Ordena questo amore
5-1
「マクファーソン神父を待っているんですか」
祭壇の前の
「あー……うん」
それならもう少しかかると思いますよ、なにしろ司教に告解をしていますからねえ、と彼は言った。
「それで私は退席してきたんですけど……。君はよくマクファーソン神父と一緒に
「まあね。でも前にちょっと俺が油断したときに、クリスが事故に巻き込まれたことがあってさ。それで……心配なんだよ。馬鹿みたいだろ。クリスはいい大人なのにさ」
「彼のことが好きなんですねえ」
眼鏡の奥のやさしそうな目が細められて、俺は自分の心を見透かされたみたいでドキっとした。
「ああ……うん、まあね」
立っていると目ざわりでしょうから座らせてもらいますよ、と言って、神父は俺の隣に腰をおろした。
「なにを食べたらそんなに大きくなるんだとか、いっそのことバレーボール選手になればいいのにとかいろいろ言われましたけど、こうも体が思いどおりにならないではねえ……」
でかいけど細い体を持て余してるみたいに、硬いベンチの上でふたつに折る。
「……なああんたにひとつ聞いてもいい?」
俺は彼の真似をしてちょっと前
「どうぞ?」
「今の時代さあ、男を好きになったからってべつにおかしなことじゃないよな?」
「そうですねえ」
なんだか気の抜けた返事だったから、俺は一瞬、こいつがエーゴがわからなかったのかと思った。
「でもどうしてそれを神父の私に尋ねるんですか、君が学生なら学校にカウンセラーがいるでしょうに」
「えーっと、俺の
「おやまあ」
「それで、俺が好きなのはクリスなんだ」
「おやおや」
フランス野郎は口をすぼめてちょっぴり眉を寄せたが、十字も切らなかったしお祈りもしなかった。
「えっと誤解しないでほしいんだけどさ、クリスは俺になんにもしてないよ。俺の一方的な……片思いっつーの?」
「ああ……そうなんですか、それはよかった……かな? なにしろ昨今の……聖職者による児童虐待事件が明るみに出て以来、教会はその手の話にはかなり
「なんだよそれ、どうしようもねえなあ」俺は心底呆れ果てて言った。
「どうしようもないですよねえ」
俺たちはふたりして、祭壇の上のでかいキリスト像を見つめた。
あんた、自分の足下でそんなひでえことが起こってんの知ってんのかよ? なにもかもご存知じゃねえのかよ――それとも、ハリツケにされててなにもできねえから、そんな悲しそうな顔してんのか?
「なあ、なんでそんなろくでもない
「一度、神の愛、というのを経験してしまうと、離れられなくなるんですよ」
コールガールにくっつく
「それってどんなの?」
「うーん……」神父は蜘蛛みたいに細くて長い指で頭を掻いた。
「経験したことのないかたにどう説明したらいいんでしょうねえ……いつも悩むんですよ。強いて言うなら、自分がどんなにどうしようもない存在だったとしてもなお主は我々のことを愛してくれている、と信じられる、ということでしょうかねえ……。すごく
まあそんなわけで、それが信じられるあいだは、現場で多少の混乱が起きていたとしても、まだいける、と思えてしまうんですよ、とやつは言った。
ホント、タチの悪い女にひっかかった男みたいだな。ラ・ヨローナのときは追っ払えたけど――神サマと張り合うのはたしかに荷が重そうだ。二、三発ひっぱたいて目が覚めるんならいいけど。
「それってさあ……クリスもそうなのかな」
「さあ……それはわかりませんねえ。なにを求めてこの道に入ったかは人それぞれですから」
「ところでどうしてそんなことを聞くのですか?」神父が俺に向き直った。
「え?」
「いえね、ひょっとして君が洗礼を受ける気になったのかと思ったものですから。――それとも我らが父なる神からマクファーソン神父をふりむかせようとしているのかな、と思いまして」
「そっ……そんなんじゃねーよ!」
「ですよねえ」フランス人神父はべつに残念でもなさそうにカラカラと笑った。
「俺さ……時々、クリスが神父じゃなきゃいいのにって思うんだよね」
神父じゃなきゃ俺を拾ってくれなかったかもしれないけど、神父だから……。
「どうしてです?」
「これって罪なの?」俺は質問に質問で返した。
「なにがですか?」
「俺がクリスにいろいろやりたいと思ってること」
「いろいろ……」
神父が首をかしげたので、
「まあ、いろいろだよ」
べつに俺はここで薄汚い妄想のあれこれをぶちまけて神父をどぎまぎさせるつもりはなかったから、詳細は省略させてもらうことにした。けど、自分の中の汚い部分を他人に吐き出してスッキリするっていうのは――精神的な意味で――望みが叶わないにしても、それなりの効果はあるみたいだ。
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