6話 リベルテ メゾン

この日は部活をやめて、陽菜と唯は一緒に下校した。

いろいろありすぎて、唯も陽菜もぼおっとしていた。


「今だからね、言えるんだけど、実は私も室井先輩のこと好きになってたんだ」


唯は驚いた顔で振り向いた。


「陽菜も?」

「そう。でも唯ちゃんが先に好きになったでしょ。だから言いにくくて」


唯は黙った。

なんという言葉で返していいのかわからなかったのだ。


「正直に言おうか、言うまいか悩んでた。言って唯ちゃんに嫌われるのが怖くて…。でも、だからといって先輩のこと諦めることもできなくて」

「ごめん…」


徐に唯が謝って来た。

あまりに珍しいことなので、陽菜は驚いていた。


「なんで、唯ちゃんが謝るの?」

「だって、私が浮かれていたせいで陽菜が言えなかったんでしょ?なら、私のせいじゃん!」

「いや、唯ちゃんのせいじゃないよ。先に先輩を好きになったのは唯ちゃんの方でしょ」

「どっちが先なんて、関係ないよ!…実はさ、室井先輩に告白しようと思ったのは、悔しかったからなんだよ。皆が私のこと馬鹿にして、私には室井先輩は無理だって言うんだもん。だから、見返してやろうと思った。けど、ひどい玉砕。陽菜の言ったとおりだったよ。私じゃ、室井先輩は無理」

「そ、そんなこと…。私もあの時はごめん。言い過ぎたと思ってる。けど、なんだか唯ちゃんの言い方が、室井先輩は自分の物だっていう感じだったから、むきになった。でも、良かったんだよ。私、室井先輩があんなにひどい人だとは思わなかった。唯ちゃんにはあんな男、向いてないよ」


すると、急に落ち込んでいた唯が笑い始めた。

陽菜もつられて笑う。


「ほんとだよ。私も付き合えなくて良かった」


唯はそのまま川の方を向いた。

川岸の向こうの遠い山の向こうには夕日が落ちようとしていた。

そして、唯は命いっぱい息を吸って叫んだ。


「室井先輩のバカヤロー!」


まるで青春みたいだと唯も陽菜も思った。

そして、二人で叫んだ。


「室井先輩の人でなしぃ!」

「性格悪いぞぉ!」

「そうだ、冷血ヤロー!」

「告白は一人で来い!根性無しぃ!」

「そうだそうだ!意気地なしぃ!」



その時、後ろからバシャリとシャッター音が聞こえた。

驚いて、二人は音のするほうに振り返った。


「いやぁ、青春だね。若いっていいねぇ」

「おいおい。近所迷惑だろう」


目の前にはボロアパートがあった。

その二階で三人の女性が窓から顔を覗かしている。

一人は写真を撮り、二人は窓枠に寄りかかりながら陽菜たちを見ている。

陽菜はつい、一人の女の人を指差しながら声を上げてしまった。


「本屋の店員さん!」

「おお、陽菜ちゃんか!」


芽衣子も気がついたのか、ぱっと明るくなる。


「陽菜、知り合い?」


唯は理解できないと言った顔で陽菜を見ている。


「えっと…、本屋の店員さん。この間見せた単行本を紹介してくれた人」

「ああ、あの面白くなさそうな本の…」


今度は陽菜が芽衣子を見上げて、聞いてきた。


「店員さん。そこで何してんですか?」

「なにって、ここはうち。我が家!」


芽衣子は家を指さして、にっと笑った。




陽菜と唯は芽衣子のアパートに招待された。

それは途轍もないボロアパートだった。

何年前に建てられたか知らないが、作りも相当安物である。

ところどころ手直しで補強してあって、女の人が住んでいるようなアパートには見えなかった。


アパートは一つ一つの個室というより玄関が一つある長屋のようなつくりだった。

玄関の横に木で出来た手作りの看板に『メゾン・ド・リベルテ』と彫ってある。

すべりの悪いアルミの引き戸を引いて、玄関の中に入る。

玄関には大量の靴が散乱していた。

いったい何人いるのかと思うほどである。

玄関で靴を脱いで、上がった目の前に狭い簡素な階段がある。

その横が共同キッチンとお風呂、そしてトイレがあった。

その横に4室ほどの個室が用意してある。


 

