遂に当日
金曜日。午後十時の校門前。街頭に薄く照らされた門の前で、二人の男女がこそこそと校内を覗き込んでいた。
一人は、黒鳶色の髪に赤茶色の目を持つ美少年、津島三七十。
一人は、大きなリュックを背負った少女、
二人は時折顔を見合わせながら、校内の覗き込むという行為を繰り返していた。
周りから見れば完全に怪しすぎる光景である。実際に近所の人は何回か警察に通報しようと思ったのだが、彼らが制服を着ていることから、まあ学校にプリントでも忘れたのだろうと判断していた。
彼らが学校関係者であり、校内に用事が有るという事は一致しているのだが、目的は全く別である。
彼らの目的は、この学校の七不思議の調査、及び解決なのだから。
「まだなのかな、先生と我鬼君……」
奈都が聞くと、津島がそうですねえ、と返す。
「まあ、綿雪が遅れるのは分かるんですけど……我鬼さんが遅れるのは想像出来ないなあ」
そのまま二人で周囲を見回すが、話の人物たちは現れない。
まあ、どうせもうすぐ来るでしょ。
津島はそう思うと、改めて同行者の姿を見た。そして、一言。
「ところで……その荷物、一体何が入ってるんですか?」
津島の視線の先には、奈都の大きなリュックサックが在る。
「え?」奈都は答えた。「ええと、七不思議を纏めた校内マップ、ノート、カメラ、お清めの水、お塩十字架
後半はもう七不思議関係ない気がする。鈴って何に使うのだろうか。熊避け?
「……随分持ってきましたねえ」
津島の言葉に、奈都が抗議する様に言う。
「だって怪異だよっ! 幽霊だよっ! 何があるか分からないんだよ!!」
先輩は大袈裟だなあ。
と、津島は内心で苦笑するが、本人は本気のようなので取り立てて否定もせず、会話を続ける。
「まあそうなんですけど……でも、そんなに気構えても仕方ないですよ。ただの噂かも知れないですし」
津島はそう軽く流したが、そんな様子に奈都の真剣な声が飛ぶ。
「……いや、噂じゃないよ」
「え?」
やけに真剣な調子で返され、津島が固まった。
奈都の顔は大真面目であり、その顔は、この学校に何かが居ることを確信しているようだった。
「えっ……と」
何を言うべきか分からない津島に、奈都が力強い声で言う。
「津島君、会って数日で、こんな事聞くのはおかしい気もするんだけど……君、そういうのって信じてる?」
「え?」
そう言われても……抑々綿雪がいる時点で、妖怪が居るのは確定なのだけど……幽霊は如何なんだろう? 本当に居るのかな?
妖怪が居るなら居るのかな? でも妖怪と幽霊は違う……? うまく言えないけど。
……妖怪と幽霊の違いって何だろう?
唐突な質問に窮する津島に向かって、奈都は続ける。
「もし君が、七不思議をただの噂だと思っていて、何となくでここにいるのなら……多分、帰った方が善いと思う」
「おかしなことに巻き込まれる前に」
確りとした目で見据えられ、津島は何も言えなくなった。
そりゃ、帰りたいと云えば帰りたいのだけど……今頃はもう寝てる時間だし……。
でも、綿雪を放置するわけにもいかないしなあ。
津島は暫く悩んでいたが、そこにふと、見知った声が響いた。
「あ、おーいっ。二人共早いね」
「あ、水浅葱先生。それに我鬼君」
綿雪と我鬼が、待ち合わせ場所に到着したのである。
綿雪は学校のときと同じフリルブラウスにスカート、我鬼は制服ではなく、壊滅的センスな白コートにポロシャツ、そしてジャージの半ズボンである。
「すまない、遅くなった」
そう言う我鬼はなんだか既に疲れているようだ。綿雪と口論をしながらやってきたのかもしれない。
そんな我鬼はぼんやりと考え事をしていた津島を見ると、
「おい、津島三七十。何を暢気に突っ立っている」
と言った。
「え? あ、御免」
声を掛けられて思考を中断する津島。取り敢えず、目の前の面倒ごとに集中しようと、気持ちを切り替えた。
そうだ、結局綿雪に言われて来てるわけだから、帰ろうとしても帰れない訳だし。
もうとっくに、おかしな事には巻き込まれているわけだしね。
「よし、みんな準備はいいね」綿雪が言った。「じゃあ、なんでもお助け相談会同好会、活動開始!!」
……やっぱり名前ダサいなあ。
電気の点いていない校内を、四人は進む。と言っても満月のせいか、学校内は意外と明るかった。
