5話 誰かの想いを届ける

結局、企画を出すことを許されるのに1か月。

左遷宣告間近の事だった。

福原が社内であまりにも騒ぐので、企画部の課長や社長の耳にも届いたらしい。

社長命令で一度企画案を見てやれと課長に言い渡された。

課長はそれを見て、一目で面白いと言った。

あの、誰も落とせなかった原型師の作品だ。

彼女が作る作品ならと著名な漫画家の人気作品のキャラクターで作らせてくれる話も付けていた。

彼が書いた書下ろしポスターに合わせて作る、靖子のフィギュア。

全て合わさるとポスターの光景が3D化するファンには何とも言えない商品だ。

台座が重なるようになっていて、綺麗にイラスト通りに飾れるらしい。

福原は漫画家と靖子のところを行き来しながら、2人の意見を聞きつつ、自分の意見もばんばん入れていく。

それは売れるとかうけるとか流行るとか、そう言う目線ではない。

その作品をよりよく、魅力的に展示できるかという話だ。

買い手にワクワクさせるそんな作品を作ってほしかった。



何度も足を運ぶ福原を見ながら、やれやれと智代は呆れていた。

あそこまで大事にあるとは思わなかったのだ。

ただ、芽衣子は喜んでいる。

協力してくれたお礼に、福原が毎度土産を持ってきてくれるからだ。

そんな安い焼酎じゃ体を壊すと福原愛用の発砲酒やビールなども買ってくる。

企画が決まり、予約が開始すると、なんとそこそこ値が上がる日本酒も持ってきた。

芽衣子たちはそれを嬉しそうにちみちみ飲んでいた。


「日本酒の価値もさぁ、金じゃないんだよねぇ。 作る工程と年月と作り手の思い! 高いからって美味しいとは限らないのだよ!!」


芽衣子は嬉しそうに日本酒の瓶に抱き着きながら言った。


「いつも安もんの酒しか飲んでない女が良く言うわ」


夏美もそんな芽衣子を見ながらぼやく。

しかし、本当に嬉しそうな芽衣子を見て、夏美も心が少し和らいだ。


「そう言えば、芽衣子って最近作品書いてるの? すっかり出版社から声がかからないからってサボってんじゃないの?」


こうして飲んでばっかりの芽衣子を見て智代が呟く。

夏美は部屋で演奏しているのを何度か耳にしているし、理々子も服を絵具だらけにして帰ってくる。

美穂の部屋は相変わらずデッサンの紙で埋め尽くされているし、知香なんて作品が仕上がるたびに部屋に持ち込んで皆に感想を求めていた。

亜紀はお店で創作料理を作っているのを何度も見た。

当然、靖子は商品を出品しているんだから作っているはずだ。

しかし、芽衣子が真面目に執筆活動をしているところを智代は見たことがなかった。


「書いてるよ。仕事中にね。そういえば、もうすっかり作品を出版社に出してないなぁ。確か、リチャード・バックが言ってたっけ。『プロの作家とは、書くことを辞めなかったアマチュアである』プロとアマチュアの境なんてそんなもんさ」


すっかり酔っているのか、顔を真っ赤にして、瞼は半分閉じていた。

そもそも仕事中に書くものではないが、それは理々子にも言えないことだ。


「芸術は繋がっていますよね。私はゴッホの言った『私は音楽のように心慰めるものを絵の中で表現したい』という言葉が好きです。絵画も音楽も根底な同じな気がしませんか?」


