5話 告白
思いのほか、本はあっさり読めてしまった。
昔の人が書く純文学だから、難しい言葉ばかりで読めないものと思っていたが、びっくりするぐらい理解できた。
陽菜はこの『友情』に登場する『大宮』という主人公である『野島』の親友に共感した。
彼はとてもいい男だった。
だからこそ、自分の本心(恋心)と友情との中で悩んだのだ。
主人公の『野島』は自分のことしか見えていない情けない男だと思う。
しかし、自分の心に素直だ。
ちょっとしたことで喜んだり、悲しんだり、読むたびに唯を思い出した。
『野島』は『大宮』を心から敬愛し、信頼していた。
『大宮』も同じ気持ちであった。
どんなに周りに好きなことを言われても、この二人の友情は揺るがない。
しかし、そこに『杉子』という女性が現れ、『大宮』を好きになるから、運命はすれ違ってしまう。
『大宮』は最後まで友情を守ろうとした。
けれど、それを運命は許してはくれなかった。
『野島』よりも『杉子』を取ってしまった以上、『野島』への気持ちが嘘になってしまう。
どんなに言い訳をしても信じてもらえないだろう。
最初読んでいた時、陽菜は『杉子』のことが好きではなかった。
しかし、最後の手紙で女の本音のようなところが見えたような気がした。
もし、自分も室井に愛されるとしたら、彼がどんな言い訳を言おうが、そばにいたいと願うだろう。
そして、『大宮』がそれを受け入れてしまった気持ちも、最後に自分の作品として全ての道筋を『野島』に伝えるしかなかった、『大宮』の気持ちも痛いほどよくわかったのだ。
陽菜の心はなぜか傷ついていた。
本当は芽衣子の言わんとすることが理解できてはいたのだ。
だけれども、それを認めたくなかっただけだ。
どんなに友情を守ろうと努力した『大宮』でも、その友情は守られなかった。
でも、最後は『野島』はそれを許せたと思う。
それは、『大宮』の誠実な思いが、『野島』に届いたからだ。
『野島』は怒ったし、泣いた。
けれど、最後は受け止められたのだ。
それは、自分達の間でも出来るのだろうかと思った。
「なに? 本当にその本、読んじゃったの?」
休憩時間に陽菜の持つ本を見て、華が言った。
陽菜はあわてて顔を上げ、本を机に仕舞う。
「ねえ、聞いた? 唯の話。なんか、近々、バレー部でバーベキューする予定だったんでしょ? 唯がうるさいから、バレー部の先輩が室井先輩を誘うことにしたらしいんだけど、断られたんだって。でね、それを聞いた唯が、先輩に散々文句を言ったらしくて、ついにバーベキューパーティーから追い出されたらしいよ。もともとさ、バレー部でも唯って好かれてないんだよね。そこそこ実力あるからさ、みんな気を使ってたみたいだけど、我儘がひどいから嫌いなんだよ。その先輩もついにキレてさ、今じゃ部活でも唯の居場所ないみたい。でも、自業自得だよね。唯って本当に自分勝手で、我儘で、自慢屋で面倒だもん。このぐらいお灸をすえないとさ、唯の我儘は治らないよ。だから、陽菜も甘やかしちゃだめよ。唯は優しくするとすぐにつけ上がるから」
陽菜は横目で唯を見た。
唯は黙って席に座り、教科書を読んでいる。
「そもそもさ、唯が室井先輩のことを好きなのがまた痛いよね。だって、唯みたいな見た目も性格もアレな女子が、校内一の人気男子を好きになるとかありえなくない? 前々から身の程を知らないやつだとは思ってきたけど、ここまで来ると天晴れだよね」
そう言って、華はけらけらと笑った。
しかし、陽菜は笑えなかった。
陽菜も室井が好きだからだ。
誰かが誰かを好きになることはいけないことなのだろうか。
その人がどんなに落ちこぼれだからといって、素敵な人を好きになってはいけない道理はないと思った。
すると、唯がばんと教科書で机を叩いた。
華の話が聞こえていたのだろう。
すごい形相で陽菜たちを睨み、そのまま教室を出て行ってしまった。
その後の授業も唯は出てこなかった。
噂を聞きつけて、陽菜と華、こころの三人は放課後、校舎裏に向かった。
華の友達にバレー部の子がいて、その子から聞いた噂だった。
そのバレー部員の子は室井のクラスの先輩から聞いたらしく、今日、唯が室井に告白をするというのだ。
放課後、室井に校舎裏まで来てくれと唯が手紙を書いたらしい。
それを誰がばらしたかはわからないが、クラスではもちきりの話題になっていた。