芽衣子は二階から降りて、陽菜たちを迎え入れた。

陽菜たちは戸惑いながらも芽衣子の案内されるまま部屋に入っていった。


「よぉし、今日は智代ともよの部屋だな。さぁ、入った、入った」


芽衣子はさっきまで陽菜たちの写真を撮っていた板橋智代いたばしともよの一階の部屋に入ろうとした。

智代は慌てて芽衣子を追いかけてきた。


「ちょっと、ダメだって!なんでいつも私の部屋なんだよ!」

「ええ。なぜって、私の部屋は本だらけで座るところないし、リリーの部屋は油臭くて飲めないし、なっちんの部屋は楽器だらけで入れないし、美穂の部屋は服やらなんやらで床見えないだろ。ちーこの部屋は今、原稿製作中で入れないし、やっさんの部屋は、Nゲージの巨大ジオラマで埋まっているのだよ」

「そんなの私も同じだ。写真だっていっぱいあるし、大事なレンズもあるんだ!それにお前、そこで酒を飲もうとしてるだろう!言語道断だ!ダメに決まってる」

「いやいや、写真なんてすぐに片付けられるし、レンズはいつも大事に押入れにしまっているじゃないか。問題ない!入ろう」


それでも入ろうとする芽衣子の前に、智代は立ちはだかった。

両者の睨み合いが始まる。

そして、芽衣子は指笛を吹いた。

その瞬間、一緒にいた滝川夏美たきがわなつみが智代を取り押さえた。

智代は何かを叫びながらばたばたと暴れていた。

夏美が智代を留めている間に、芽衣子は陽菜と唯を部屋に迎え入れた。

思った以上に綺麗な部屋だった。

部屋の広さは六畳ぐらいで、ドアの横に小さなキッチンがついている。

窓際には、写真が乾してあった。

ドアにも窓にも遮光カーテンがついてあって、閉めたら真っ暗になりそうだった。


「すごいですね、ここ。女子寮か何かですか?」


唯があたりを見渡しながら言った。

芽衣子は智代のキッチンをごぞごぞしながら答えた。


「いいや。女子寮ってわけじゃないのだれけど、お風呂兼トイレが共用だから、女ばかりの方が都合いいのだよ」

「なんだか、漫画の世界みたい」


少し冗談のつもりで言った陽菜だが、突然のどこからか現れた訪問者の発言でがらりと雰囲気が変った。


「あれは素晴らしい漫画です。高橋留美子たかはしるみこ先生の『めぞん一刻』。『うる星やつら』に続く名作です。個性豊かな住人たちとほろ苦い恋の物語。ああ、思い出すだけでうっとりです。彼女は神です!殿堂入りです。そして、もう一つの大作。東村アキコ先生の『海月姫くらげひめ』に登場する天水館ですね。尼~ずと呼ばれる腐女子の巣窟。まさしく、ここはその舞台のよう。しかし、館がレトロでないのが残念です。アニメ化はもちろん実写映画化された超超人気作じゃないですか」


よれよれのTシャツにジャージ姿で現れたのは、堀口知香ひりぐちちかだった。

手にはインクの後とカッターの切り傷、そして、バンドで上げた前髪に黒縁眼鏡だった。


「そこで忘れちゃいけないのが、夏川草介なつかわそうすけ先生の『神様のカルテ』でしょ。御獄荘もかなりいい感じの長屋だよ」


やっと、見つけ出して来たお酒のボトルとグラスを持って、芽衣子は机の前に座った。


「まあ、物語には同じような長屋式アパートがたくさん登場するのだけれど、結局のところ、これが皆の理想ってことなのだよ」

「じゃあ、パクリだ」

「唯ちゃん!」


相変わらずはっきりと発言する唯に陽菜は嗜めた。

しかし、芽衣子は変らずにこにこした顔で答える。


「君の言うとおりだよ。私にとっても、『めぞん一刻』のような長屋が夢だったのだからね。それで、いっそう自分も作ってしまおうと思った」

「え!このアパートは店員さんが作ったんですか?」


今度は陽菜が聞いてしまった。

自分でもあまりに大きな声で驚いている。


「正確にいうと作ったのは私じゃない。おそらく大工さんで、そして今の前の持ち主の人だ。それを安値で倉庫代わりに買ったのが今の管理人で、それを見つけて、アパートとして使うように勧めたのが私だ。ついでに、呼び方は芽衣子でいいよ」


