6話 届け!
校内を回り終えた芽衣子たちが夏美のもとにやって来た。
ぼんやりと昔のことを考えていたら、時間が随分経っていたようだった。
もうすぐ、芹那たちの番がやってくる。
夏美は腰を上げて、体育館まで歩き始めた。
体育館の中はすでに満員だった。
ステージと観客席の間に椅子が並んでいる。
体育館の舞台はそれほど広くはない。
吹奏楽のメンバーでは狭すぎたようだ。
だが、それ以上に前列の椅子の前にも十分なスペースが開けられていた。
前のステージが終わり、吹奏楽部と1年2組の生徒たちが準備を始める。
楽器の用意とは別にサイドに飛び込み台やら、跳び箱やらが準備されていた。
何が行われるのかさっぱりわからない。
夏美たちは体育館の端の方で見ることにした。
座席の中央には通路が設けてあり、壁際にもスペースが空けられていた。
「これより、吹奏楽部と1年2組の共同コンサートを開催いたします。心からの拍手でお迎えください」
そのアナウンスと共に、吹奏楽部のメンバーがステージの袖から出て来た。
そして、それぞれの指定の席に座る。
次第に会場は暗くなっていった。
音楽がゆっくりと始まる。
最初の曲は『アナと雪の女王』の『雪だるまを作ろう』が流れた。
その瞬間、子どもの頃のアナとエルサの姉妹が現れて、ステージの前で踊りだした。
そして、台詞のない演技が始まる。
アナがエルサを起し、エルサが雪だるまを作る。
それをライトの当て方と、音の出すタイミングで上手く演出していた。
そして、その次に『うまれてはじめて』が流れる。
その間に、ライトが消されて今度は大人のアナが現れ踊りだした。
周りにはメイドや村人まで現れ、アナと一緒に踊っていた。
次に『扉を開けて』が流れ、ハンスが出てきて、アナと一緒に踊りだした。
そして、また暗転し音楽が変わる。
ここで『ありのままで』が始まる。
エルサが登場し、青いライトがともされる。
冷たい雪を思わせる演出でキラキラ光る花吹雪が落ちて来た。
会場は一気に盛り上がり始めた。
そして、音楽が進むにつれ、ライトの一部が雪模様に変わり、会場を走り抜けていく。
大胆な演出に誰もが感嘆の声を上げた。
そして、再び暗転となる。
曲は一気に変わる。
『紅蓮の弓矢』だ。
ステージのライトが赤一色になる。
『進撃の巨人』にある軍服を似せて、それを着た生徒たちが現れ、踏み台を飛んでいく。
踏み台を飛ぶ間に、漫画の内容にあったポーズをいろんなパフォーマンスで演出していた。
最後は跳び箱を飛びながらのパフォーマンスが始まった。
跳び箱には巨人のイラストが施されていた。
終盤ともなると、跳び箱が得意な男子達の軽いアクロバットになっていた。
そして、最後に『シング・シング・シング』が始まる。
ドラムの音が始まり、そこにライトは集中した。
他の楽器の演奏と共にステージに明るい照明がついた。
会場の人々がわぁと声を上げた。
それぞれのパートで席を部員が立っていく。
そして、波を打つように立ったり、座ったりを繰り返した。
しばらくして、演奏しながら部員たちが移動し始めた。
彼女達は、音楽に合わせて踊りだした。
そして、途中でトランペットのソロの場面が来る。
ドラムの音の間に駆け出し、会場の真ん中、座席の真ん中に走りこんで、芹那が独りで演奏始めた。
ライトが集中し、拍手が巻き起こる。
そして、踊りは続けられ、クライマックスが近づいてくるとさっきまで劇をしていた1年2組のメンバーが現れ、一緒に踊り始めた。
手拍子で会場が盛り上げる。
そして、演奏は終了した。
短い沈黙の後に、大きな拍手が舞い起こった。
会場は拍手の音でいっぱいになる。
息も切れ、汗で顔中が濡れていたが、芹那の顔は生き生きしていた。
楽しいと心から思えた。
発表会やコンクールの時のような緊張感はなかった。
ただ、高揚感でいっぱいになっていたのだ。
素敵な舞台にしたい。
皆に喜んでもらいたい。
そして、吹奏楽のことをもっと知ってもらい、好きになって欲しいと心からそう思って行ったステージなのだ。
芹那は会場の端の夏美を目で探した。
音楽が本当の意味で楽しいものだと教えてくれたのは夏美だ。
夏美にこのステージを一番見て欲しかった。
夏美の教えてくれた音楽が楽しいという意味を皆にも伝えたかったのだ。
身体全身で演奏すること。
皆が本当の意味で一体感をもつこと。
それは夏美といたリベルテメゾンで学んだことだ。
しかし、夏美は見当たらなかった。
やっと見つけたと思ったときは、会場を後にする夏美の後ろ姿だった。
芹那はトランペットを持ったまま、駆け出す。
「芹那!」
後ろから咲に呼ばれたが、かまわず駆け出した。
どうしても伝えたいことがあったのだ。
しかし、もう一つの呼び声で自然と身体が止まる。
「芹那」