それを聞いた理々子が答える。

そして、理々子に答えるように夏美も言う。


「ベートーベンは言っているよ、『多くの人々に幸せや喜びを与えること以上に、崇高で素晴らしいものはない』ってさ。芸術はいつの時代も愛されているんだよ」


また始まったと、そこで亜紀が止めに入る。


「はいはい! 名言大会はいいから、ご飯の用意ちゃっちゃとしちゃって」


彼女はそう言って料理の乗った大皿をテーブルに置いた。

今日も美味しそうな料理が並ぶ。


「しかし、うちの管理人の実家が農家で良かったよなぁ。米も野菜も安く手に入るし、亜紀がいる以上、くいっぱぐれることもない!」


呑気な事を言っている芽衣子。

そんな芽衣子にたまには自分たちでも作りなさいと亜紀が説教していた。

このアパートでまともなのは亜紀ぐらいである。

芽衣子は家に帰れば、智代の部屋で酒ばかり飲んでいるし、夏美は時々楽器を自分の部屋から持ち出して来て、勝手に演奏を始める。

盛り上がりすぎるとすぐに近所のおばちゃんが飛んできた。

そして、それを毎回謝るのはいつのまにか智代の役割になっていた。

ご飯を食べ終える頃には、理々子がスケッチブックを取り出して、デッサンを始める。

人物や動物を書こうとするから、動いてものすごく書きづらそうだ。

特にペットのフェレットにじっとしろと命令するのは無理がある。

そして、美穂はずっと窓際に座って煙草を吸い、その隣で知香が漫画やアニメの話をひたすら語っていた。

美穂は聞いていないというのに、懲りずに話し続ける。

亜紀は料理を片付け、それを靖子も手伝っていた。

靖子も周りが見る限りは随分、元気になった気がする。

相変わらず話はしないし、自己主張もしないけど、それでも彼女たちの生活は成り立っていた。

そんな彼女たちを納めるように智代は写真を撮る。

智代は人物写真が好きだ。

写真を始めたころは風景写真ばかり撮っていたが、ここに来てから人の写真を撮ることが増えていた。

失恋して友達と泣き合う中学生。

戸惑いながらもトランペットを演奏する女子高生。

不貞腐れた顔でフェレットと戯れる小学生の少年。

興奮した姿でファッション雑誌を漁る会社員女性。

すっかり自分の部屋で酔いつぶれて寝てしまっている中年男性。

そして、扉越しでも懸命に靖子と打合せする会社員の男の姿。

どれも大切な瞬間の一つ一つ。

その写真の一瞬から伝わってくる彼らのストーリー。

けして特別な事なんて何もない。

ありきたりの日常の一片を映し出している。

でも、それが最高なドラマなのかもしれない。

智代はそう思いながらファインダーの中を覗く。

すると、目の前に酔っ払った芽衣子の顔が大きく映った。

どうやら、智代の撮影を邪魔しているのだろう。


「智代もカメラ置いて飲もうよぉ! みんなで飲む酒はうまいぞぉ!!」


芽衣子はそう言って、智代に日本酒が入ったグラスを渡した。

しかし、智代はお酒が飲めない。


「また無理に飲ませようとして。いつかつかまんぞ!」


そうきつく話すのは、知香の話をさっきからスルーして煙草を吸っている美穂だった。

戸惑っていた智代から日本酒のグラスを奪ったのは夏美だった。

手には愛用のバイオリンが握られている。


「智代にはまだ早い!」


こちらもすっかり酔っているようだった。

智代は酔いだすと楽器を演奏し始めるから困る。

すると別の場所からまた声がした。


「ふうちゃん、そこでトイレはだめですよ!」


どうやらペットのフェレットが智代の部屋の隅で糞をしようとしているようだ。

智代も慌ててそれを止める。

ここは畳だから一度しみこんだら臭いが消えなくなるのだ。

芽衣子もそれを見て、声を荒げて笑った。

そして、最後にはいつもの威勢のいい声が飛び交った。


「ちょっと、あんたたち、何度言えば気が済むのよ! うるさいって言ってるでしょ!?」


近所のうるさいおばちゃんだ。

智代はそれを聞いて大きくため息をついた。

それを見た芽衣子と夏美が智代を捕まえて、玄関に向かった。

カンカンに怒っているおばちゃんに智代は何度も頭を下げた。

これがリベルテメゾンの日常。

良いことも嫌なこともたくさんあるけど、それが人生の1ページ。

大切な一瞬一瞬なのだ。

彼女たちはここでの生活を満足している。

玄関の扉がボロボロでいつ壊れてもおかしくなくても。

大量の靴を片付けようとしない住人がいても。

部屋に自由にペットが動き回っている住まいでも。

たまに吹いてくる隙間風に震えるような生活でも。

彼女たちが彼女たちのままでいられるこの場所は、ユートピアだった。




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リベルテメゾン 佳岡花音 @yoshioka_kanoko

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