4-3

「クリス見てよ、これあいつがやったんじゃねえの?」

 リビングでTVのローカルニュースを見ていたディーンが、キッチンにいた私を呼んだ。

 画面に映し出されていたのは夜の繁華街ダウンタウンの映像で、遺体写真こそ出てこなかったものの、数日前に発見された……異常な遺体の身元が判明したと報道していた。

「これだけじゃなんのことだかわからないだろう」

「そりゃ、美味うまそうな死体の映像なんて流したら、ゾンビだのグールだのが殺到してスミスのばあさんが卒倒しちゃうだろうからね――でも見てみなよ、ネットの掲示板じゃすごいことになってる」

 ディーンはソファに座ったまま、液晶画面にヒビの入ったスマートフォンを私の鼻先にひょいと突き出した。

 指先で数インチスクロールさせるだけでも、ニュース映像の焼き直しから単なる憶測、おそらくどこかのホラー映画から引っ張ってきたとおぼしきお粗末な“犠牲者”の写真や、反対にぞっとするほど精巧な、“現場”の監視カメラの画像と銘打ったものがずらりと並んでいた。

「ミスター・ノーランはこんな残酷なことはしないよ」

 すぐにスマートフォンを返すと、ディーンは面白くなさそうに唇を尖らせた。

「なんでそんなことわかんだよ。あいつ俺のこと遠慮ゼロでロウソク立てで殴り殺そうとしたし、生きてるあいだか死んだあとか知らねーけど、今までに告白した分だけでも、自分の親父を入れて確実にふたり以上はってるだろ。それに、ヤケクソになってるんならなにするかわかんねーし。って言ったの、あんただろ?」

 やっぱあそこであいつのことっとくべきだった、とディーンは牙のような犬歯をみせて凶暴な唸り声を発した。

「俺に追っ払われたせいでチャンスをにされていくらアタマにきたからって、全然カンケーねえ女に手ェ出すなんざとことん見下げ果てた野郎だし、こうやってわざとらしく見せびらかしてんのもやりかたがクッソ汚ねえ。あいつのかぶってる紳士の仮面なんてコンドームゴムより薄いし、とっくに破れてるっつうの。マジで許せねえ」

 あいつのアジトはわかってるんだし、ルイスさんに密告チクろうかな、と親指の爪を噛む。

「下品なたとえを使うのはやめなさいといつも言っているだろう。ここをどこだと思っているんだ。それに彼のやったことだと決まったわけじゃない。無実なのに疑われるのはお前だって嫌だったんじゃないか」

 きつめに注意するとディーンはぺこりと頭を下げたが、大してこたえてもいないふうで、すぐに舌を出した。

「本当に、お前ときたら――……」

 幼い兄妹きょうだいや、しいたげられた弱い存在に対してこの子は際限なくやさしくなれるし、彼らをおびやかすものには同じくらい残酷にもなれるだろう。彼に愛される女性は幸せだ。

 願わくは、この気性がなにものにもゆがめられずに、このまま真っすぐ育っていってくれればいいのだが……。

「冷蔵庫にカタラーナがあるけど、そんな態度じゃお預けだな」

「それなに?!」ディーンはだらしなく寝そべっていたソファから跳ね起きた。

プリンプディングに似たスペインのお菓子。お前が学校に行っているあいだに作っておいたんだ。エッセンスじゃなくて、たまたま本物のバニラが手に入ったからね。カラメルの表面を、ガスバーナーでパリパリになるまで炙ってね……」

 彼は背もたれを両手でつかんで、よだれを流さんばかりに身悶えした。

「――ああ、ゴメン、クリス、ザンゲでもなんでもするから、お預けだけはカンベンして!」

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