2話 コミックマーケット

夏休みに入った。

武は大学の講義がない分、バイトと漫画制作に時間をかけていた。

すでに売れるであろう二次創作漫画は印刷会社に原稿を上げている。

後はオリジナル漫画の原稿に取り掛かっていた。

藤堂の言うようにオリジナル漫画を作る時間なんて無駄かもしれない。

実際、ネットでも評価をもらっていないのだから、やはり二次創作に力を入れるべきなのかもしれないが、武が描きたいのはどうしてもオリジナルだった。


コミケの販売スペースは毎年、マン研でとってあった。

読み専であるサークル仲間も売り子として立ってくれる。

売れ残るなんていう悪目立ちも避けるように、各々の作品を順番に並べて販売した。

だから、二次創作もゲーム系や漫画系というジャンルを統一する必要があった。

サークル費用もあることだし、二日はスペースを取っているが、オリジナル漫画はどちらの日にちでも売れることはなかった。


重井おもい先輩の漫画はやっぱ評価高いっすね」


売り子で椅子に座っている後輩の野中が話しかけて来た。

武は困った顔をする。


「そんなことないよ。売れる人は午前中にははけちゃうし」

「いやいや、先輩はイラストが抜群にうまいから。けど、ストーリーが萌えないんですよね。押しが弱いっていうか…」


野中は読み専のメンバーだ。

多少の手伝いぐらいはしているが、コミケで同人誌を出すことはない。

そして、サークル内では一番武の漫画を評価していた。


「ファンはね、原作に対してキャラ重視なんすよ。つまり自分の推しキャラがどんなけ活躍するかというところに注目してるんです。先輩のイラストはうまいから、今回のこの人気キャラクターの表紙だけで食いつく人が多い。けど、それだけじゃ、買ってはくれない。そのキャラの良さをもっと出さないと」

「でも、そんなことをしたら原作のキャラとかけ離れてしまわない?俺はあくまで原作に忠実に再現したいんだ」


武の言葉に中野は大きなため息をついた。

実際に漫画を描いたこともない奴に偉そうに語られるのは気分が悪かった。

しかし、野中のその饒舌トークは止まらない。


「原作なんてむしろどうでもいい。同人誌ではその素材を使って、原作ではできないあんなことやこんなことなど矛盾した展開を望んでいる。もう、ファンにとってキャラとは個人に等しい。それらが、自分のイメージする胸熱くする展開を待っているんですよ。先輩のように作者の意向を気にしすぎて、弱弱しい展開じゃ、読者は飽きるだけです」


飛び出しそうな言葉を必死に止めた。

原作者の意向を無視するなんて、そんなのもうファンでも何でもないと思った。

すると今度は野中は自慢げに携帯であるサイトを開いて、武に見せつけて来た。


「僕、二次創作の小説書いてるんです」


それは無料で投稿できる二次創作漫画専用のサイトだった。

驚くべきところは、彼の小説はランキングで10位を取っていることだった。

投稿している小説は五万とあるだろう。

そのなかの10位とは名誉なことだろう。


「なんで野中君はコミケでそれを出さないの?」

「コミケは基本漫画を出す場所でしょ?中にはノベルを出す人もいるけど、僕的にはタブーなんですよ。小説と漫画ってやっぱり違うじゃないですか。でも、もし僕の小説に先輩の挿絵を入れてくれるなら出してもいいですよ。むしろ、僕が原作者、先輩がイラスト担当とかで漫画を描くのもいいですね。以前、別のサークル仲間から誘われたことがありましたが、そいつの絵、すげぇ下手だから断ったんです。僕は小説で読者の心を掴む作品をかける。けれど、それをイラストで台無しにされるのはごめんです。漫画はイラストから入るんですから、内容は二の次ですよ」


