1-4

 思わず、まだ腰のあたりにわだかまっている布地ごと、こちらの悪徳を生む器官のほうへ力ずくで引き寄せたところに、ベンチの上でスマートフォンが震え出した。

「ノーランさん、電話、が」吐息が震える。

「私のじゃない」

 絹のようにつややかな金髪に隠されたうなじのきずに口づける。まったくあの性根のひん曲がった畜生め、これを消せるものなら消してしまいたい。

「……ッ、こんな時間、に、かけてくるのですからよほどの」

「放っておけ」ややこしいほど絡まった服地を手探りで解きつつ、朱に染まった耳朶に囁きかける。

 哀れなどこぞの誰かが片足を墓に突っ込んでいてもう片方の足が滑っているのだとしても知るものか。今はこっちに集中したい。

 くすぐったいのかなんなのかもぞもぞしている神父のスラックスの前立てに指をかけた瞬間、神父は今度ははっきりと私の胸を肘で押しやり、真っすぐ視線を合わせて口をひらいた。

「神よ願わくは汝の名によりて我を救い汝の力をもて我を裁きたまえ」

 頭痛に加えて吐き気までおぼえたので明らかに祈りエクソシズムだった。

 腕の力がゆるんだすきに、美貌の祓魔師エクソシストは聖アントニウスも真っ青の驚異的な意志の力で、乱された衣服をかき集め、スマートフォンをひっつかみ、祭壇の足下へ逃れた。

「はい、マクファーソンです」

 神父の声は完全に昼間の仕様に戻っていた。顎と肩のあいだに電話を挟み、早口で話をしながら同じくらいの素早さでシャツをまとう。

「ええ……たしかに今夜は彼は教会にはいませんが……。本当ですか、はい、知らせてくださってありがとうございます。ではすぐに……なんとかして伺います」

 どうやら相手はあの、私を同年代と思っていくらか妬心を抱いている様子の若い警官らしかった。

「今のはあんまりひどいじゃないか、ここまできてひとを強姦魔みたいに扱うなんて」

「すみません」

 神父は十字を切ると、スータンの釦を首元まで留めた。

「上から三つ目がずれているよ」

 自分の喉元を指し示す。

「あの手に負えない坊やがまたトラブルを起こしたようだね?」

 急いで釦をとめ直している神父へ、

「送っていこうか?」

「……」

「そんなに警戒せずとも今夜はもうなにもしないよ。これも教会に対する奉仕の務めというやつだ」


 隣に美人を乗せた夜中のドライブは、楽しさ半分やっかみ半分というところだった。下手に手を出そうものならアルファロメオが鉄の棺桶になりかねなかったし、神父はあの小僧がなにをしでかしたのか心配で気もそぞろらしく、ずっと小声で祈りを唱えていたからだ。

「私はそれほど下手くそな部類に入るわけではないと自負しているのだが」

 流れをこちらに引き戻すべく、神父のほうは見ずに口にする。

「あなたのせいでは――」言外の意味に思い至ったのか、こっちを向いてまたぱっと赤面する。

「ですがやはり、都度誰かに頼るわけにはいかないでしょう」

 それはそうだ。自尊心のある男なら、そんなことは死んでもお断りだろう。

「だが神には頼れないよ」私はわざと意地悪く言った。「頼れるとすれば――魔女だ」

「論外だ」神父は厳格な判事のようにぴしゃりとはねつけた。

「べつにあなたが直接取引をするわけじゃない。私が仲介人ブローカーになるよ。あの人狼がどこの魔女に薬を作らせたのかは知らない。だが私の知っている魔女は必死に解毒剤を作るはずだ」

「私は魔女との取引材料になるものなどなにも持ってはいませんよ」

 嘘だな。

「胸に手を当ててよく考えてみるといい」私のごまんとあるくだらない罪のように。「なにかひとつくらいはあるはずだ」

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