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 9月の土曜日、スミスさんとルイスさんが、バス停のあたりを徘徊していたジェレミーを捕獲して教会まで配達してくれた。

「面目ないことに、最近はこのあたりもまったく安全とはいえないからね」

 クリスがコーヒーを淹れに席を立ったとき、スミスさんが俺に耳打ちした。

 アメフト(実際はラクロスだけど)選手みたいなジェレミーに殴りかかる阿呆なんかそうそういないと思うし、やつをノックアウトするには可愛い女の子のウインクひとつでじゅうぶんだろうけど。

 ちょうど面子メンツが揃ったこともあって、このあいだの“ゴースト”を見つける手伝いをしてくれたのはヴードゥー教の司祭見習いの女の子だったんだって、俺はネタを明かバラした。

「ヴードゥーだって⁈ ――邪教だ!」

 予想どおりのセリフを叫んだのはジェレミーだった。

他人ひとの信仰をなんでもかんでも邪教というのはよくないよ。誰かを傷つけない限り、好きなものを信じる自由がある」とクリス。

「たしかに連邦裁判所は悪魔崇拝でさえ憲法第一条修正条項によって保障されるべきだと言いましたけどね――でも僕に言わせてもらえれば、それはなにより十戒の第一戒に反しているし、彼らが第一に従うべきなのは天の法であって地上の法ではないはずですよ!」

「たとえそうだとしても、今君が学んでいるのは地上の法であって、直近で合格パスしなければならないのは最後の審判じゃなくて弁護士試験だろう?」

「……嫌味ですね、クリス」ジェレミーはちょっと恨めしそうな視線を送った。「悪魔の弁護人デビルズ・アドヴォケートというのはきっとあなたみたいな人のことをいうんでしょうね」

 クリスはすまして微笑んだだけだった。

「それって、キアヌが出てたあのエロい映画?」

「そう、あのエロい映画だよ」とクリスが答えたので、そこにいた全員――俺と当人クリスを除いて――が十字を切った。

「わお。すっごく似合ってると思うな」

 クリスが検事だったら被告人はまちがいなく情状酌量ジョウジョウシャクリョウの余地なく求刑+αプラスアルファの実刑判決をくらうだろうし、弁護士だったら陪審員は全員一致で無罪の評決を出すだろう。

「……ディーン、君もなんてことを言うんだ」ジェレミーが唇をふるわせた。「僕はてっきり――〈コンスタンティン〉ぐらいなら……」

「個人的には〈エクソシスト〉と同じくらいよく描かれていると思うけどね」クリスは顔色ひとつ変えなかった。「やりかたが古典的じゃないか。彼らは自分では手を下さず、人間ひとの欲望に訴える。名誉欲、金銭欲、色欲……。君も弁護士志望なら身につまされる部分があるんじゃないかな?」

「たしかに、小児性愛者ペドファイルのクソ野郎を、彼も過去に虐待された被害者なんですだのと弁護するのを聞いていると、WASPの弁護士どもを皆殺しにしようという気になったとしてもおかしくないですね」

 今度は全員の目がルイス警官に集まった。

「……なんですか。今の発言はあとでちゃんと懺悔しますよ」

「今しなよ。神父がふたりもいるんだからさ」

 ふたりとも不適格者かもしれないけど。

「マクファーソン神父、聴いてくださいますか?」

「もちろん」

 ラテン系の警察官はぜんぜん感情のこもっていない声でザンゲし、クリスもしれっとした顔でゆるしを与えた。こんなことでいちいちザンゲしなきゃいけないんなら、おちおち車も運転できない。

「ジェレミーはやりなよ、カトリックに改宗したんだからさ、地獄じゃなくて煉獄くらいで」

「ああもう、わかりましたよ。皆さん弁護士が嫌いなんでしょう。寄ってたかって僕のことを死肉にたかるハゲタカみたいに」ジェレミーが口を尖らせる。

「いやあ、とんでもない」

「神父さんのことをそんな」

「君は私たちの大切な友人だよ、ジェレミー」

 俺が参加しようかどうしようか迷っているうちに、大人三人は揃って爆笑した。

 ジェレミーのふくれっ面はますますひどくなり、俺も腹を抱えて笑った。

「ですが、真面目な話――」ジェレミーが言った。「クリス、その……あなたは祓魔師エクソシストなんでしょう、実際、悪魔というものはどういうものなんです、なんというか、姿とか、声とか――?」

 なんてことだジーザス・クライスト、とスミスさんが小声でつぶやき、好奇心丸出しの視線を向いの美しい神父に向けた。

「マクファーソン神父、まさかあなたがそんな――」

「……私はただの神の道具ですよ」クリスはちょっと困ったように微笑んだ。

「それに、悪魔の“姿”をこれまでじかに目にしたことはありませんしね。我々の目の前にいるのは、いわゆる悪魔に人たちです」

「それでも、ホラ、映画でもあったでしょう、少女なのに大人の男の声でしゃべるとか、この世のものとは思われない声ってやつですよ」スミスさんは子供みたいに身を乗り出している。

 そんな相方をルイスさんは引き気味に眺めた。

「そうだなあ、声っていえば――」

「魅惑的な声ですよ」クリスが俺にかぶせた。

 あのダミ声が?

「彼らは人間ひとに囁きかける――こちらが思わずうなずいてしまうくらいのうっとりした声で。彼らの言うことは燃える柴のように響くがすべて詭弁だ。それでも人間ひとが従ってしまうのは、自分が正しいことをしたいと――正しいと思っているからですよ。たとえそれが欺瞞でも。悪だとわかっていて、心の底から悪事を為そうと考えている人などいません。悪魔は想像されているほど黒くない。暗黒の王は紳士なんです」

 俺にはクリスの声のほうがよっぽど魅惑的に聞こえた。見ろ、全員魂を抜かれたみたいにぼーっとして固まってる。

 一番最初に、宇宙空間に飛んでった魂を引き戻したのはルイスさんだった。

「……それはたしかに言い得て妙かもしれませんね。実際、本当に危険なのは礼儀正しい犯罪者だ」

「礼儀正しい犯罪者なんて見たことある?」

 ひょっとしてあいつのことか?

「ストリートではめったにお目にかかることはないけどね」次にスミスさんが復活した。

「たまにいるんだ、馬鹿丁寧な言葉遣いでこっちを油断させて、逃げるか反撃するか、隙をうかがっているやつらがね。そういうやつらに気を許しちゃだめだ。警官のあいだでよく言われていることだけど、この世でただひとり信用できるのは母親だが、それだって腹の中ではなにを考えているかわからないからね」

 あの善良なスミスのばあさんが押し込み強盗なんかはたらくようにはとても思えないけどな。

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