劇中トラブル・違和感

 舞台上。そこで一人、津島は腰を抜かして居た。


 劇がやっと終わりかと思ったら、行き成り天狗が現れて暴れだした為である。


 全く何なの? 今日は厄日だよ!!


 津島は心の中で叫んだ。まあ、クラスルームで寝ていたらへんてこな狐に絡まれて、酷い目にあった末案内を強要され、更にはクラスメートに恥ずかしい猫耳を付けられていて、強制的に劇に出させられた上に劇の途中で訳の分からない奴らが出てきたのだから、叫びたくなるのも分からなくはな……いや、こいつに至っては半分くらい自業自得であった。同情するのは止めておこう。


 津島が何もできずに只々呆然としていた時、喧しい放送が聞こえた。


〈おっと大変だあ! 主人公が人間に会おうとしたその時、同じ妖怪の天狗たちが人間の街に攻撃を仕掛けてきた!! 一人立ち向かう人間守護派の妖怪犬神! しかし二対一多勢に無勢! 助けようとする主人公! しかし衝撃の事実が主人公を襲う!〉


は?


と津島は思った。


妙に熱い放送の内容にではない。いや、勿論それもあるが、一番驚いたのは放送の声が綿雪のものであったことについてである。


い、一体何が?


そう思い舞台裏を見ると、今袖から綿雪が飛び出してくるところだった。


え? 本当にどういう事?


呆然とする津島には構わず、綿雪はそこそこの速度でこちらへと走ってくる。よく見ると苦悶の表情で腕を押さえている。


 え? 大丈夫?


綿雪はこちらへ来ると、行き成り津島に倒れ込んだ。


「え、ちょ、大丈夫っ!? どうしたの?!」


ただならぬ様子に津島が素の状態で叫んだ。その声で、今迄天井の戦いに向いていた観客の目が、一斉に舞台に注がれる。


しかし津島にとってそんな事は気にならなかった。知り合いのただならぬ様子に、意識の殆どを奪われていた為である。


「き、聞いて……」


綿雪、息も絶え絶えといった様子で津島に語りかけた。


「な、何?」


津島、驚き過ぎてこの様に返す事しか出来ない。しかし一文字も聞き逃さんと、倒れ込んだ綿雪を抱き抱え、顔を覗き込んだ。


綿雪も、絶対に伝えようと最後の力を振り絞るように津島の頬を右手で包んだ。


観客から見たら、何か感動の名シーンっぽく見えているであろう。しかしこの小説はギャグ小説なので死人は出ないし、感動シーンもあんまりない。安心なされよ。




「と、言う訳で三七十、このまま感動シーンっぽく続けてくれたまえ」


 観客から津島の顔が見えにくくなった途端、綿雪は演技を止めた。


「え? は? え?」


津島困惑。


「ど、どうしたの? 何かさっきまで死にそうだったじゃない?」


「否いやまさか、この綿雪さんがそんな死に方する訳が無いだろう?」


訳が分からない。と言うふうに言った津島の言葉を、綿雪はいとも簡単に否定した。


いや、この綿雪さんが、何て言われても分かんねえよ。


「えぇぇ」


津島は呆れたように言った。まるで心配をして損をした、とでも言うように。


「まぁそんな不本意そうな顔をしないで、俯いているとはいえ、下手をすると観客に見えるよ?それに、私はここに状況説明と打開策を持ってきたのだから、そんな嫌そうな顔をせずに聞き給えよ」


「あ! そうだこの状況どういう事? 天狗? と犬神? が戦って居て訳が分からないのだけれど!」


二人の会話は極小さい声で行われている為、観客にはきこえない。


一体何を話しているのか? それにしても会話が長くないか?


観客がそう思い始めた時、状況説明を受け終わった津島が、急に立ち上がった。


「ああ! 何と言う事だろう! 貴方は僕の母親で、僕の為に、僕を助けて呉れたあの人の様子をずっと見ていてくれていたなんて! そして今正に、その人が息を引き取ろうとしているなんて!」


ザワッ。


観客がどよめいた。


それを見て舞台上で一人寝ながら、綿雪はほくそ笑んだ。


上手くいった。


そう言った表情である。


劇に見せかけて天狗の二人を捕まえる。その為には劇を壊さぬようにした上で、二人を何とかするという事が必要になる。


それには今のままのシナリオでは少々、否かなり無理があった。


故に綿雪はその問題を解決する為に、劇のシナリオを書き換える事にしたのだ。


まず、主人公に降りかかる最後の試練として、二人の天狗の存在を極自然なものにする。


 次に、主人公が倒したものとして、二人の闖入者(ちんにゅうしゃ)を捕まえる。


 最後に、今までのシナリオ通りに主人公を恩人の人間に合わせ、何かいい感じに終わらせる。


 こうすることで、劇を何とか壊さずに、闖入者を撃退しようという魂胆である。


 しかしこの作戦にはどうしても一年四組の、特に主演の協力が必要不可欠であった。


 故に綿雪は劇中の登場人物を装って津島に近づき、彼に協力を仰いだのだ。(勿論逆らえないのを知った上で、である)


