突発的空中旅行
妖狐は、叫ぶと同時に手を叩いた。
漫画で仙人っぽいお爺さんが気合を入れるようにする動作、もしくは某錬金術漫画の主人公のような動作だ。一般人がやっても、周りが冷ややかな目で見るだけで何も起きないであろう、中二病っぽい動作、または爺臭い動作ともいう。
光も起きず、風もたたず、特別な音もならなかった。
だが。
次の瞬間、津島と妖狐は空にいた。
「…………え?」
情けない声が津島から漏れる。
目の前に居る妖狐がニヤリと笑った。
秋の蒼穹。鱗雲を下にして、二人は落下を開始した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「やっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」
二人が同時に、しかし全く別の心境を持ちながら叫んだ。
言わずもがな、うわあ(以下略)が津島で、やっほ(以下略)が妖狐である。
ああ、言わんこっちゃない。煽らなければよかったものを。
「ちょ、何これ何これ何これ!? どういう事おおおおおおおおおおおお!」
「どういう事も何も、私の力で君の居た学校の上空八キロメートル位の所に瞬間移動したのだよ!! 大丈夫! 気温や湿度に関しては私達の周りだけ調節して夏と同じ位の値にしてあるから、少なくとも寒さなんかで死ぬことは無いぞ!」
自由落下中、空気を自身で切る音が大音量で流れているため、二人は叫んで会話をする。
叫ぶ間にも津島はバランスが取れずにぐるぐると、それこそ風車かと言うほどに回る。
一方妖狐はしっかりとバランスを取り、確りと距離を津島の回転に巻き込まれない位置に調節している。
「そんなこと言われても結局地面に落ちたらっ、ああああああああああああああああああああああ!」
「おいおい、証拠を見せろと言ったのは君だろうに! そんな事でどうするのだね! まるで余裕が感じられんぞ!!」
余りの恐怖に津島はもう泣きだした。流した涙がキラキラと上に流れていく。
対して妖狐は余裕の表情。
情けなく泣いている津島を見ながら、先程の津島のようなニコニコで余裕綽々、調子に乗った笑顔で津島を馬鹿にした。
「こんな状況で余裕な人間なんていなっ、うわあああああああああ死んじゃう死んじゃう死んじゃう誰か助けてえええええええええ!」
下にある鱗雲が秒ごとに津島に迫る。
余談だが、鱗雲は巻積雲といわれる、小さな雲が鱗上に集まった雲の事で、中身は氷の粒である。詰まり地面に落ちなくてもこの雲に当たったらアウト、バッドエンド、死亡確定、あの世へと猫まっしぐら。テストには、出るかもしれない。
「私が妖怪だと信じたかい?」
「信じた!! 信じましたから! 助けて! 助けてくださいいい! ゲッホゴホッ」
津島はもう叫びすぎで咳をし始めた。
猫耳を付けて涙を流しながら咳をする様子はなんとも不び…………申し訳ない。猫耳のせいで相当面白い。笑いそう。
「はっはっは! 初めから信じていれば善かったものを!」
妖狐がまた悪役のような台詞を吐いた。
こんな台詞に共感したくはないが、ホントに。自業自得。
「まあ! 私もこんなにもいい天気に人殺しなどしたくないから!助けてやるけれども!!」
「お願いしますうううう! 何でもするからああ!」
津島はもう生き残ろうと必死である。普段ならばこんなにうざく放たれた言葉など「はあ!? 調子に乗らないでくれたまえ」なんて言葉で一蹴するというのに。恥も外聞もあったものじゃない。
津島の言葉と同時に、妖狐は動き出した。
九本の尻尾含め全身で体に掛かる風圧を調節。一度落下のスピードを速め体の位置を津島より二メートル下に固定し、更に横移動で位置を津島の真下へ。暫くその位置でぐるぐると回る津島を観察し、津島の体勢が仰向けになったところを見計らい、体にかかる風圧を最大にする。
瞬間、妖狐は腕を広げ津島をキャッチ。右手で肩を、左手で膝裏を持つ。お察しの通りお姫様抱っこである。
今回は、何の動作も無かった。
合図も掛け声も無く、唐突に。
次の瞬間、落下が止まった。
「え? え……と」
津島は空を見た。先程と変わらず、秋の蒼穹が広がっている。しかし、先程と全く違うことがあった。
『上空』に、白い鱗雲が見えたのだ。
「嗚呼、助かった………」
詰めていた息を、津島は吐きだした。
善かった。もう下手なことを言うのはクラスメイトだけにしよう。あと先生。
……否、クラスメイトにも先生にも言うなよ。
「ところで少年」妖狐は津島が落ち着いたのを見計らって声を掛ける。「もう降ろしてもいいかい?」
そう、津島は意識していないが、今津島は絶賛お姫様抱っこをされている。