芽衣子の言葉の後に、智代を捕まえていた夏美と智代が入ってきて話に加わった。


「そして、芽衣子があたしらを引っ張って来たってことさ。みんな、初対面だったけど、金と協調性がないのが共通点でねぇ。居座っちまうと、意外と居心地がいいもんよ」


ふてくされている智代の隣で、夏美はにっこり笑って言った。



この『リベルテメゾン』に住む住民は、本当に変った人ばかりだった。

それが一つの芽衣子の拘りなのだが、いわば現代の『トキワ荘』女ばかりバージョンといったところだろうか。

ここに住む人間が全て『売れない』のついた芸術家ばかりだ。


例えば、202号室に住んでいる、創業者も言える牧野芽衣子は売れない作家だ。

以前は一般社員として働いていたが7年前に退社。

脱サラして、5年間バイトをしながら、執筆活動に勤しみ、2年前に入賞。

しかし、そこから現実を突きつけられて、今は本屋でバイトをしながら自由気ままに売れない小説を書いている。


203号室に住んでいるのが、滝川夏美。

あだ名はなっちん。売れない作曲家だ。

今はカラオケ屋でバイトをしながら、作曲活動をしている。

芽衣子とも歳が近く、性格も似たところがあるので、いつもこうして二人で屯っている。


105号室、つまり今、陽菜たちがいる部屋に住んでいるのが板橋智代だ。

カメラ屋とフォトスタジオの掛け持ちでアルバイトをしている、売れない写真家だ。

このアパートの中で一番まともな人間だと言っていい。

だからこそ、こうして部屋を酒の飲み場にされるのだ。


103号室に住んでいるのが、さっきまでずっと原稿を書いていた堀口知香だ。

今はアシスタントとして食いつないでいるが、漫画家を目指して、日々鍛練している。

とにかく漫画が好きで、漫画やアニメの話になると無駄に熱い。


201号室に住んでいるのは、植木理々子うえきりりこ

あだ名はリリー。

今はペットショップで働く、売れない画家だ。

油絵が専門なので身体から絵の具の匂いがする。

背格好がトーベ・ヤンソンの『ムーミン・シリーズ』で出てくる『ミムラ』に良く似ていて、おっとりした性格をしているのでいつも芽衣子たちにからかわれていた。


205号室に住んでいるのは、模型作家の山手靖子やまてやすこである。

あだ名はやっさん。

彼女は唯一売れないがつかない作家かもしれない。

プロとは言いがたいが、独自のスタイルの作品を作り、ネット販売をしたり、ネットでオーダーを受けて、作ったりしている。

とにかく無口で暗い性格なので、引きこもる時間も長く、あまり会話は出来なかった。


101号室に住んでいるのはシェフを目指す料理研究家の田中亜紀たなかあきだ。

今は居酒屋『のんのん』でアルバイトをしている。

ここの住人はおなかがすくと亜紀にすがりつくことが多かった。

性格はおっとりしているように見えて、抜け目のない頭のいい女性だ。

芽衣子たちは裏で密かに『腹黒悪女』と呼んでいた。

この住人の中では一番美人かもしれない。


そして、このアパートに一番不似合いなのが102号室の村上美穂むらかみみほだ。

彼女はファッションデザイナーが志望だが、今はアパレルショップで働いている。

部屋には布やら服やら、型紙やらでいつも部屋の中がぐちゃぐちゃだ。化粧も厚く、格好も派手だ。

しかし、安い家賃で自由気ままで暮らせるこのアパートに美穂も満足していた。



智代の部屋には、芽衣子と夏美、そして智代と知香が揃っていた。

それだけでも部屋はパンパンである。

そんなところに、今、買い物から帰って来た亜紀が智代の部屋を覗きに来た。

おっとりした、綺麗な女性だった。


「あらぁ、お客様?今から晩御飯作るけど、いる?」


住人の全員が目をキラキラさせて手を上げて答えた。

皆はらぺこなのだ。

しかも、亜紀の飯は本当にうまい。


「なら、かわいいお客様の2人も食べていったら?もう、8人分も10人分も変らないから」


陽菜たちは頷き、食べて帰ることにした。

二人とも両親が心配しないようにメールで連絡をしておくことにした。

陽菜も唯もなんだか不思議な気持ちで、お互いに顔を合わせて笑った。

そして、以前芽衣子に相談に乗ってもらったことを思い出して、陽菜は芽衣子にお礼を言った。


