【音楽】忘れるな 音楽は自由なんだ!

1話 吹奏楽部

それはまだ、桜が散り始めて間もない頃。

芹那せなに衝撃が走った。

新入生歓迎会の日、吹奏楽部の部活紹介で『アルヴァマー序曲』が演奏された。

それはとても格好良くて、迫力があって、胸をドキドキさせる演奏だった。

演奏をしている先輩達もものすごく誇らしげで、ああ、やはり自分は吹奏楽に入ろうとこの時、芹那は決心した。

そして、その時、部活の紹介していたサックス担当で、部長の木馬美々理きばみみり先輩が、大人っぽく、輝いていたことを芹那は忘れない。

彼女は芹那の憧れの人だった。




「ほら、そこ!音外してるでしょ」

指揮棒を指しながら、顧問の竹下聡子たけしたさとこがフルートの担当の女子に叫んでいた。

周りにいた女生徒たちも、自分たちが言われているかと思うほど、危惧していた。

そして、竹下の指示するところから演奏が再開される。


「また、トランペットも遅れてる!」


今度は芹那が指揮棒を突きつけられて、指摘された。

前の席に座る、現部長の戸口里紗とぐちりさが芹那の方へ振り向き、睨んでいた。


「こんなのじゃ、またコンクールには入賞出来ないわよ。あんたたちは悔しくないの」


全員が黙って下を向いた。

竹下も興奮しすぎたのか、それとも第二音楽室の空調があまり効いていないためか、頬から大量の汗が伝い落ちていた。

竹下はそれを拭い、指揮棒を譜面台に置いた。


「1回休憩!10分後には再開するわよ」


そう言って、竹下は教室から出て行った。



芹那はほっと息をついて、肩を落とした。

緊張感が一気に解れた。

すると、前の席でフルートを担当していた同じ一年の町田咲まちださきがフルートを手に持ったまま、芹那に近づいてきた。

他の生徒たちもちらほらと席を立って、持ってきた水筒のお茶を飲みに行きだしていた。


「うわぁ、芹那やっちゃったね。1回引っかかると一日中、引きずるんだよねぇ」


咲は芹那を同情するように笑顔を見せた。

芹那も情けなく思いながらも笑い返す。

すると、咲の横から里紗が顔を覗かせてきた。

あまりに驚いて、芹那も咲も思い切り身体を引いてしまった。

里紗はいかにも不愉快な顔で立っている。


「松本さん、皆、真剣に練習してるのよ。あなた一人が遅れるだけでどれだけ迷惑がかかると思っているの?今度は絶対に間違えないでよね」


そして、今度は隣にいる咲にも目を向けた。


「町田さんも、もっと楽器を大切に扱いなさいよ。あなた、楽器を何だと思ってるの?」


咲はどうもすいませんと頭を下げて、苦笑いした。

奮闘している里紗を黙らせるには謝るしかなかった。

里紗はふんと鼻を鳴らして、その場から離れた。芹那も咲きもほっとする。


「もぉ、失敗すると本当に部長はうるさいよね」


咲は呟くような小さな声で、芹那に言った。

芹那も楽器を置いて、席を立つ。


「ああ、美々理先輩の時は良かったなぁ。あんなに怒ったりしなかったし、先輩のサックスを吹く姿、本当に格好良かったしね」

「そうそう。サックスがまるで美々理先輩のためにあるように見えたぐらい」


二人は、楽しそうに会話をしながら、自分達の鞄を取りに行った。




芹那は中学の時から吹奏楽部に入っていた。

音楽は好きで、幼稚園から小学校までは、ピアノを習っていた。

きっかけは近所の友達がピアノを習い始めていたので、真似をするように習いだしたのだが、実際はその友達の方がピアノはうまかったので中学を上がると同時に辞めてしまった。

しかし、その代わり、吹奏楽部に入り、別の楽器を奏でることにした。

最初はフルートやクラリネットを想像していたが、実際に吹奏楽の演奏を見たときに、金色でぴかぴか光る、音の目立ったトランペットに憧れて、トランペットをすることにした。