白い猫耳を付けた美少年が美女の妖狐にお姫様抱っこをされている様子はなんともロマンチ…いややっぱり猫耳のせいでかなりシュールである。
津島は現在の状況を順繰りに認識した。そしてこれからの展開を予想した。
女性にお姫様抱っこをされている。
クラスメイトに見られる。一生語り継がれる。あだ名が姫になる。
同学年に見られる。一年間揶揄(からか)われる。
全学年に見られる。新聞部の餌食になる。
先生に見られる。冷たい目で見られる。うざい反応をされる。
幼馴染に見られる。一生揶揄われる。弱みを握られる。
どの予想も不名誉極まりなく、社会的に大けがをする結果が見える。
「は、はい! どうぞ降ろしてください!!」
予想を一瞬で終わらせ津島は叫んだ。さっきから口調が定まっていない。
因みに津島は未だに猫耳が付いているのを気づいていない。故に社会的に大けがをするなんて軽い考えをしているが、この状況を誰かに見られた場合、大けがでは済まないだろう。致命傷を負うのは確定事項である。
妖狐は津島の必死さに少々首をかしげたが、まあ善いかとゆっくりと津島を降ろした。
降ろされると、津島はすぐさま妖狐から距離を取る。近くに居ると何があるか分からないからだ。
「おいおい、そんなに警戒しなくてもあんな強引な説得方法もう取らないって」
「いや、えっと、まああんまり近くに居てもなあ、と思いまして」
「そんな下手な言い訳されてもねえ。あと敬語は良いよ。君に敬語を使われても気持ち悪いし」
「はあ」
「ま、これで私がコスプレイヤーでないことがわかっただろう? 私は満足だ」
「そ、そう」
津島は満足と言う言葉を聞いて、人知れず胸をなでおろした。
これでもう変な事はされないだろう、タイミングを見て教室に戻ってまた惰眠を貪れる。
そう津島が思った瞬間。
「ところで少年」
妖狐の口元が弧を描く。
「空で最後に言ったこと、覚えているかな?」
妖狐の笑顔をみて、津島にはサァーっと、悪寒が走った。
もう何か起きる事は確定である。地の文でさえ嫌な予感がする。
津島は苦笑いを浮かべながら記憶を辿(たど)った。
「あ!」
そして思い出した。
「お願いしますうううう! 何でもするからああ!」
自分が不覚にも「何でもするから」と言っていたことを。
「うん、覚えているようで何より」
津島の様子に妖狐が笑顔のまま言った。
「ええっと…その…忘れてくれるとありがたいなあ。なんて」
津島がひきつった顔で返した。
しかしお察しの通り、この恐ろしい笑顔を浮かべている妖狐が忘れてくれる訳がない。
一体全体津島は何を言われるのか。どんな恐ろしい内容なのか。
果たして妖狐の要求は如何(いか)に。
妖狐はふっふっふ、と笑うと、そのままビシッと言い放った。
「というわけで少年!! 是非とも私に文化祭を案内して呉れ給え!!!」
「……………はあ?」
おい。
失礼、あまりにも平和すぎて突っ込みそうになった。いやちょっと突っ込んだ。
津島がポカンとする中、妖狐は語る。
「いやー、文化祭さあ、もう凄い昔に行ったきり随分ご無沙汰だったのだよねえ。楽しいし行きたかったのだけれどこんな姿じゃあ昔は化け物扱いされるし、人間のお金は持ってないし。今ならコスプレイヤーで通せば何とかなると思って来たものの、結局お金がないから完全には楽しめないよね、って思って気分が下がっていたのだよ。でも今ここに何でもしてくれるって言う子がいるなら解決だよね。食べ物を奢って貰って更に案内もして貰えると云うのなら願ったり叶ったりだ」
「…………」
ツッコみどころが多すぎて津島は黙った。
それに気づかず妖狐は続けた。
「まあだから今回は厄介なお願いは無し! その代わり張り切って私を案内して呉れ給え」
「……うん。分かった」
頑張れ津島ツッコみを諦めるな。君が諦めたらただでさえ消化不良なボケが処理しきれない。
「あれ? 如何したんだい少年」
疲れた表情の津島に妖狐が聞いた。御前の所為だよ。
「いや、何でもない」
「そう?」
妖狐は暫く不思議そうにしていたが、すぐに切り替えた。
「よし、じゃあ行こう! 今すぐ行こう!」
「え! ちょま」
妖狐は元気に言い放つと、津島の手を持ち駆け出した。
急に引っ張られて津島は半ば引きずられるようにして屋上を走る。
走りながら妖狐が言った。
「ああ、そういえばお互い名乗ってなかったな。私は綿雪だ、呼び捨てで良いぞ」
いきなりの事に驚きながらも、津島も名乗った。
「はあ、僕は津島、津島三七十。僕も呼び捨てで善い」
「嗚呼、宜しくね」
笑顔で妖狐、綿雪は続けた。
「案内人!」
「そこは名前じゃないの?!」
名乗った意味とは?
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