芹那は振り向いた。
そこには美々理が立っていた。
「芹那。ステージとっても良かった。きっと今までの文化祭の中で一番良かったと思う。芹那のトランペットのソロを聞いたとき、芹那の中にある音楽が好きだって言う気持ちが伝わって来たよ」
美々理は微笑んでいた。
少し悔しそうで、でも嬉しそうな複雑な表情だ。
成功したのだ。
きっと、皆に感動させる事ができた。
涙が溢れそうだった。
けれど今は立ち止まらずに、走ることに決めた。
夏美の背中はもう見えない。
人ごみの中を駆け抜け、必死に走る。
もう、校内を出たかもしれない。
途方にくれた芹那はふと校舎を振り返った。
そして、一つのことに気がつく。
芹那は校舎に向かって走っていた。
「わたし、感動しまくりました! 『アナと雪の女王』から始まり、諌山創先生の『進撃の巨人』のアニメオープニングテーマ『紅蓮の弓矢』なんて、ファンにはたまらないです! しかも、生徒達のコスプレ姿に漫画への愛情すらも感じました。いやはや、日本の素晴らしさは正に漫画の中にあるということですな。子どもから大人まで感動させられる、日本の技術に万歳です!」
「最後の『シング・シング・シング』も良かったじゃないか。吹奏楽部の演出らしくて、私は好きだな」
夏美の後ろで知香と智代が盛り上がっていた。
ステージは本当にいいもので、それは夏美が見てもそう思えた。
音楽の上手いや下手も大切だが、今回のステージにはそれ以上のものを感じた。
「夏美、良かったな。芹那ちゃん、楽しんでいた」
芽衣子が夏美に向かって微笑んだ。
夏美も小さく微笑む。
「そうだな。今日の芹那の音楽からは楽しさを感じた。いい演奏だったよ」
それ以上に夏美には感じていたことがある。
芹那が吹奏楽部のことが好きで、部員もクラスメイトにも愛されているということを。
芹那は夏美と違って、文化祭を楽しみ、学校での生活を謳歌している。
それは夏美には理解できないことで、とても羨ましいことだった。
「でも、よかったの? 芹那ちゃんに最後、顔出してあげなくて」
芽衣子が優しく聞くが、夏美は頭を横に振った。
「いや、いいんだ。彼女は私と話すよりももっと他に大事なことがあるだろう」
「でも、きっと会いに行ったら喜んだと思うぞ」
今度は後ろにいた智代まで入ってきた。
「そうかもな。でも、私がなんとなく会いづらいんだ」
その時だ。
どこからか微かにトランペットの音がした。
辺りはやけに騒がしかったが、確かにそれは聞こえた。
夏美は音のするほうに振り向く。
「おお、あれはジブリアニメの『天空の城ラピュタ』でパズーがトランペットで演奏していた『ハトと少年』ですね! いやはや、いい趣味をしていらっしゃいます。我々のトランペットのイメージソングは正にこれですから!」
知香は飛び跳ねながら、喜んでいた。
夏美にはわかる。
これは芹那のトランペットの音だ。
必死に響かせようと吹いているのがわかる。
周りの人たちもそれに気がついたのか、幾人かが屋上を仰いだ。
小さくてよく見えなかったが、確かに制服を着た少女がトランペットを吹いている。
「あれ、芹那ちゃんかな」
「ああ」
芽衣子の言葉に夏美も頷く。
「私にはあの音が夏美にありがとうって言っているように聞こえるよ」
芽衣子の言葉を聞いた後、夏美は耳をすました。
そして、自然と笑みがこぼれた。
「そうかもしれないな……」
夏美たちはその音を聴きながら、高校の門を潜り抜けた。
響け。
届け。
自分の想いを夏美に伝わるようにと、芹那は必死で演奏した。
なぜか突然思い出したのはこの曲だった。
中学校のとき、最初に演奏したのがこの『ハトと少年』だった。
トランペットを吹くなら、これを一度やってみたかったのだ。
夏美はもう学校を出て行ったかもしれない。
それでもかまわなかった。
この青空の下、風に乗っていつか夏美のところに届くと思ったからだ。
一度もちゃんとお礼を言っていなかった気がした。
芹那が演奏をするとき、いつも田んぼの真ん中で楽しそうに音楽を奏でる夏美の姿が浮かんだ。
心から演奏を楽しんでいる夏美が羨ましかったのだ。
この高校に入学して、歓迎会で見た美々理の姿にも似たものを感じたのかもしれない。
芹那は青空を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、叫ぶ。
「ありがとうございました!」
聞こえるはずがない。
それでも、どこかで夏美が聞いていて、小さく微笑んで手を振ってくれているような気がした。
気持ちのいい風が吹き、芹那の髪を揺らす。
トランペットが青空の下で、太陽の光に反射し、輝いていた。
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