3-3
9月の土曜日、スミスさんとルイスさんが、バス停のあたりを徘徊していたジェレミーを捕獲して教会まで配達してくれた。
「面目ないことに、最近はこのあたりもまったく安全とはいえないからね」
クリスがコーヒーを淹れに席を立ったとき、スミスさんが俺に耳打ちした。
アメフト(実際はラクロスだけど)選手みたいなジェレミーに殴りかかる阿呆なんかそうそういないと思うし、やつをノックアウトするには可愛い女の子のウインクひとつでじゅうぶんだろうけど。
ちょうど
「ヴードゥーだって⁈ ――邪教だ!」
予想どおりのセリフを叫んだのはジェレミーだった。
「
「たしかに連邦裁判所は悪魔崇拝でさえ憲法第一条修正条項によって保障されるべきだと言いましたけどね――でも僕に言わせてもらえれば、それはなにより十戒の第一戒に反しているし、彼らが第一に従うべきなのは天の法であって地上の法ではないはずですよ!」
「たとえそうだとしても、今君が学んでいるのは地上の法であって、直近で
「……嫌味ですね、クリス」ジェレミーはちょっと恨めしそうな視線を送った。「
クリスはすまして微笑んだだけだった。
「それって、キアヌが出てたあのエロい映画?」
「そう、あのエロい映画だよ」とクリスが答えたので、そこにいた全員――俺と
「わお。すっごく似合ってると思うな」
クリスが検事だったら被告人はまちがいなく
「……ディーン、君もなんてことを言うんだ」ジェレミーが唇をふるわせた。「僕はてっきり――〈コンスタンティン〉ぐらいなら……」
「個人的には〈エクソシスト〉と同じくらいよく描かれていると思うけどね」クリスは顔色ひとつ変えなかった。「やりかたが古典的じゃないか。彼らは自分では手を下さず、
「たしかに、
今度は全員の目がルイス警官に集まった。
「……なんですか。今の発言はあとでちゃんと懺悔しますよ」
「今しなよ。神父がふたりもいるんだからさ」
ふたりとも不適格者かもしれないけど。
「マクファーソン神父、聴いてくださいますか?」
「もちろん」
ラテン系の警察官はぜんぜん感情のこもっていない声でザンゲし、クリスもしれっとした顔でゆるしを与えた。こんなことでいちいちザンゲしなきゃいけないんなら、おちおち車も運転できない。
「ジェレミーはまけてやりなよ、カトリックに改宗したんだからさ、地獄じゃなくて煉獄くらいで」
「ああもう、わかりましたよ。皆さん弁護士が嫌いなんでしょう。寄ってたかって僕のことを死肉にたかるハゲタカみたいに」ジェレミーが口を尖らせる。
「いやあ、とんでもない」
「神父さんのことをそんな」
「君は私たちの大切な友人だよ、ジェレミー」
俺が参加しようかどうしようか迷っているうちに、大人三人は揃って爆笑した。
ジェレミーのふくれっ面はますますひどくなり、俺も腹を抱えて笑った。
「ですが、真面目な話――」ジェレミーが言った。「クリス、その……あなたは
「マクファーソン神父、まさかあなたがそんな――」
「……私はただの神の道具ですよ」クリスはちょっと困ったように微笑んだ。
「それに、悪魔の“姿”をこれまでじかに目にしたことはありませんしね。我々の目の前にいるのは、いわゆる悪魔に憑りつかれた人たちです」
「それでも、ホラ、映画でもあったでしょう、少女なのに大人の男の声でしゃべるとか、この世のものとは思われない声ってやつですよ」スミスさんは子供みたいに身を乗り出している。
そんな相方をルイスさんは引き気味に眺めた。
「そうだなあ、声っていえば――」
「魅惑的な声ですよ」クリスが俺にかぶせた。
あのダミ声が?
「彼らは
俺にはクリスの声のほうがよっぽど魅惑的に聞こえた。見ろ、全員魂を抜かれたみたいにぼーっとして固まってる。
一番最初に、宇宙空間に飛んでった魂を引き戻したのはルイスさんだった。
「……それはたしかに言い得て妙かもしれませんね。実際、本当に危険なのは礼儀正しい犯罪者だ」
「礼儀正しい犯罪者なんて見たことある?」
ひょっとしてあいつのことか?
「ストリートではめったにお目にかかることはないけどね」次にスミスさんが復活した。
「たまにいるんだ、馬鹿丁寧な言葉遣いでこっちを油断させて、逃げるか反撃するか、隙をうかがっているやつらがね。そういうやつらに気を許しちゃだめだ。警官のあいだでよく言われていることだけど、この世でただひとり信用できるのは母親だが、それだって腹の中ではなにを考えているかわからないからね」
あの善良なスミスのばあさんが押し込み強盗なんかはたらくようにはとても思えないけどな。
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