6-3

 大聖堂の西側の地域エリアにはこれまでほとんど用がなかった。

 こういった場所ところに用のある聖職者なんて救世軍くらいのものだろうと思うが、周囲あたりに制服姿は見当たらない。

 通りの端でタクシーを降ろしてもらい、建物の密集している中を、右に左にとたしかめていく。オレンジや黄色のいくつもの小さな提灯ランタンに照らされた一画の多くはどこかイギリスふうで、木枠や鉄枠のガラス戸の向うからは、ジャズや楽しそうな老若男女の笑い声が漏れ聞こえてくる店もあったが――吸血鬼ヴァンパイア氏がそんなところに居るとは到底思えなかった。

 スマートフォンの地図マップを頼りに、該当しそうな建物を探す。雨でも降ったのか歩道は黒く濡れていて、水溜まりが看板ネオンサインの光を反射している。

 彼は店の名前は告げたものの、どういう外観なのか、特徴はなにかは言わなかった。不慣れな観光客のように道の左右や上ばかりをきょろきょろしながら歩いていると、対向から連れ立ってやってくる人とあやうくぶつかりそうになる。実際に肩が触れ、私が謝ると、相手は見たものが信じられないとでもいうように目を丸くした。

「ここはあんたみたいな人の来るところじゃないぜ。いや、それとも――」

 それは承知していますと口の中でつぶやいて先を急ぐ。早足で歩いているうちに暑くなり、喉元に指をさし入れてカラーをはずす。

 アプリの位置情報が指し示した先の一角は、ビル全体の照明が落とされ、かろうじて軒先に点々とスポットライトがいているだけだった。窓のない煉瓦レンガの壁の前にたたずむ人影がいくつかある。

(このあたりのはずだけど……住所表示プレートでもあれば……)

 光のほうへ近づいていくと、

「ねえ、もしかしてジョーンズさん?」突然声をかけられた。

 声の主に目をやると、まだ若い男性だった。細身、濃い巻毛のブロンドで……やや目尻の下がった目元や頬の感じからは、大学生くらいに見える。

「いえ違います」

「なあんだ」彼は大げさなくらい落胆した口調で言った。「マッチングアプリなんて期待するもんじゃないね――めずらしく天使が微笑んでくれたのかと思ったんだけど。でもいいや、あなたのほうがずっときれいだし」慣れた様子でにっこりする。

「僕に興味ない? 僕はあなたにすごく興味あるんだけど」ウインクして、「もちろん、お金抜きでね」

「好意はありがたいんですが」今はそれどころじゃない。

 ふと、いかにも場慣れしている相手の様子にヒントをもらった気になった。

「ちょっと、ある店を探していて……このあたりのようなんですが、ご存知ないですか?」

 店の住所と名前を告げると、青年は呆れたような憐れむような、あるいはすべてを悟ったような狡猾な微笑みをうかべた。

「ああ、そこなら聞いたことがあるよ。入ったことはないけど、あなたならひょっとしたら――。あそこに用があるんじゃしかたないけど、でもほんとにいいの? 残念だな、僕なら絶対確実なのに」

 スマートフォンの画面を覗き込むついでのように、体を擦り寄せてきて二の腕に触れる。この場に加えて主の御前みまえでも口にすべきでない言葉が頭の中を駆け巡るが、礼を言ってさりげなく体を離す。

 なにを着ようが、おそらくある種の人たちにとっては、大した問題ではないのだろう。

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