 そして今眠らせられた海内と主演津島によって、半信半疑のまま劇の様子を見守っていた観客は、もう一度劇の世界に引き込まれた。


「へえ、こう繋げるんだ」

「なんか無理やりじゃない? 戦闘から解説の放送までの間空きすぎだし。なんかガッカリ。まあ津島君出てるから見るけどさ」

「放送のテンション急に変わったな」

「やっぱり最後の試練だったんだ! 戦闘とか凄くリアルだし、凄いなあ、本当に高校生!?」


 証拠に、観客席からはこんな呟きが聞こえてくる。


 えーと、二番目の人、シナリオについては即席なので勘弁して下さい。あと目的は津島なのか。三番目の人、放送のテンションが変わったのもスルーしてください。


 観客のそんな様子に、紅平が不満そうに眉を顰めた。


「ええ、何々? まだ演劇の中だと思っている訳? 気に入らないなあ」


「よそ見をしている暇はないぞ!」


「おっとっとっ」


 一瞬舞台に気を取られた紅平に我鬼が飛び掛かったが、紅平は軽い動作でそれを避ける。


 そのまま暫く連続する我鬼の攻撃を避けていたが、何を思いついたのか彼はふと笑った。藍平の顔を見ると目が合った。あちらも笑っている。


 考えることは同じか。


 紅平はそう思うと、藍平に目くばせをした。


 藍平は頷く。


 次の瞬間。今迄我鬼の攻撃を避ける為に不規則な飛行をしていた紅平が、飛行の軌道を直線状に変更した。


 狙いやすくなった紅平を我鬼は見逃さず、一瞬前に着地した壁から紅平に飛び掛かる。


 しかし軌道を半分まで行ったところで、横合いから強い衝撃に、攻撃を阻まれた。


「ぐっ!」


「ふふふ、行かせないよ!」


 藍平が我鬼に体当たりを仕掛けたのである。


 これにより軌道が逸れ、我鬼は獲物を捕り逃した。


 おお、ナイスチームワーク。


 観客が感心する間にも、紅平は直線状に飛ぶ。軌道上には、津島。


「ハハハッ、じゃあ誰かが怪我をすれば、劇じゃないって分かるかなあ! 試してみよう!」


 津島は、自分に向かって高速で飛翔する天狗の姿を見た。


 スローモーションで、時が過ぎていく。


 津島は、ただ茫然と。


 自分に向かってくるものを、見ていた。


 あれ? 何でこんなにゆっくりなの? えっとああ、集中すると頭の回転が速くなって物がゆっくり見えるって言うやつかな。確か、死ぬ間際に見るっていう……。


「三七十!!!」


 その時、津島の視界に白い髪が映った。


 髪の持ち主は津島を抱えると、そのまま。


 天狗の攻撃を、津島の代わりに受けた。




 轟音。暴風。


 観客は、「劇の主人公の名前」の後に、それらを感じ取った。


 舞台上、観客席から左側には大量の土煙が、その右手前には、左側が焦げ茶色の髪を持つ少年が見える。


 土煙が薄れ、そこから観客の前に現れたのは、





 「立っている津島と、倒れている綿雪」の姿だった。


「あらら、僕とした事が、間違えて綿雪さんを攻撃してしまった。まあいいか、これで皆には、僕たちが劇の登場人物では無いことが分かっただろうし」


 静かに土煙が晴れる中、「津島」が紅平を睨んだ。そのまま、用意(・・)を(・)して(・・)いた(・・)台詞(・・)を言う。


「嗚呼! なんと言う事だろうか! 僕を庇い、母上は死んでしまった! こうなればこいつ等を赦しては置けない。こいつらを早く倒して、あの人の元に急ごう!」


 暫く、紅平は絶句した。だがしかし、直ぐに愉快そうに笑う。


「ハハハハハハハハ!! なに? まだ観客に劇の世界だって思わせたいの? 無駄だよ、今更誤魔化せないさ! 人間君!」


 紅兵が言った。


 しかし、全く焦らずに「津島」が返した。


「否? 今更誤魔化す必要は無いよ。君」


 観客と紅平は、「津島」が笑っているのを見た。それに紅平が不満を覚え言う。


「はあ? 何を言っているの? 観客を見てごらんよ、みんな怖がって…………え?」


 台詞と共に振り返った紅平は、自分の見た景色が信じられずに固まった。


 誰もが恐怖どころか違和感の一つも覚えていないかのように、只々興味の、演劇を楽しむ目で、こちらを見つめている。


 「津島」の口が、更に丸い弧を描いた。そのまま、はっきりとした声で言う。


「何故なら、もう既に誤魔化されているのだからね」


「……おまえ、只の人間じゃないな」


 「津島」が、紅平に向かって臨戦態勢をとった。


 


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