6-4

 教えられた店はまるで倉庫のような外観の建物にあった。落ちついた色の石造りの外壁には窓がほとんどない。メインストリートからひっこんだ角に、ランプに照らされた入口がぽつりとあるだけだ。表には看板らしきものも出ていない。

(本当にここなのか……?)

 親切ではなく口からでまかせだったのではないかと思いつつ、鋲が打たれた木製の黒い扉に手をかける。

 扉はすんなりひらいた。

 その向こうはすぐバーカウンターかなにかになっているのだろうと予想していたのだが、もうひとつ狭いホールがあり、おまけにそこに、スーツ姿の大柄な男性が立っていたのでびっくりした。

 私が入ってくるのはどこかに隠されたカメラかなにかで見ていたのかもしれない。小型の説教壇のようなものの前に陣取った相手は別段驚いた様子も見せずに、

「ここは会員制のクラブだが」

 ぶっきらぼうに言った。

 通行許可を与えるのはほかならぬ自分だとばかりに、さらに彼はこちらを無遠慮に眺め、

「それとも誰かからの紹介か?」

 いくぶん表情と口調をやわらげた。

 このときほど自分の外見が賄賂と同様の効果をもつことに感謝したことはなかった。

「人を探しているんです」

 我ながらまぬけな答えだと思いつつ口にする。こんな場所ところでの流儀コードなど知らない――それとも知っておくべきだったのだろうか? 

ひとを? どんな」

 相手は明らかに面白がっている。当然だろう。personを使えばよかったと思ったがあとの祭りだ。

 名前を言いかけてやめた。こういった場所では本名を使っているとは限らないだろうし、そもそも彼が仮にでも名乗る必要があるのかもわからない。

「身長は六フィート〔約182㎝〕くらい、短髪のアッシュブロンドでグレーのの――」何歳いくつぐらいだと言えばいいのだろうと少し迷ったあげく、

「……三十代から五十代くらいに見える、アイルランド訛りのある、身なりのいい白人男性」

 妙に具体的な描写に男は怪訝そうな表情をうかべたあと、インカムで店内と連絡していたが、やがて、

「――どうぞ。お探しのお相手かどうかは知らないが、似た紳士が、入って左手一番奥の個室にいるそうだ。くれぐれも面倒を起こさないでくれよな」

 重厚なマホガニーの扉を押し開いた。


 ドアを開けた先は短い通路で、左手はクロークになっているようだったが、カーテンのひかれたカウンターには誰もいない。

 さらにその奥、アーチ状の入り口にはオレンジ色の光が揺らめいている。

 アーチをくぐると足元の感触が変わった。毛足の長い絨毯カーペットのため靴音もしない。それでも、バーコーナーでソファに座って飲んでいたらしい複数の客の視線が、場違いな新規参入者に一斉に注がれるのを、ほの暗さの中でも肌で感じた。

 無数の酒瓶とグラスが蜂蜜色の光を放っているバーカウンターを右手に見て、一層薄暗くなっている――壁に小さな飾りランプは並んでいるが――左手の通路へ踏み入る。

 暗さのために手をついた壁は、精神科病棟の隔離室のような詰め物の手触りがした。もちろん、それよりはずっと上質の素材なのだろうけれど。

 いくつかあるらしい部屋は、個室といっても扉ではなく、ワインレッドの緞帳ドロップカーテンで仕切られていた。秘密めかしているがことさらに下品というわけでもない。

 分厚い布にさえぎられ、中の様子は声すらも漏れ聞こえてこず、うかがえない。もしここに彼がいなければ、まったくの他人の、それももしかしたらいかがわしい現場に踏み込んでしまうことになるのではないかと懸念しつつ、ここまできたらなるようになれだと、突当たり手前のベルベットのカーテンを引き開ける。

「――すみません、事情があって、知り合いを探していまして――」

 目に飛び込んできたのは半円形のソファの上で、ダークスーツ姿のブロンドの男性が、ブルネットの相手――ジャケットとシャツがはだけている様子からはこちらも男性に見えた――に覆いかぶさっている光景だった。

「ノーラン……さん……?」

 つぶやき程度の声に、こちらに背を向けていた男性がゆっくりとふりかえる。照明の絞られた空間の中、獣めいた左眼がきらりと光ったような気がして背筋に冷たいものが走る。そして、薄暗い室内でもわかる、半ばひらかれた薄い唇からのぞく真白い牙。

「……やあ、神父ファーザー

 ノーラン氏は自堕落に背もたれに躰をあずけて座りなおした。いつもの彼らしくない――と思うのは、暗色のタイがゆるめられ、シャツの第一ボタンがはずされているからだろう。おまけに、暗めの照明のせいかもしれないが、眼窩と頬に影が落ち、痩せて年をとったように見える。

「予想より時間がかかったな」

 彼は赤黒く色づいた唇と犬歯を舌先で舐めた。

「おかげでこちらはたのしむ余裕ができたが」

 ひとを小馬鹿にするようなときでさえその底辺に常に流れていた軽妙さが鳴りをひそめ、慇懃無礼を通り越して、ぞっとするほどの冷たさを感じた。

「……なにをしているんですか」

 嫌な予感がよぎり、座面にぐったりしている相手に目をやる。かすかに身じろぎしたので生きてはいるようだ。咬まれたのはほぼまちがいないだろうが、角度と、シャツのカラーに隠れているせいでよく見えない。

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