5話 ランウェイ

 美穂がウエディングドレスを作ることに決まってから、どんなデザインにするか話し合った。智代の部屋にあった紙を勝手に使って、簡単なデッサンを書きながら美穂はイメージしていく。愛子は最初のうちは発言をためらっていたが、どんどんアイディアが浮かんできて、次第に口が止まらなくなった。本当に愛子はファッションが好きだった。

 結局、他5名の衣装を作ることになって、1か月時間が欲しいと言われた。1か月でも6着もデザインして作るのだ。仕事もあるので時間は十分ではない。そこで、簡単な作業は他の住人も手伝うことに決まった。最後に部屋に訪れた完全在宅ワークの靖子に大幅に手伝ってもらうとして、残りの5人にはあまり期待はできない。知香は一人で「これこそ、真の海月姫の展開!」と大喜びしていた。


 その日はそのまま夕食をごちそうになって智代の部屋に泊めてもらった。翌日は仕事だったので、美穂と一緒に始発の電車に乗って帰った。美穂は電車の中で寝ていた。夜中までデザインしていたのだろう。愛子はなぜ自分にそこまでしてくれるのかわからなかった。それに、愛子は美穂と話をした時から何か魅力を感じていた。何事も動じない堂々とした姿。他人の意見に左右されない意思の強さ。だからこそ、あんなに遠い場所までついて行ってしまった。彼女の連れていく先に、愛子の本当に望んでいたものが見つかるような気がしたのだ。



 1か月過ぎたころ、メールでなぜか待ち合わせを渋谷の駅前に指定された。わけもわからないまま愛子はハチ公前で待たされる。待ち合わせの時間はだいぶ過ぎていた。やきもきしながら、やっと名前を呼ばれて振り向くとそこには壮絶な光景があった。

「何してるんですか?」

 待ち合わせに来た6人は皆、奇妙なデザインの服を着ていたからだ。

 芽衣子はリクエスト通り、丸襟シャツの覗く袴姿をすこし崩したデザインだった。正絹のような上等なものではなく、木綿を使って、洋風なような和風のような服に仕上がっていた。足元は下駄ではなく、黒いショートブーツを履いていた。

 夏美はいかにもロックスターという黒づくめのパンクファッションだ。頭にはビニール生地のマリンキャップに金属の装飾を付けていた。ベルトとチェーンが付いた短い丈の革ジャン。中には目の粗いメッシュ生地のしたにキャミソールを着ている。意図的にところどころ破られたタイツの上から短パン。腰には、ミニスカートを縦半分にしたデザインのものが細いベルトで装着されている。厚底のショートブーツ。胸元にはシドをイメージした南京錠と鎖をアクセントにした、インパクトは強力なデザインだった。

 それとまた違ったテイストのアジアンスタイルのファッション。ベトナムやアラブの民族衣装を思わせる服装だ。刺繍のあしらったエスニックトップスに、柄の鮮やかな長い、薄手の生地のベストからトップスの袖がのぞく。腰にはひもを束ねたようなデザインのベルトにバルーンパンツをはいていた。頭にはスカーフをターバンのように巻いて、首元にリボンを作る。その恰好のまま、智代が嬉しそうにカメラを持っていた。

 その隣に立っていたのがトレードマークのお団子に煌びやかなビーズの装飾の髪飾りを垂らした理々子だ。グラデーションのかかった色合いのシアー生地に、全体的にふわりとしたシルエットのワンピースが特徴的だ。足元はラメの聞いたバレーシューズ。それこそ妖精を思わすデザインだった。

 最後にはやけにカラフルな幾何学模様が特徴のジャケットに長いティアードスカートの一部を腰から垂らし、タイトのミニスカートと10㎝以上あるヒールを履いた美穂がいた。頭には小さなハットにオーガンジーのリボンの装飾を付けた派手な帽子をかぶり、いつも以上の派手なメイクだった。

「すごく恥ずかしいです」

 まず最初に出た言葉はそれだった。ハチ公前で待っていた人たちが美穂たちを見て騒ぎ出した。

「私もそう言ったんだけど、せっかくだからって芽衣子が…」

 そう言って夏美が芽衣子を指さした。芽衣子は横でにこにこと笑っている。

「家で見せ合いっこしてもつまらないじゃないか。街に繰り出すアイディアは知香が考えたんだけどね」

 今度は芽衣子が別の人物を指さす。知香の名前を聞いて、そういえばと全く違う雰囲気を漂わせた女がいることに気が付いた。それは軍服のような制服のような奇妙な服で明らかにコスプレだった。知香は嬉しそうに一人騒いでいる。あれだけは私の手を付けていないと美穂も知香を指さした。知香には他のメンバーと違った恥ずかしさを感じた。

「どういうつもりなんですか、美穂さん」

 愛子はこの状況に賛同した美穂が信じられなく、聞いた。意外にも美穂は満更でもない様子だった。

「どうってちょうどいいじゃん。あたしら貧乏人がスタジオなんて抑えられないし、道そのものをランウェイにして歩いてやろうと思って」

「ランウェイって、みんな見てますよ。恥ずかしくないんですか?」

「あたしは恥ずかしくない。自分の最高のデザインを他人に見てもらうのに、何も恥ずかしくなんてない。むしろ見てもらわなきゃ、意味がないだろう」

 美穂はそのまま愛子の腕を掴んで駅に向かった。

「まさか、私にまであの衣装を着ろって言うんじゃないですよね?」

 愛子は手を引かれながら、叫んだ。以前美穂と考えたウエディングドレスの事だ。

 美穂は頷いた。

「だからちょうどいいって言っただろう。あんたは何も恥ずかしがることはない。あんたは自分の好きな服を着る。あたしはあんたにあたしの自信作を着せる。それの何が悪いわけ?」

