4-2
「死の間際に、尋常ではありえない幻を見るというのはどういう意味があるのでしょうか?」私は尋ねた。
「死の間際に……幻……とは、いわゆる臨死体験のことをいうのでしょうかね?」フランス人の助任司祭は、一語一語をたしかめるように口にした。
「はい」
「そうですねえ、一般的に、そのような体験をしたかたがたの手記などに目を通した限りでは、大方の人が信仰に――まあ、必ずしも我々のいう神ではない場合もあるようですが――目覚めるか、信仰から離れていた人は立ち戻るようですよ」
「その、見えたものというのが、よく言われているような、光や、一面の花畑や、先に亡くなった親しい人たちのような、心安らぐものではなかった場合は……」
「というと?」
「本当かどうかは定かではありませんが、その……悪魔というか地獄の光景を見た、というような場合は……」
「ブレナン神父から、あなたが以前に事故に遭われたと聞きましたが、もしかしてそのときに……?」
「――え、いえあの、私ではなくてその、」
なんと説明したらいいのか。
「私の友人の話なのですが」
相談しにくいことを相談するときに自分の話ではないと言うのはよくあることだからなのだろう、リュカ神父はやわらかな微笑みをうかべただけでそれ以上追求しようとはしなかった。
「そのかたはなにか信仰をお持ちなのですか?」
信仰を……持っている、というべきなのだろうな、でなければ救いを求めようとは思わないはずだし。
「ええ。ですから彼は、自分が生の終わりを迎えたときに……ええと、迎えようとした際にそういった光景を目の当たりにしたことで、自身が本当に救われるのだろうかとかなり懐疑的……その、とても悩んでいまして」
リュカ神父は見えない本の
「中世では」
と言った。
その言葉にどきりとする。
「中世では、今でいう臨死体験は明るく喜ばしいものではなく、そのご友人のかたが体験されたように、苦しく陰惨なものだったと記録が残っていますよ。アイルランドの修道士の書いた『騎士タンダルの幻想』とかですね。あなたはご存知なのかと、マクファーソン神父?」
「……私の養父母はアイルランド系ですので、おとぎ話などは聞かされて育ちましたが、私自身は……。ですが、臨死体験が終末期における脳の酸素不足から引き起こされる幻想なのだとすれば、時代によって見えるものが違ってくるというのは興味深いですね」
「地獄を通して神を知る、ということもあり得るでしょう」フランス人神父は静かに言った。「ですから、あなたのご友人が実際に見たものがなんであったのかが重要なのではなく、彼がそれを通じてなにに至るかということが大切なのではないでしょうかねえ……」
「……ありがとうございます」
気づかないうちに詰めていた息を吐く。
「私はなにもしていませんよ。もし教会がそのご友人の
……いや、それはどうだろう、さすがに……無理かな。
「彼にはあなたのおっしゃられたことを話してみます。彼が
「マクファーソン神父」彼は
私は思わず吹き出してしまった。
「きっとお疑いなのでしょうけど、正真正銘私の話ではありません。たしかに、ブレナン助祭……じゃない神父、に聞かせたら目を剝くような話かもしれませんけれど。ですが、リュカ神父、あなたはその、よく、そのような誘惑の多い環境で……」
「たしかに誘惑は多かったかもしれませんが、幸いにして、主は私にこの体を与えてくださいましたからねえ」ついてもいない埃を払うように、スータンの胸元をさっと撫でおろす。
私はちょっと奥歯を噛んだ。彼に聞いてみたいことはまだある。ただ神の
「おやおや、そんな顔をしないでください」
「えっ、あ、すみません……」しまった、表に出ていたか。
「べつに誰のせいというわけでもありませんからねえ。もう慣れました」彼は静かに笑い、ベンチから立ち上がった。
「さて、そろそろ聖務日課の時間だ。ディーン君によろしく伝えてください。きっと待ちくたびれているでしょうから。またいつでも遊びにきてくださいね、と」
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