5-2

「まあ……少なくとも君の場合は罪にはならないでしょうねえ」と神父が言ったので、俺の心臓はまた跳ねた。

「……俺がキリスト教徒じゃないから?」

「ええ」

 中年の神父は真面目な顔でうなずいて、

「それに、もとより、誘惑したほうは罪にならず、誘惑されて堕落したほうに非があるとされてきた歴史がありますからねえ……」

 俺の罪はどうでもいいけど、それがホントなら、クリスがもしまたそーゆーことをしたいと思って……いや考えるだけでもダメなんだっけ? クソややこしいな、ええい、でも、仮に実際に行動に移しちまっても、俺がその誘惑に乗っかるほうならべつに問題はないってことなのかな?(ああ、ちくしょう、それならヘンにエンリョなんかしないでやっぱりあんときっときゃ——)

「あんたに相談して正解だったよ」

 ジェレミーだったら、男を好きに、の時点で大騒ぎして、俺をダニのたかった犬みたいに収容施設に放り込もうとするだろう。

「私に?」

「あんたがフランス人だから。あと、クリスと気が合うんだったら、たぶんあんたも……変わり者だと思ったからさ」

「マクファーソン神父は変わり者なんですか?」

「うん。だってカトリックはプロテスタントやユダヤ教徒は助けないんだろ。でもクリスはプロテスタントの悪魔祓いもしたし、ユダヤ教徒にかけられた魔女の呪いもはね返してやったんだぜ。クリスがあんたのことをいいやつだって言ってたから、あんただけに言うんだけど」

「すばらしい」

 リュカ神父は、エクセレント、をフランスふうに鼻にかかった甘ったるい感じで発音した。

「やっぱり彼は私たちが期待したとおりの人ですねえ」

 そう言われるのは自分のことみたいに誇らしくて、ちょっとばかりケツがムズムズした。

 そのとき聞き慣れた靴音がして、クリスが戻ってきたのがわかった。

 ふりかえってみると、俺たちがしゃべっているのを邪魔しちゃ悪いとでも思ったんだろう、少し離れたところからクリスは片手をあげた。

「じゃあ俺もう行くね」

 言って立ち上がる。

「ミスター・ラッセル」

「なに」

「せめてあなたが高校を卒業するまでは、マクファーソン神父にのは遠慮してもらえませんかねえ? 私たちには彼が必要なんですよ」

「わかったよ、神父さんファーザー」俺は彼に向かってにやりとした。なんだ、ちゃんとエーゴわかってんじゃん。

「モーリスでいいですよ」

「俺もディーンでいいよ」


「毎回私の告解についてくるのは退屈じゃないのかい」

「んなことねーよ。それに今日はわりと楽しかったしさ」

「リュカ神父と話をしていたみたいだね」

「ああ。あいつ結構ハナシわかるよな」

「その言いかたはどうかと思うけど……でもそうだろう?」

 クリスは嬉しそうに微笑んだ。俺があいつとどんな話をしてたのか知りもしないで。

「あんなにできた人にもつらい過去があるなんてね――若いころに許されない罪を犯して、そこからずっと神の御許みもとへ戻ろうと努めてきたって言っていたよ」

「それ、あいつが告解で言ったの?」

「告解で聞いたことを、たとえ相手がお前でもほかの人に言うわけないじゃないか。このあいだ話をしていたときに、彼が自分からそう言ったんだよ」

 俺にはそんな話してなかったけど――神の愛で許しがどうのって言ってたから、まんざら嘘じゃないのかもな。

 クリスといいモーリスといい、教会はうしろ暗いやつの集まりかよ。あんなヒョロヒョロがやらかしたことってなんだ、まさか人殺しとかじゃねえだろうし――もしホントにってたとしても、殴り殺すとかっていうよりは毒でも飲ませたんじゃないかって感じだし、フランス人ならジェレミーの野郎とは違って下半身関係のことは罪にはカウントしないだろうから――ますますわかんねーな。

 俺とモーリスのやつはちょっぴり共犯みたいなものだ。吸血鬼と共犯ていうとなんかイヤだが、神父なら、それこそ神サマのお墨付きってやつだろう。

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