因みに門は跨いで入ったし、鍵は綿雪が針金を使って開けた。事務室に今日の事を報告はしていない。完全な不法侵入である。良い子の皆は真似してはいけない。バレてしまった時滅茶苦茶怒られることになるから。いや、まじで。
それを知ってか、奈都は非常にハラハラしていた。
これ、完全に不法侵入だよね……。
それとも、校長先生とかの許可取ってあるのかな、綿雪先生。
実は許可なんてもの全然取って居ないのだが、奈都は取ってあるのだと自分に言い聞かせることにした。
因みに綿雪に聞くことはしない。と云うか返ってくる答えが怖くて聞けない。
「あ、そうそう」階段に差し掛かったところで、綿雪がポケットの中を漁った。「二人とも、此れを持っていたまえ」
津島と奈都に差し出されたのは……なんか良く分からないストラップだった。硝子の板には誰かの似顔絵が書かれ、紐との結合部には鈴と硝子玉がついている、ジャラジャラした、そっち系の受けを狙ったような代物だ。
「……何? これ……」
受け取りつつ、津島は怪訝な顔をした。
「お守り。これはとある功名な神社からぬす……拝借してきたものを改良したものだ。これを持っておけば何かあっても安心安全だよ」
「いま盗んできたって言い掛けなかった?」
「と云うわけで身に着けるよーに」
「誤魔化せてないからね?」
津島のツッコミを無視しつつ、綿雪はお守りをまじまじと見つめる奈都に声を掛ける。
「さて智(さと)ちゃん、私達が回る七不思議のルートをもう一度おさらいして貰っても良いかな?」
一階から四階迄上がる階段の途中で、綿雪が奈都に話し掛けた。
それに対し、我鬼が突っ込みを入れる。
「おい綿雪、仮にもコモンと云うものならその位貴様がやらんか、隊長は貴様なのだろうが」
因みに彼は今私服に身を包んでいる。ポロシャツに半ズボンに白い外套(コート)というなんとも言えない組み合わせだ。ついでに今日は野球のバット入れも右肩に掛けている。壊滅的センスと言う奴である。
「えっと……一応言うと顧問は隊長って意味じゃないよ……?」
いやいや只の比喩だろう。そう思い奈都が見ると、我鬼が驚いた顔をし、みるみる顔を赤くしている。
え? ほんとに分かってなかったの?
それでどうして今迄の学校生活を送っていたのだろう?
疑問に思い見ていると、我鬼が耳を赤くし乍ら睨み返してきた。
焦って誤魔化すように奈都が言う。
「あ、えっと……まず、今回は上階から順番に回っていく事に成りますけど……」
時折補足説明も加えながら、奈都は回る順番を言っていく。
「一つ目が、四階の北棟女子トイレ。『トイレの花子さん』」
これは二十世紀後半から流行り出した怪談でメジャーなものであるから、津島も綿雪も概要は分かっている。
因みに我鬼は二日前に初めて知った。
我鬼さん妖怪なのに知らなかったの? と思われるかも知れないが、話が進まないので気にしてはいけない。
「二つ目と三つ目が、同じく四階の音楽室の七不思議で、『夜中に歌い出すベートーヴェンの肖像画』、『夕方から鳴り出す音楽室のピアノ』。これがメイン……ってことで良いんですよね?」
「そうだよ」
綿雪に確認を取り、解説を続ける。
「四つ目、三階の『引きずり込まれる物理室』」
珍しいことに近年実際に被害者が出て居る怪談の一つであり……物理室を覗き込むと、中に引きずり込まれてしまうというものだ。
「五つ目が、『人の消える真夜中の二階渡り廊下』。これも実際に被害が出ています」
忘れ物を取りに来た生徒と先生の両方が今も行方不明になっている怪談である。歌声に釣られて二階の渡り廊下に行くと、何かに攫われてしまうという。これも他の学校とは少し違う。
「六つ目と七つ目が、廊下に出る『テケテケ』『廊下を歩く人体模型』。此れは歩いている内に出てくるかもしれませんけど、七つ目に関しては生物室にある人体模型を確認できればいいと思います」
出てこないのが一番だけど。と奈都は心の中で付け足した。
「成程ね」綿雪が続けて聞いた。「水曜に言って居た八つ目は?」
「さあ、何とも……」
「じゃあ他が終わったらそっちも確認して回ろうか」
「……はい」
余程行きたくないのか、奈都が渋い顔で頷いた。
そして、一同は四階に到着する。
これから、どんな怪奇現象に遭遇するかも知らぬまま。
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