陽菜が校舎裏に行くと、すでに鞄と手紙を持った唯が待っていた。
そこに室井がやってきたのが見えたが、陽菜は絶句してしまう。
室井の後ろには何人もの生徒が一緒について来たのだ。
放課後に呼び出された理由は、室井にも理解できたはずだ。
それなのに、なぜ、後ろに他の生徒が着いてきたかわからない。
そして、それをどうして室井が断らなかったのかもわからなかった。
唯も当然、驚いていた。
彼の後ろにはバレー部の先輩も、いかにも軽そうな室井のクラスメイトもいたのだ。
皆、唯を見て笑っていた。
まるで見せ物だった。
唯はぐっと歯を食いしばり、手はプルプルと震えていた。
掌から汗も滲んでくる。
逃げようとも考えた。
しかし、ここで逃げたらただの見せ物で終わってしまう。
笑われっぱなしなのは悔しかった。
唯は勇気を振り絞って、室井に手紙を渡した。
「室井先輩、これ、私の気持ちです。受け取ってください」
声も震え、口から心臓が飛び出てくるほど緊張していた。
室井は黙って手紙を受け取り、それを後ろにいたクラスメイトの一人、例のバレー部の先輩に渡していた。
それを見ていた陽菜は意味がわからなかった。
どうして、室井は唯の手紙を一人で読まないのか。
そして、なぜそれを他人に渡すのか。
すると、手紙を受け取った先輩が唯の手紙を声に出して読み始める。
「『かっこいい室井先輩へ。私は2年C組の高野唯です。バレー部の部員です。入学したときから室井先輩に憧れ、好きになっちゃいました。もし良かったら、私と付き合ってください』だってぇ。うけるんだけど」
バレー部の先輩とともに周りも一緒に笑った。
『ラブレター点、マイナス20点』や、『いたすぎる』など好きなことを言って騒いでいた。
その中で、一人の男子生徒が室井に、唯に返事をしてやれと言い出したのだ。
室井はじっと唯を見て、静かな声で一言言った。
「お前、キモイ」
それと同時に、どっと笑いが上がった。
唯の身体はがくがく振るえ、目には涙をいっぱい溜め込んでいた。
そして、今度は渡した手紙を奪い返そうとバレー部の先輩に飛び掛った。
予想もしなかった唯の行動に、周りにいた生徒たちが右往左往している。
そのうち、唯が生徒たちに蹴られたり、叩かれたりして、手紙を取り戻せないまま、地面に叩きつけられていた。
生徒達は唯に捨て台詞をはいてから、その場から離れていった。
校舎裏には、唯と陽菜たちだけが残っていた。
「……うわぁ、思った以上に残酷。でも、これで唯も少しは懲りたでしょ」
そう華が言った瞬間、陽菜が大声で泣き始めた。
何事かと華もこころもビックリして陽菜を見つめる。
唯も泣き声に気がついて、陽菜たちの方に振り向いた。
「な、なんで陽菜が泣いてるのよ!?」
華は何が起きたか理解できずに戸惑っていた。
「ひどい、ひどすぎるよ! ただ、人を好きになっただけなのに。好きになっただけで、どうしてこんなにひどいことを言われなきゃいけないの? どうして人を好きになっちゃいけないの? 誰に誰が恋してもいいじゃない。好きになった人は、必死なの! 真剣なの! 誰も好きな人を理性なんかじゃ決められないよ。あんまりだ!!」
そう言って、陽菜は大泣きしていた。
唯以上に大泣きだった。
唯は泣くに泣けず、戸惑うしかない。
「……なんで、なんで陽菜が泣いてるのよ。振られたのは私なのに……」
「だって、悔しいんだもん。唯ちゃんは真剣に室井先輩が好きだったじゃない。室井先輩に好かれるために必死でお洒落とかしようとしてたじゃない! 頑張ってたのにどうして、あんなにもひどいことを言われないといけないの? 室井先輩はひどいよ。自分を好きでいてくれる人を大切に出来ないなんて、最低だよ……」
陽菜の涙は止まらなかった。
華もこころも困った顔をする。
「まぁ、確かにあれはやりすぎだよね……。いくらなんでも、クラスメイトは連れてきちゃだめだよ」
こころも隣りで頷いた。
「そうだよ。どんな子にだって、告白する権利ぐらいはあるよね。だから、もう帰ろう。陽菜も唯も忘れるしかないよ」
こころはそう言って、唯の手を引いた。
そのまま、陽菜と唯は共に泣きながら並んで歩いた。
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