「相談にのってもらってありがとうございました」

「いやいや。報酬はきっちりもらったからね。当然のことをしたまでだよ」


芽衣子はにっこり笑って答える。


「違うんです。占ってもらったこともそうなんですが、私に本を紹介してくれたこともお礼が言いたいんです。きっと、唯ちゃんとこういうことがなかったら、一生読むことはなかったと思うし、きっと本の本当の意味も理解できなかった。私は、『大宮』の気持ちにじんときたんです。ああ、私も一緒だって。自分が我慢をしていたら、友情は壊れずに済むと思ってたんです。でも、そうじゃなかった。どんなに苦しくても話すべきだったんですよね。だって、唯ちゃんは私のことずっと信頼してくれていたのだから。最後、『野島』が『大宮』に伝えた言葉が嬉しかったんです。これが本当の友情だって思いました」


芽衣子はまた優しい顔で笑った。


「君ならわかってもらえると思ったよ」

「え?何の話?あの陽菜が持ってた本?面白そうには見えなかったよ。それに知らない人の本だし」


何も知らない唯が二人に割り込むように聞いてきた。

芽衣子はあきれた顔をする。


「何言っているのだ。教科書にも載っている人だろう。今時の子は表紙のイラストで本を選んでいないか?」

「えぇ。ていうか、ずるいよ。陽菜ばっかり。占いって何?私もしてよ」


唯はずんずん芽衣子に近づいてくる。

芽衣子は鬱陶しそうに唯を引き離した。


「いやだよ。タダじゃないのだ」

「だったら、私にも面白い本を紹介して」


唯は期待いっぱいの瞳で芽衣子を見つめる。

芽衣子も顎をさすって考えた。


「じゃあ、古田足日ふるたたるひ田畑精一たばたせいいちの『おしいれのぼうけん』かな…」

「え、え。何それ。面白そう」

「唯ちゃん、それ、絵本だよ」


浮かれた唯に陽菜が教えると、唯は愕然とした。


「ひっどぉい。なんで絵本なのよ!」

「絵本の何が悪い。ロングセラーだぞ。大作だぞ! 絵本馬鹿にすんな。だいたい、お前は絵本から始めろ。長文は無理だ」

「無理じゃないもん。私も純文学読む!」


部屋の中で騒ぎ立てる唯を陽菜は必死に宥めていた。

唯は失恋ぐらいでは懲りそうになかった。


「やっぱり、作家さんっていろんな本を読んでるんですね」


陽菜は感心したように芽衣子に言った。

芽衣子は気まずそうな顔をする。

そこに隣に座っていた夏美が加わっていた。

芽衣子と一緒にお酒を飲んでいる。


「あはは。面白い事言うね、陽菜ちゃん。元作家でこれほど本を読んでこなかった人はいないんじゃないかな」

「え?でも、部屋も本でいっぱいって言ってたし、小説を読まないと小説って書けないんじゃないんですか?」


すると今度は、酒の代わりに水を飲んでいる智代が答える。

陽菜と唯の前にも水のグラスが置かれていた。

ここにお茶もジュースもない。


「本はコレクションみたいなもんだよ。芽衣子はたいして読まずに、気に入った本を買って来ては途中で飽きて、部屋に投げてるんだ。何でもかんでもはまりすぎなんだよ、芽衣子は!」

「いやぁ、本屋にいると気になるのだよねぇ。面白いかもって思うとつい衝動買いをしてしまうというか…」


智代は不満げな顔で芽衣子を睨む。

陽菜は驚いていた。

なら、なぜ、本を紹介できるのだろうか。


「私に売った本は読んだことがあるから、勧めたんですよね。まさか、題名を見て即興で……」


陽菜が疑いぶる顔で聞いた。

芽衣子は慌てて、手を振り訂正する。


「ないない。そんなことはない。私は自分の知っている数少ない本の中で紹介しているんだ。さすがに内容も知らないのに紹介はしないよ」

「なら、小説家っていうのも嘘ですか?」


今度は夏美が弁解する。

夏美は窓際に座って、窓を開け煙草を吸い始めた。


「まぁ、アーティストなんて本当も嘘もないから。芽衣子が小説を書いているのは確かだよ。今のそれは金にはなっていないけどね」


今度は芽衣子が反発する。


「うるさいやい。ガンダムの原作者の冨野由悠季とみのよしゆきだってアニメ製作を目指している若者に『アニメは見るな』といっているじゃないか! 森鴎外だって小説家になりたかったら小説を読むなと言っている!」


