Alone Together

7ー1

「なにをしているって……ご覧のとおりだ」私はこれみよがしに両腕を広げてみせた。

「ここはSMクラブよりは上品なんだ。それに私には、トイレでせわしなく欲望をぶちまける必要はないわけだしな」

「私があなたのその、夜の生活ナイトライフについてとやかく言う立場ではないのは承知していますが」マクファーソン神父の白い頬が、いきどおりのためか健康的な色に染まっているのがはっきり見えた。

 神父の怒ったような顔を目にして、私は再び凶暴な怒りが湧き上がってくるのを感じると同時に、賭けに勝ったような高揚感をも味わっていた。

 だが一体誰を出し抜いたというのだろう、あの人狼の小僧でないことはたしかだが……。

 神父の視線の六割は私に注がれているが、四割は脇に伸びている男をちらちらうかがっている。

「この男のことが気になるか?」

「彼はあなたが何者かを知って……もしそうではないのなら、あなたはその人を騙していることになりはしませんか」

 なるほど、浮気相手との一部始終すら開示し合うアメリカ人らしい倫理観だな。

 神父の関心が見ず知らずの男に奪われるのは本意ではないから、こいつの存在がわずらわしく思えてきた。頂くものは頂いたし、どのみちこの男にさしたる興味はない。

 男の乱れた胸倉をつかんで上体を引き起こす。

「起きろ」

 男がゆっくりと茶色の目をしばたたかせる。悪い夢の中にでもいるような薄ぼんやりとしたまなざしだが、それで事足りる。

 操り人形のような――実際暗示にかかっているのだから当然だが――ぎこちない動きで服装を整え、夢遊病者のような足取りで男が部屋を出ていくのを、神父は心配そうに目で追っていた。まるで、悪夢にうなされている相手を無理に起こすとその人間が死んでしまうとでも信じているかのように。

「さてと、これで邪魔者はいなくなったわけだ。ご満足か?」

「満足? あなたが私を呼んだんでしょう。こんな場面シーンを見せるのが目的で?」

 今夜の神父はいつになく好戦的になっているようだ。

「そのとおり。だが来たのはお前の意志だろう」

 神父はこちらをにらみつけた。が、聖職者としての本分つとめを思い出したのだろう、目をつむり、深呼吸をひとつして言った。

「彼は誰ですか、学生……ではないでしょう。あなたの友人?」

「私に友人はいない」神父の表情は変わらなかった。

「あれは聖公会アングリカンのゲイの司祭だ」

 今度こそ、カトリックの聖職者は明らかに動揺した。どちらの要素にかはわからないが。

「……冗談でしょう?」

「本当だとも。本国から離れて少しばかり羽目を外したかったのだろう。行き合ったのは偶然だ。イギリス人だと思って声をかけたら馴染みのにおいがした。私はつくづく聖職者に縁があるな。の男が好みだったようだが……なんにせよイギリス人は駄目だな。あと少し遅かったら、苛々して必要以上に吸い尽くしていたかもしれない。イギリス人から奪うのは趣味と実益を兼ねているのでね」

 事実、目の前の美しい聖職者エクソシストが英国国教会の牧師だったとしたら、先祖代々の畏敬の念より先にほかの感情に押し流されてしまっただろう。

「あなたは……また罪を重ねるつもりなのですか、あんなことがあなたの」

「説教するつもりで来たのなら聞く気はない。私を地獄へ送りたいのなら祈るがいい」

 瞬時に私が目の前に移動したので、神父は目を見開いた。邪魔なジャケットは肩から床に落とし、タイを抜き取る。衣擦れが毒蛇の警告のような音を発した。

 いつものスータン姿ではないうえに、ジャケットのボタンも留められておらず、ローマン・カラーカラレットも外しているため無防備といってもいいくらいだ。

 質素な上着の襟首に手をかけて一気に引き下ろしても、神父は微動だにしなかった。代わりに、熱さと冷たさがないまぜになったような視線まなざしがこちらを見据える。

 神父の黒いシャツのボタンを指先でひっかけすべてはずし、シャツを引き剥ぐ。およそ紳士と呼ばれるにふさわしくない手荒さで。どちらかというと、陥落させた都市に侵入した兵士たちが戦利品――その中にはむろん女性も含まれる――に群がるような勢いだった。

 私はそのとき彼らを止めようとはしなかったし今回もする気はなかった。ただ彼女らの目を見ることを避けただけだ――今この瞬間にそうしているように。

 神父が腕を自由にしようとするより早く、ほどいたタイクラヴァットをその両手首に巻きつける。

 煽情的な照明あかりの中に、真白い肌が輝くようにうかびあがった。

「抵抗しないのか? まあ仮に叫んだところで誰も来ない――来ない、というのは正しくないがな。こういう店は防音設備もしっかりしているし、客同士があまりおかしなことにならないようにどこかで監視してはいるだろうが」

「ノーランさ――」

 抗議なのか哀願なのか、訴えにひらかれた唇を唇でふさぐ。

 噛まれるかと思ったが(もしそうされたとしても子猫に甘噛みされたくらいにしか感じなかったろうが)、彼はすぐに顔をそむけただけだった。

「どうしてあの坊やをボディガードに連れてこなかった?」

「ディーンがここにいたらきっとあなたの首を噛み切っているでしょう。それがあなたの望みなのですか?」

「私の望みがなんであるかなどお前にわかるものか」

 聖職者だというのをさておいても、どうしてこの男は思うとおりにならないんだ。私が何者かを知っていてもなお。

 それならそれでこちらにもやりようがある。

 あまり褒められたやりかたではないのだろうが、私は古い時代の人間で、女性が男とふたりきりで部屋にいることを許した時点で、そのような行為(に対する許諾)があったとみなされる習慣の中で育ったのだ。

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