ろしてたらマジであいつの最期だったぜ。兄貴のことがあったから首を嚙み切るのはカンベンしてやったけど、これで貸し借りゼロだ。二度とあいつに司祭館の玄関ドアはくぐらせねえ。教会もだ」

 部屋に戻ったらあいつの電話を着拒にしよう。地獄で悪魔にでも告解すりゃいいんだ。

 クリスがくしゃみをしたので、水びたしの床の掃除は明日の朝やることにして、俺たちは司祭館に戻った。

 その夜俺は毛布をかぶって、クリスの部屋の前に座り込んで寝た。


 ♰


「今後一切やつには教会の敷地を踏ませないし、教会から半径一ブロック以内にやつの車があるのを見かけたら、全周線キズの刑に処してやる。ナンバーは覚えてるんだからな」

 翌朝、やつの首とアレの代わりにチョリソーを嚙み切りながら言うと、クリスは身を縮めた。

「ディーン、その……昨夜ゆうべは本当に……なんと言ったらいいか……だけどミスター・ノーランを追い返したら、彼の魂の救済はどうするんだ……希望を失った彼がもしほかの人を襲ったりしたら……」

「知るか。あいつはとんでもない二枚舌――どころか本当は頭が三つあって舌は六枚あるんだろ。そんなやつがどうなろうとカンケーないね」

 クリスが申し訳なさそうな顔をするのもやつのためだと思うとムカムカする。俺がなんかへまをしたときも、ちょっとでも自分が絡んでるときには責任の一端をしょいこもうとするのはいつものことだけど、今回の件はクリスがなんと言おうとすべての責任はあいつにある。

「もし俺の視界にちょっとでもやつの姿が映ったら、今度こそジェレミーの野郎にチクる」

 あいつならきっと『ヨハネによる福音書』をまるまる唱えられるだろ。そしたらいまいましい吸血鬼を、完全に、跡形もなく、きれいさっぱり灰にしてやることができる。その機会チャンスがくるのが逆に待ち遠しいくらいだぜ。

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