 美穂に引かれる腕を勢いよく振り払った。美穂も足を止めて振り向いた。

「それは美穂さんに自信があるからですよ。私は私みたいな人間がそんな格好して、街中をランウェイなんて、とても恥ずかしくて出来ません!」

 愛子は掴まれていた手を摩った。美穂には結局わからないんだと思った。

「あんた言ったよな。ブスな自分にはおしゃれな恰好は似合わないって」

「…言いました」

「それがそもそも違うんだよ。美人に衣装を着せる必要はない。美人というだけで他人を魅了するからだ。だけど、ブスは違う。素で勝負できないからこそ、着飾るんだ。服は本来おまけで、主体は着る人間自身だろう。それに、どんな服を着ても変わらないなら、一層なんて選んでないで自分のを着ろよ。どんな服を着たって、堂々と歩く奴が、世界で一番カッコイイんだからさ!」

 そう言って美穂は愛子の前で、初めて笑顔を見せた。


 愛子は他のメンバーにされるがまま、衣装を着せられた。美穂のデザインしたウエディングドレスは花柄の上品なレースと細かいビーズをふんだんにあしらったプリンセスラインだっだ。歩くためにギリギリの長さまで上げた丈。髪をアップして、頭に小さなティアラを付ける。化粧も簡単に派手なものに付けたした。

 愛子が鏡に映る自分を見る。格好悪い。良いとは思えないスタイル。色白とも言えない黄色みがかった肌。美人とは言えない顔。でも、綺麗だった。美穂の作ったドレスは本当に綺麗だった。

「ファッションデザイナーのマーク・ジョイコブスが言ってた。『誰かが着てこそ、その服に価値が生まれる』って。服は眺めるだけの置物なんかじゃない…」

 美穂は鏡の向こうの愛子に呟いた。そして彼女の手を引いた。

「行こう。次はランウェイだ!」

 美穂の導きで、愛子の足は軽やかに歩き出していた。


 美穂が先頭に立って、愛子の手を引き歩き出した。愛子たちは想像以上に目立っていた。周りにいた人たちがスマホを片手に、何かのイベントかと騒ぎ、勝手に写真を撮ってきた。

 愛子は顔をやはり恥ずかしくなって、顔だけでも隠そうとした。そんな愛子を見て、後ろで歩いていた芽衣子がそっと耳元で囁く。

「『ハリー・ウィンストン』っていうジュエリーブランドを知っているかい?その創業者が言ったそうだ。自分会社のジュエリーを付けた人に『あんたのことを見つめてくる人たちを楽しませてあげなさい』ってね。君はそのきれいなジュエリーを身に着けている人と一緒だよ。その美穂のドレスを皆に見せてあげて欲しい」

 そう言われて愛子は周りで自分たちの姿を見てくる人々と、目の前で颯爽と歩く美穂の姿を見た。彼女は怖気ることもなく、いつものように大股で毅然として歩いていた。彼女は自分のデザインした服を多くの人に見られて嬉しいのだ。だから、愛子も俯くことを辞めた。美穂のように自信をもって歩くことにしたのだ。自分の容姿を見られる事以上に、美穂のドレスの素晴らしさを知ってほしいという気持ちが勝ったからだ。

 愛子たちは渋谷の駅から青山にかけて歩き出した。青山を抜けると、人の混雑する表参道が見えて来た。美穂たちが通るたびに通行人が振り向いた。面白がって写真を撮る学生たち。何事かと立ち止まる会社帰りの会社員たち。面白がって群がって見ようとする学生たち。見せてやれ。見せつけてやれ。ここはランウェイ。どんな服を着たって前を見て堂々と歩いている奴が一番格好いい。愛子は美穂の言葉を胸に抱きながら、他人の目に自分を映した。

 表参道を抜けて、最後は原宿に到着する。原宿は表参道とは違って個性的な服装をしている人が美穂たち以外にもいた。知香は嬉しそうにロリータファッションをしている女の子たちを見つけ、親しげに話しかけた。知香のマイペースには毎度、驚かされる。そのロリータたちも、知香の衣装を見て「リコリスの衣装ですよね」と盛り上がっているようだった。

 その奇妙な格好を異様な光景ととらえた人がいたのだろう。警察に通報され、原宿の駅に着く前に、美穂たち6名は警察官に事情聴取される羽目になった。


 竹下通りの入り口で入り道は立ち止まっていた。さすがに足が疲れたのか、芽衣子はその場で座り込んでいた。そんな時、智代が自分で撮った写真をリアルタイムでインスタグラムにアップしていた画面を見せて言った。

「見て。すごい注目度!」

 そこには1000を超える『イイね!』が押されていた。そこには誹謗中傷もあっただろう。笑う人、馬鹿にする人、軽蔑する人、批難する人なんて無限に存在する。それと同じように『いいね!』と楽しんでくれる人もいる。そのことが、愛子たちは嬉しかった。人ごみの隙間から見える奇妙な格好をした美穂たち。自信満々に歩く美穂の後ろで愛子は幸せそうな顔をしていた。


 愛子がふと顔を上げると、見覚えのある安いネックレスが目に入ってきた。そのネックレスをしている若い女はいかにも軽率そうな男と歩いている。よく見ると以前、美南に見せてもらった写真に写っていた彼氏だった。隣にいるのは当然、美南ではない。美南は愛子に会社であんなに自慢していたのに、その彼氏は他の女と浮気していたのだ。美南が全く気が付いていなかったとは思えない。わかっていても彼女は愛子の前で強がって見せていたのだろう。誰かにを見せないと彼女も辛かったのかもしれない。そう思うと、愛子は明日から少しだけ美南にも優しくしてやろうと思った。

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