【造型】作り手にしかわからない思いがある
1話 スカウト
ボロアパートの前で、
なんで自分はこんなど田舎にまで来て、こんなことをやっているのだろうかと広く見渡せる青空を眺め考えていた。
都会ではこんなに空は見えない。
建物がそこら中に建っているから視界を邪魔するのだ。
だからと言って福原がここまでそんな空を見上げに来たわけでもないし、都会から逃げて来たわけでもない。
上司に言われて、原型師をスカウトしに来たのだ。
この仕事が決まらなければ、おそらく来月には販売店の方へ回されるだろう。
その販売店だっていつまで続けられるかわからないだろうに。
福原が転職したのは10年前。
まだ、おもちゃ業界も盛り上がっていた時代。
今みたいにフィギュア一体が2万も3万もしていなくて、多少荒い作りのフィギュアも売れていた頃だ。
今は原料の高騰や技術力の向上、いろんな条件が重なってフィギュアは高級品と化していた。
かつてコレクターだったファンたちも数を減らし、今は外国向けに作っているものも多い。
そもそも福原は新卒の頃、もっと有名な大手で働いていた。
そこではフィギュアでもプラモデルでもなく、トレーディングカードを企画していた。
企画提案、作成者との打ち合わせ。
それが福原の主な仕事だった。
しかし、そのトレーディング業界も日に日に進化していき、彼にはついていけないところまで来てしまった。
メインのバトルもののカードからコレクターが集めることを主にしたカードに異動させられ、最後はキャラクターグッツ担当へと変わった。
その時には企画なんて出すこともなく、彼は企画部が出した提案をもとに資材集めをし、工場を回る仕事に変わっていた。
それが嫌で転職したのに、結局中途採用で受かったのはこの会社だ。
恐らく、前の職場の職歴がなかったら採用されなかっただろう。
最初はそれなりに期待されたはずだ。
しかし、彼にはフィギュアの知識はなく、集める趣味もない。
プラモデルには多少精通していたが、専門というわけでもない。
どちらかといえば、戦車とか車とか、城なんかのプラモを主に作っていた。
美少女フィギュアなんててんで興味がない。
だから彼は早速に営業に回されたのだ。
工場を巡り、原型師にアポ取りや催促をしに行く。
彼の会社には専属の原型師が30人以上いる。
彼らは安定した給金をもらえる代わりに、会社のいいなりの犬だ。
会社が提案したキャラクターをデザイン通りに作っていく。
そのうち、精巧に作れる3Dプリンターが出来ればこいつらも用なしでくびにされるんじゃないのかと思っていたが、その前に彼自身がくびになりそうな勢いだ。
これは最終ミッションなのかもしれない。
彼はそう心の中で呟いた。
今日、こんなど田舎までスカウトに来た理由は、フィギュア業界の神とも謳われた凄腕の原型師に専属のスタッフになってもらうためだ。
話を最初に聞いた時には絶対無理だろうと思った。
そんな凄腕のフリーランスで生きている原型師が、わざわざ大手と言っても順位が下のうちの会社に来てくれるとは思えない。
それでもうちの会社には後がないのだ。
プラモデル部品や可動式フィギュアなら業界としても生きていける。
しかし、美少女フィギュアのジャンルで言えば、うちは他社よりも劣っているのだ。
他の企業には専属の凄腕原型師が幾人もいて、その人たちが信じられない芸術作品を産む。
それに惹かれるようにファンもそこに金を注ぎ込むのだ。
それに対抗するにはこの謎めいた市場に出てこない原型師を口説き落とさないといけないのだが、女もろくに口説き落とせない福原が出来るとは思えない。
それでも営業マンかと課長には怒られるけど、今回は相手が悪すぎた。
なんせ、彼女は誰も姿を見たことがないというほどの引きこもりで、声を聞いた者すらいない。
連絡は常にメールでのやり取り。
彼女の技術に惚れこんで、直接彼女にデザインを依頼する人物もいるそうだ。
しかし、個人の為にオーダーメイドで作れば相当金がかかるし、実際それがオークションに出た時、数百万の値打ちが付いたという噂もある。
本人自体は常識的な金額で請け負っているようだが、彼女の技術が欲しいと思っている企業はいくらでもあるだろう。
そして、彼はついに彼女の居場所を掴めたのはいいものの、アプローチしようと訪問したところ、一瞬にして追い出された。
結局、彼女の声を一度も聞かないままだ。
姿なんて見られるはずもなかった。
しかしと彼は後ろのボロアパートを見上げる。
アパートというより、長屋というか寮というか、いくつかの小部屋があって、トイレ、風呂共用という感じのルームシェアハウスだ。
今時のお洒落な感じではなく、当然、住人が集まるようなフリースペースもラウンジもない。
入り口の扉はボロボロだし、玄関を開けると無数の靴が散乱しているし、とんだ場所に来ちまったと思った。
案内してくれたのはお団子頭の童顔の女だった。
彼女に原型師、『サイレントチルドレン』、本名山手靖子の部屋のドアをノックしてもらい、説明をしてもらったが、会いたくないの一言で終わったらしい。
予想はしていたが、だからといってここで帰るわけにもいかず、こうしてアパートの前でタバコを吸ってどうしたものかと次の手段を考えていたのだ。
そんな彼を見つけたのは仕事帰りの美穂だった。
美穂は訪問客には珍しい、ヤサグレ中年男を見つけて声をかけた。
「あんた、そこで何やってるの?」
完全に不審者扱いだ。
仕方がいないかと煙草を地面に落とし、足で火を踏み消した。
「幻の原型師さんをナンパしにね。全く歯が立たなかったけど」
福原はそう皮肉そうに笑った。
そんな彼に美穂は近づいて話しかける。
「あんたも馬鹿ね。靖子を手懐けようとする時点で間違ってんのよ」
「俺が決めたんじゃねぇよ。会社の命令。出来なかったら、俺はクビか支店落ちだ。どのみち、俺にはろくでもない未来しか待ってないんだよ」
福原ははっと笑って答える。
それを真顔で美穂は見つめていた。
「情けない男ね、あんた。そんなんじゃ、靖子どころかここの住人にも受け入れてもらえないわよ」
「受け入れてもらえるなんて、最初っから思ってねぇよ。そもそも、よくお前らこんな場所で暮らせるな。周りは何もない田んぼや畑でよ、コンビニ行くだけでも15分は歩くぜ? しかも管理人以外はみんな女なんだろう? こんなセキュリティーもない場所、不安になんねぇの?」
確かにねと言って、美穂も福原の隣に立って煙草を吸い始めた。
福原も横でこの女も吸うのかと、煙草を消したことを少し後悔した。
「ボロアパートなのも、安全性に欠けているのも否定はしないわ。けど、住めば都ってやつよ。あたしたちにはなかなか快適な生活だわ。皆、赤の他人だけど、いざとなれば助け合える。そう、血のつながった家族よりも結束が強いのよ」
彼女もそう言って笑った。
確かに家族と言っても、自分の危機が迫ったとして必ず助けてくれるかはわからない。
福原にも家族がいたが、6年前に離婚した。
妻は彼に愛想をつかしたと言っていたが、それからすぐに再婚したところを見るとすでに他に男がいたのだろう。
福原には1人、娘がいる。
しかし、最後に会ったのは妻が家を出て行った日で今はどんな姿をして、どうしているかも福原には知らされることはなかった。
美穂は煙草を吸い終えると、足元に転がった福原に吸っていた煙草を指さして、片づけるようにいうと、そそくさと部屋の中に入って行ってしまった。
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