正直なところ、芹那はうまいとは言えない。

技術で言えば、他の子の方がよっぽど上手だ。

しかし、芹那は楽器の音が好きだった。特に甲高いトランペットは心をうつほど、気に入っていた。


高校に入ると、再び吹奏楽部に入ることを躊躇ってはいたが、新入生歓迎会の時に、先輩達の演奏を見て、もう一度吹奏楽をやりたくなった。

トランペットはやはり人気があった。

けれど、経験を優先され、芹那は再びトランペット担当になれたのだ。

正直なところ、憧れの先輩のサックスがあまりに格好良かったので、内心サックスでもいいと思っていたが、高校から新しい楽器を始める自信がなかったのだ。

それに、サックスは芹那の憧れていた美々理だから格好が良かったのだ。

おそらく、芹那自身がしてもあの迫力は出ないだろう。



何とかレッスンは終わって、咲と二人で帰り道、廊下を歩いていた。

すると、職員室の前から、美々理が歩いてくる。

後ろには、もう一人上級生が一緒だった。

芹那はすぐに美々理を見つけ、二人は急いで美々理に駆け寄った。


「わぁ、先輩、今日はどうしたんですか?職員室に用事ですか?」


 美々理は笑顔を見せる。


「まあ、そんなところかな。芹那と咲は今、部活終わったところなのか?」


美々理は相変わらず格好良かった。

背が高く、少し男っぽい顔に、前髪の長いショートがよく似合う。

姿勢がいいのか、いつも凛としていて、上品に見えた。

芹那同様に美々理のファンの間では、宝塚の男役の雰囲気があった為、星組王子様と呼ぶ子もいた。

とにかく、美々理にはファンが多い。

このなんとなく可愛すぎる名前も美々理には似合わない気がした。


美々理はすでに三年生だ。美々理たち、三年は前回の夏のコンクールと共に引退した。

前回のコンクールの結果は残念なことに金賞は取れず、銀賞に終わってしまった。

この高校の吹奏楽部はなかなか人気もあり、評判も良かったので、金賞もたびたび取れていたそうなのだが、今回はどういうわけかうまくいかなかった。

美々理たちもこんな結果になるとは思わなかっただろう。

だからこそ、顧問の竹下や現部長の里紗を含めて、自責の念に駆られて部員全員が今度の地区大会ではいい成績を残したいと、精を入れているのだ。


「はい。今日は先輩に会えるだなんて、超ラッキーです。先輩が引退してから、私たち寂しくて、寂しくて…」


芹那は美々理にぶつかりそうなほど近づけて、満面の笑みで言った。

横で咲も大きく頷いている。


「そう言ってもらえるのは嬉しいかな。でも、なんだか芹那たちが羨ましいよ。私も思いっきりサックスが吹きたいな」

「吹いたらいいじゃないですか!私たち、いつでも音楽室で待ってますよ」

「そうしたくても、私ら三年は受験生だからね。今はサックスより参考書なんだよ」


芹那はいかにも残念な顔をした。

また、美々理と一緒に演奏をしたかったのだ。

そんな、芹那を見て、美々理は芹那の頭を優しく撫でる。


「でも、ありがとな。そう言ってくれる子達がいるなら、私も部室に行きやすいや」

「…先輩、サックスやめちゃうんですか?」


今度は隣にいた咲が尋ねた。

芹那も咲も美々理がサックスを演奏している姿が好きなのだ。

見れなくなるのは寂しすぎた。


「そんなことないよ。サックスは好きだからね。でも、今は少しの間、お休み。そして、大学に合格したら、また再開するつもりだよ。今度はジャズとかやろうかな」

「いいですね、ジャズ。もし、コンサートとかするときは、私たちも招待してください!ね、芹那」


咲が芹那に同意を求めた。

芹那も一生懸命頭を縦に振る。

それを見て、美々理は恥ずかしそうに笑った。


「ありがとう。コンサートなんて大それた事出来るかはわからないけど、もしやることになったら、二人を真っ先に招待するよ」


二人は手を合わせて喜んだ。

それを、美々理は微笑ましく見つめていた。

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