4話 文化祭

お盆も過ぎ、夏期講習が再開され、部活も始まった。

部活ではある行事が課題となった。

それは、待ちに待った文化祭である。


「文化祭は9月末だけど時間はない。急いで、文化祭で演奏する曲を決めないといけない。正直、私は今から新しい曲をするより、演奏したことのある曲から選んだほうがいいと思う。だから、文化祭の選曲は、『宝島』、『マードックからの最後の手紙』、『アルヴァマー序曲』にしようと思う。異議があるものは?」


里紗は壇上の前に立ち、部員全員に聞いた。

周りはざわざわと騒ぎ始める。


「で、でも、文化祭には必ずPOP的な音楽も入れていたと思うんだけど…」


二年の女子生徒が答える。

すると、ぎっと睨んで里紗が答えた。


「そんなの別に無視してもかまわないでしょ。そもそもああいうジャンルの曲は、迫力も出ないし、吹奏楽に合わないわ」


辺りはしんと静まり返った。

里紗はこのまま強引にことを進めるつもりだ。


「でも…、『アルヴァマー序曲』は一度、歓迎会でつかったじゃない…」


誰かが囁くような小さな声で言った。

地獄耳の里紗はそれすらも聞き取る。


「文句があるなら、今度のコンクールの選曲を完璧にしてから言って。たかが、学校の行事ごとじゃない。コンクールでもないんだし、そんなことに練習を取られたくないのよ」


ずっと静かに聞いていた芹那が突然、席を立ち上がった。

意外な反応で里紗も隣に座っていた咲も驚く。


「私は、たかがじゃないと思います。コンクールじゃないからこそ、ちゃんとやるべきなんじゃないですか?ここで楽しめなくて、いつ楽しめって言うんですか」


里紗は驚きすぎて口をぱくぱくさせた。

他の部員たちも皆、芹那に注目している。


「な、なんで、いつも足を引っ張っているあなたが言うのよ。あなたが一番、コンクールの曲に専念すべきでしょ?」

「私も、松本さんに賛成です。コンクールも大切です。でも、私たちもこの高校の生徒で、この高校の吹奏楽部です。他の生徒たちと一丸となって、文化祭を盛り上げる義務があると思います。それに、引退した三年生の皆さんにも私たちの頑張っている姿を見て欲しいんです!」


隣にいた咲も椅子から立ち上がって、里紗に抗議する。

勢いがついたのか、他の部員の子たちも次々に賛同した。

里紗も何も言えずに固まっていた。




芹那たちは、文化祭に新たな曲を演奏することに決めた。

決めたからには真剣にやらなければならない。

急いで学校の全クラスから、自分達の引けそうな曲の中から聞いてみたい曲を選んでもらうためのアンケート用紙を作って、全クラスに配布した。

夏期講習に来ていない、アンケートに答えられない生徒たちからは、夏期講習に来ている、その生徒達のクラスメイトに頼んで、メールで聞いてもらったりした。

そして、最後にアンケート集めてを集計し、選曲が決定した。


ディズニーアニメで大ブームになった『アナと雪の女王』のメドレーと諌山創いさやまはじめの『進撃の巨人』がアニメ化されたときのオープニングに使われた、リンクホライズンの『紅蓮の弓矢』、そして、最後の一曲はアンケートの要望ではなく、部員全員で決めた。2004年に東宝に放映された、『スイングガールズ』でも使用され、有名になった曲、『シング・シング・シング』だ。


 里紗の意向とは別に、芹那たちの発案で吹奏楽部の選曲を決めてしまったが、里紗の考え方も間違えていないだろう。

確かに、自分達には時間がない。文化祭もコンクールも大事だ。

だからこそ、『シング・シング・シング』なら、誰もが知っている曲で、皆覚えているので、すぐにでも演奏を始められる。

それに、この曲ならば今までにない文化祭の出し物に出来ると思ったのだ。




夏休みが終わると、クラスでも文化祭の出し物の話し合いが始まった。

クラスで、やる気のあるものは殆どあらず、意見もまだらだった。

そこで、芹那と咲はクラスメイト達にあるお願いをした。

そう、吹奏楽との共催である。

この提案が、委員会で通るかはわからなかったが、芹那たちが演奏に集中するためにも、盛り上げるためにも必要だった。

委員会に何度もお願いしに行った結果、文化祭で人気のあったクラスや部活を選ぶコンテストの授賞権利はなくなることを条件に承諾をもらった。


吹奏楽部の部員も、芹那たちのクラスメイトも今までにもないようなイベントに盛り上がっていた。

文化祭に向けて、演奏の練習をし、合間にコンクールの曲も練習する。

演出もいろいろと考えて、文化祭の前日には、芹那のクラスと、吹奏楽共同練習をした。



芹那から手紙をもらったのは文化祭の2週間前だった。

夏美宛に、お礼と文化祭の招待について書いてあった。

そして、リベルテメゾンの皆さんも一緒にとも書いてあった。

この事を話すと、芽衣子と知香、そして智代がついて来た。

後のメンバーは皆仕事で都合がつかなかったのだ。


「しかし、よくもまあ、芽衣子は予定が空いたな。知香はアシスタントだし、智代はなんとか都合つけたみたいだからいいけど、あんたは仕事あるだろう。あんたんとこ、土日も営業してるだろう?」


芽衣子は夏美の横でへらへら笑って歩いていた。

皆、格好はいつもと変わらない。


「うちは自由だからね。それに、土日は意外とお客が少ないのだよ。うちは学生で商売しているからさ」

「いつ潰れてもおかしくない店だな」


夏美もつい笑ってしまう。




目の前に歩く人が増えてきて、賑やかな音と共に目の前が開けて来た。

芹那の高校だった。

正門には独創的な手作りの門が聳え立ち、グランドにはいくつものテントが建てられてある。

ホットドックやお好み焼き、から揚げと様々な屋台が開かれていた。

周りはたくさんの生徒や校外の人たちが行きかい、きぐるみやコスプレを着た生徒までいた。

それを見るたび、漫画やアニメ好きの知恵は興奮している。


栞を入り口付近で貰い、中を確認する。芹那たちのステージは体育館で行う予定で、午後3時のとりの一つ前だった。

その間まで、夏美たちは校内を回ることにした。



校舎に入るとすぐに、知香が一つの教室を見つけ、大声で叫んでいた。

看板には『漫研』と書いてある。

芽衣子も面白半分で、教室内を覗いた。

智代といえば、芹那たちのステージの時間を把握したら、すぐに夏美たちと離れ、一人で写真を撮るために校内を独断でうろちょろしていた。



夏美は校内を回るのも面倒になり、芽衣子たちに煙草を吸ってくると告げて、一人外に出た。

グラウンドの端に喫煙所が設けられている。

その空いた席で、夏美は煙草に火をつけた。


目の前には大勢の生徒たちが行きかっている。

どの子も楽しそうで、満面の笑みを浮かべていた。

夏美はそんな光景を目にしながら、自分も高校生ぐらいの頃はこうだったろうかと考えていた。

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