武は野中を嫌いになりそうだった。

いや、もうサークル仲間の全員を嫌いになっていた。

努力もしないで評価ばかり。

幻想を抱いて、原作を冒涜しいる。

オリジナル作家は、最初からストーリーを考え、キャラクターをデザインし、新しい世界を世に出すという壮大なことをしているのだ。

なのに彼らは何だろう。

人のその涙と汗の結晶である世界を勝手に掘り起こして、人形遊びのように遊んでいるだけじゃないか。

それでも、多くの読者に支持されている野中を武は批難できなかった。

このままだと武の方が、ただの批評家なのだから。

すると買い物をし終わった藤堂が戻ってきて、机に並ぶ冊子を見つめる。


「おいおい、まだこんなに残ってんのかよ」


自分の冊子も差し置いて、人ごとのように笑った。


「ってか、一番残ってんの、やっぱお前のオリジナルな」


藤堂は武のオリジナル漫画の冊子の山を指さして笑った。

隣りに座る野中も隠してはいるが、笑いをこらえているのがわかる。

武は我慢が出来なくて、席を立ってスペースから離れた。




イベントはあっけなく終わった。

机には売れ残りの同人誌が並ぶ。

実際に武のオリジナル漫画は3冊しか売れなかった。

サークル仲間の一人と数少ないサイトをフォローしてくれている常連のお客さんだけだ。

武は誰よりも売れ残ったその冊子を必死で鞄に詰めた。



サークル仲間はあっという間に片づけを終えて、打ち上げと称して飲み屋へと向かっていた。

武はアルバイトがあるからと断り、会場の出入り口で別れた。

こんな日にバイトなんて入れるはずがない。

武はとぼとぼと歩きながら、近くの花壇の隅に腰を下ろした。

悔しかった。

コミケに来るたびに思い知らされる現状だ。

二次創作漫画はあんなに売れる。

サークル仲間の拙いイラストでも売れる。

けど、自分のオリジナルを手に取って見てくれる人などほとんどいなかった。


武は鞄からオリジナル漫画の冊子を取り出した。

何が悪かったのだろうと何度も読み返す。

イラストだってどの漫画よりも努力した。

キャラクター設定も物語展開もこの一年で練りに練った。

けど、無名というだけで誰にも読まれない。

無駄に売れ残った冊子が、ただの重しとなって武にのしかかった。


気が付けば武以外にも花壇の端で座っている奴がいた。

彼女は真剣に冊子を開き、読み込んでいる。

イベントは終了しているのだから、目の前にいる人たちはほとんど荷物を持って駅へと向かっていた。

中には仲間で屯って、今日買った漫画を読み回ししている強者もいたが、彼女はそれとも違った。

小さなキャリーバックを片手に、漫画のイラストの入った紙袋にいっぱいの同人誌とポスター。

服装は男女とも取れない飾りっ気のない格好で、髪はおさげに降ろされていた。

よく見ると、彼女が読み込んでいるのは武のオリジナル漫画だった。

こんな人が買っていった覚えはない。

彼女は武の鞄から冊子を勝手に拝借して読んでいるのだ。


「ちょっとあんたーー」


武が彼女を止めようとした瞬間、彼女は顔を上げた。

その黒ぶち眼鏡の奥の瞳はらんらんとしていた。


「面白いですね、コレ!!」


彼女は興奮しているようだった。

武は戸惑うしかない。


「いやぁ、イラストもちゃんと基本が出来ていますし、コマ割りも悪くない。キャラクターの表情や動きも研究しつくされていて、動きがある。それにこの内容。このページ数でここまでうまく完結されているのが素晴らしいですよ。ちゃんと物語として成立している。作者の努力が目に見えるようです」


彼女はそう言って、冊子を武に見せつけた。


「それ、俺の漫画なんですけど」

「ほうほう、君がこの漫画の作者!お初にお目にかかります。私は穴熊太郎というペンネームで漫画を描いているこういう者です」


彼女はそう言って、自分の描いた冊子を武に渡した。

渡された冊子も武同様にオリジナル作品のようだ。


「あんたプロ? それとも、スカウトの人かなんか?」


武は不信感を抱きながら彼女に話しかける。

彼女の漫画も素人にしてはうまかった。


「残念ながらまだ。今はアシスタントとして働きながら、こうして漫画を書き連ねる毎日でございます」


話し方が独特だった。

こちらのテンションも気にしないでぐいぐいと近づいて来る。

武は彼女から自分の冊子を取り上げた。


「ならあんたもわかるだろう。オリジナル漫画なんて評価されないんだよ。どんなに努力しても、売れなきゃゴミだ」


彼はそう言って自分の冊子を床に叩きつけた。

いい加減馬鹿にされている気分がした。

努力したとしても、多くの人の評価がなければ無意味だ。

彼女はその捨てられた冊子を丁寧に広い、埃を払った。


「何をするでござるか……。これは君の大事な作品じゃないですか」

「欲しけりゃくれてやる。どうせ捨てるほど余っているんだ」


武はそう言って彼女から立ち去った。

彼女はただ茫然と立ち尽くし、じっと捨てられた冊子を見ていた。

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