芽衣子がむきになっていると、突如、横から知香が話しに加わっていた。

原稿上がりなのでテンションは上がりきっている。


「冨野由悠季先生! あの方はアニメ界の神です! 素晴らしい人です! でも、その言葉は我々には衝撃的でした。だって、アニメ好きはアニメを見ずにいられないのですから。もし、私が漫画家になるために漫画を読むなと言われたら、おそらく漫画家の夢を諦めるでしょう。漫画は読むためにあるのです。漫画はユートピアです。オアシスです。漫画のない世界なんて、価値はありません!」


知香はふんふんと鼻息を荒くした。呆れながらも夏美が答える。


「それは言いすぎだけど、好きだからできるって言うのがなきゃね、アーティストにはなれないかな。アーティストとしての最低条件でしょう」

「そりゃ、私だって全然小説を読んだことがないわけじゃない。本気で小説家を目指した頃はいろんな本を買い、読み漁った。でも、どんな名作と言われても自分の身体に合わない本は読んでいて苦痛なのだ。本は娯楽でいいと思う。好きな本を読めばいい。誰かが決めた名作じゃなくて、自分で選んだ名作があればいい」


陽菜はふっと笑った。

なんだか、このアパートの住人を見ていると、心が和んでくるような気がした。


「芽衣子さんは、いつもおかしなことばかり言いますね。でも、不思議。私の中でいろんなことが起きると最後には芽衣子さんの言った言葉が理解できる気がするんです」


夏美と智代は呆れながらも顔を見合わせて笑った。

芽衣子は少し恥ずかしがっていたように見えた。

 


そんな時に、智代の部屋に新たなる訪問者がやって来た。

画家の理々子だった。その後ろには、美穂と靖子もいた。


「おお、やっさんも出て来たか。リリーと美穂も仕事帰り?」


靖子は黙って頷き、部屋の端に座った。

美穂はずかずかと智代の部屋に入ってきて、肩にかけてあった大荷物を床に投げ置いた。


「そうよ。本当に嫌になっちゃう。最近、面倒な客ばかりなのよね」


そのまま、どっしり座り煙草を吸い始めた。


「今日はトイプードルのももちゃんがちゃんとうんちが出来たんですよぉ。あらら、お客さんですか?」


美穂の後に入ってきた理々子が陽菜と唯に気がついた。

そして、理々子は丁寧に挨拶をした。

陽菜たちも慌てて、挨拶をする。


「というか、リリー。ペットショップの動物に名前付けちゃダメだって言ってるだろう」


夏美は煙草を吸いながら答える。

智子はどんどん部屋に入ってくる住民達にうんざりしていた。


「だぁかぁらぁ、皆して私の部屋に集まってくるな!」


すると、今度はドアからちょいっと亜紀が顔を覗かせてきた。


「あらまあ、なら、今日の晩御飯は持って入れないわね」


そう言って、亜紀は悪魔の微笑を浮かべた。

智代は泣きそうな顔で固まっていた。

これが『リベルテメゾン』の日常だ。

毎日、騒がしくて、話し声は近所に筒抜けで、好きな時に好きな話をする。

勝手気ままなアパートなのだ。

『メゾン・ド・リベルテ』。

フランスで『自由の家』だ。




陽菜たちは亜紀の美味しい夕食を食べて、『リベルテメゾン』を離れた。

帰り道、二人はすっかり真っ暗になった空を見上げて歩いていた。

昨日まで口をきく事も出来なかったとは思えないほど、仲良くなっていた。


「私、あの人たちのいう『長屋』のことはわかんないけど、なんだか白雪姫の小人の家に似ているって気がした」


唯がそう呟くと陽菜も振り向いて指をさしていった。


「私も!それ、私も思った!」


そして、二人は大声で笑った。

星空の下、二人はお互いの友情を確かめ合うように手を繋ぎながら、同じ道を歩いていた。

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