4話 着たい服
現状が理解できなかった。
突然部屋を出ていったかと思えば、すぐに戻ってきて愛子の目の前に雑誌をまき散らしたのだ。
美穂が何を目的にこんなことをしているのか、愛子には全く理解できない。
しかしよく見てみると、それは全てファッション雑誌だった。
愛子が読んでいるような雑誌ばかりではなく、アメリカの雑誌『VOGLE』や『ELLEA』やイギリスの雑誌『Lura』、『FINGARO』などのヨーロッパの有名雑誌もある。
パリコレなど記事が掲載されている『MODE de MODE』や若い子向けの『FADGE』などの雑誌もあった。
多種多様のジャンルだ。
愛子はついつい目を奪われてしまう。
「ここからあんたの好きな服、探しな」
「は?」
愛子は美穂を見上げて声を上げた。
やはり、美穂の言動には理解できない。
「あんたが本当にいいって思う服を私に教えろって言ってんの!」
美穂はあくまで強気だ。
愛子は更に困惑する。
「なんで私があなたにそんなこと教えなきゃならないんですか?」
「あたしがお前の好きな服を作ってやるって言ってんだよ!」
服を作る?
何を言っているのだろうと思った。
彼女はアパレル店員だ。
服を販売する人で服を作る人ではない。
おお、まじで?と興奮した様子で近くにいた芽衣子も雑誌を見始めた。
美穂は芽衣子の背中を蹴りながら、勝手に選ぶなと文句を言っていた。
すると親切な智代が愛子に教えてくれる。
「ショップ店員で食いつないでいるけど、本業はデザイナーなんだ。今のところ、目立った活動は出来ていないけど、美穂は素敵な服を作るデザイナーだよ」
愛子はやっと今までの美穂の言葉が繋がった。
デザインに関して「あたしら」という言い方をしていたし、おかしいとは思っていたのだ。
「私はさぁ、大正ロマン風っていうやつ? 書生の袴服っぽいデザインがいいかなぁ。『坊っちゃん』のイメージでこれじゃない? 勝手なイメージだけど、小説家の衣装ってこのイメージになっちゃうんだよねぇ」
「それは聞き捨てならないですよ、芽衣子殿!」
と突然入り口から現れたのは、赤のストライプジャージ姿でサイドに三つ編みをした眼鏡の女が立っていた。
手にはGペンが握られている。
「それは小説家ではなく、学校教師の恰好でしょう!
ああ、面倒なのが来たと呆れた表情を見せる美穂。
彼女はそれに全く動じない大物だった。
愛子も彼女の言っていることが全く理解できない。
今度は何を騒いでいるのかと顔を出した女がいた。
この女、夏美はどことなく美穂と似た雰囲気があった。
「書生服のイメージといえば、ドラマの金田一耕助の格好だろ? ついでに私はロックでよろしくな。当然、『Sex pistols』のシド・ヴィシャスのイメージで」
彼女は部屋に入るなりすぐに煙草を吸い始めた。
「おうおう、シド・ヴィシャスといえば矢沢あい先生の『NANA』の中でも話題になりましたよね。あの南京錠のネックレスに短い丈の革ジャン! 矢沢先生の漫画はファッションにもこだわりが強くて、『天使なんかじゃない』や『Paradise Kiss』でもファッションに関係する作品を描いています」
「ちょっと知香! あんたは少し黙っててくれる?」
美穂は知香に近づいて忠告をする。
とても賑やかな住人だと思った。
「だいたい、誰があんたたちの分まで作るって言ったよ」
雑誌を避けながら、美穂は再び所定の場所に座った。
「いいじゃない。好きな服を着ろって言ったのはみほりん、君だろ?」
芽衣子は美穂を見ながらにやにやと笑った。
美穂は諦めたのか、雑誌を除きながら吟味する住人たちから目を離した。
住人はこれだけではないようだ。
今度は机と料理を誰かが運んできた。
料理を持っているのはこの中でも珍しい清楚系美人だ。
手には大皿を二つ持っている。
次に机を持ってきたのは、頭に大きな団子を作った女だった。
今の状況を不思議そうに眺めている。
「そうだ、リリーはファンタジックな妖精みたいなイメージで行こうよ!」
リリーと呼ばれた理々子は意味が分からず首を傾げた。
すると、かかさず美穂が言い返す。
「芽衣子、お前はコスプレ大会か何かと勘違いしていないか?」
そこで知香がはいはいと手を上げていた。
「私、『リコリス・リコイル』の格好がしたいです! 自分が黒髪なのでイメージ的にはたきななのですが、デザイン的にはファーストリコリスの赤い制服がいいです!
「なら、勝手にやってろ」
美穂は途轍もなく冷たい目で知香に言い放った。
知香は相変わらず全く動じる様子はなく、大声で騒ぎ立てながら、勝手に自分の携帯のインターネットでコスプレ衣装の準備を始めた。
「なら私はぁ」
と静かに様子を眺めていた智代が、少し照れくさそうに雑誌を探りながら言った。
これも美穂は冷たく言い放つ。
「智代のリクエストは聞かない」
智代は不服そうな声を上げた。
その横で机と食事をセットしようとする亜紀と理々子の姿があった。
「亜紀も何かデザインしてもらおうよぉ」
芽衣子は雑誌を片付けながら亜紀を誘った。
「しないわよ」
「一緒に着ようよぉ」
「着ません」
「楽しいよぉ」
「結構です」
芽衣子が何度頼んでも亜紀は断り続けた。
愛子は片付けている雑誌の中に目につくものを見つけた。
それはウエディングドレスをデザインした雑誌だった。
愛子がそれを見つめていると、美穂に気づかれ声をかけられる。
「ウエディングドレスが着たいのか?」
それを聞いた瞬間、愛子の顔は真っ赤になった。
そのまま雑誌をもって後退り、押し入れの襖に頭をぶつけた。
心臓のバクバクした音が体中から響いた。
「なわけないじゃないですか! ウエディングドレスなんて!!」
あまりに大声を出してしまったので、部屋にいた住人が全員愛子の方に振り向いた。
余計に恥ずかしい。
「何をそんなに動揺してんだ?」
美穂は不思議そうに聞いた。
愛子の口はあわあわと震えていた。
「別に結婚の予定とかもないし、年齢的にはないなぁって。ほら、ドレスって元々煌びやかだから目にひくっていうか、結局着られなかったから着たいとかそういうのではないですし……」
そのまま誰もが黙ってしまった。
愛子は自分でも余計なことを言ったと思った。
「いいんじゃない、ウエディングドレス。ファッションショーのとりに出されることも多いしな。この機会に着てみたら?」
「でも……」
「でもじゃない。あたしはあんたに本当に着たいと思う服を言えって言ったんだ。それがドレスだって着物だってなんでもいいんだよ。あたしはそれに合わせてデザインするだけだからな」
愛子は雑誌を握りしめながら顔を埋めた。
身体が震えている。
しかし、周りにいた芽衣子たちはにこやかな表情だった。
誰も不可解な表情を見せる者はいない。
「いいじゃん、ウエディングドレス! 着ようよ」
芽衣子はそう言って愛子の肩を叩いた。
愛子は顔を隠したまま、小さく頷いた。
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