劇中トラブル・解決

 一瞬前、土煙が晴れる前に、津島と綿雪はこんな会話を交わしていた。


「あー吃驚した。三七十大丈夫? 怪我は?」


「え? は?」


 存外大丈夫そうな綿雪に、津島は心底困惑した。そんな津島を見て、綿雪が納得したように返す。


「ん? ああ、其の阿保面なら大丈夫か」


「いやいや待って! 君さっきはっきりと……当たっていたよね? 攻撃。何で大丈夫なの?」


 津島が綿雪に聞いた。確かに、綿雪には怪我どころか汚れ一つさえない。


「え? 嫌だなあ三七十。私があんなちんちくりんな天狗の攻撃に傷の一つでも付けられると思っているのかい?」


「……」


 津島の顔は無言の抗議を訴えている。そんなこと言われたって分からんて。


 そんな津島に構うことなく、綿雪は友達を遊びに誘うような気軽さで提案する。


「ま、そんな訳で丁度いい、ここで入れ替わろう」


「は? 今?」


「うん。不自然では無いでしょう?」


 入れ替わる、という単語に首を傾げた方が殆どだろう。綿雪の作戦には、どうしても綿雪と津島が二度入れ替わらねばならない場所が有るのだ。


 先程説明をした中に、主人公が敵を倒す場面があることを覚えているだろうか? よく考えるとこの作戦、津島がやるとなるとかなり無理があるのだ。


 そもそも妖怪と人間とでは身体能力がかけ離れすぎているため、特殊な訓練を受けた者でなければ、妖怪と戦うなんてほぼ不可能に近い。

 勿論津島がそんな訓練を受けている訳がないので、言わずもがな津島は戦えない。というか戦ったら死ぬ。


 しかし、主人公が倒したと言う事にしなければ物語が成立しないため、どうしても津島に戦って倒してもらわねばならない。


 え? 無理じゃね? と思われるだろうが、実はこれを可能にする方法が一つだけ在るのだ。


 それが入れ替わり。方法はいたって単純。幻術で綿雪を津島だと認識させればいい。


 幻術は誤認の術。さらに綿雪は狐の妖怪であるからそれは得意分野だ、よって入れ替わりは容易である。


 問題は自然なタイミングだったのだが、それは敵が今親切にも作って呉れた。


 よって綿雪は今入れ替わろうと言っている。


 しかし、津島にはもうこの作戦は破綻しているように思われた。


「でも……もう無理じゃない? さっき君が鬼気迫る感じで僕の名前を言ってしまったし、それに、敵が態々僕たちのことを配役の名前で呼んでくれるとは思えないよ? これじゃあ劇だってお客さんに思ってもらうのは……」


「いや?」綿雪は笑った。「問題ないよ。何故ならもう、お客さんには術を掛けてあるからね」


 津島、沈黙。


「……早くない?」


「備え(そなえ)あれば患い(うれい)なし、って言うだろう?」




 詰まるところこの体育館に居るものは、敵味方諸共綿雪の幻術にかかっていたのだ。


 詳しく言おう。

 まず土煙の晴れた後にいた津島だが、あれは中身が綿雪で見た目が幻術によってすり替わっていた。よって倒れていた綿雪は中身が津島で、倒れていたのは演技である。


 更に、ラングホーンの台詞や綿雪の台詞の中で、劇を構成する上で都合の悪い単語は、綿雪含む妖怪と津島以外には聞こえないか、または支障の出ない単語に書き換えられて聞こえている。


 まあ、編集でカットされて居るようなものだと思ってほしい。


「まさかっ。この場所全体に幻術をかけたのか……!」


 津島(綿雪)の言葉を聞いて、ラングホーンは気が付いた。


 流石妖怪、普段そういう不思議なものに触れているだけあって察しが善い。


「まあね。さてと、三七十がクラスメイトに事情説明をしている間に、こっちはちゃっちゃと終わらせますか」


 津島(綿雪)はそういうと、背後に狐火を浮かべた。


 そのまま、大量の狐火を藍平とラングホーンに向かって放つ。


 二人は避けるも、狐火は二人を追尾しながら高速で移動する。


 しかし、天狗たちはそれを上回る速度で狐火を避けていく。


「うーむ、流石天狗。空中戦、しかも速度勝負では話にならないな」


戦っているというのに暢気に状況を分析する津島(綿雪)。


そんな綿雪に、天狗の二人が言う。


「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。さっきはまんまと騙されたけど、綿雪さん達を倒してもう一度暴れれば全然問題ないね」


「そうそう、貴方から先に倒してあげるよ」


凶悪な様子で言うと、二人は津島(綿雪)に向かって一直線に飛行をした。


先程津島にした様な攻撃を、更に早く、今度は二人で仕掛けたのである。


これは流石に避けられないか。さようなら綿雪。良い奴だったよ。


そんな雰囲気、絶対絶命大ピンチ。


しかし津島(綿雪)は不敵な笑みを浮かべている。


 どうしてだろう? 何か秘策でもあるのだろうか?


……え? さっきの攻撃を食らって傷一つ付かなかったんだから、この攻撃も通用しないだろうって?


やめて、そこ突っ込まないで。折角ピンチっぽく演出したのに。ちょっと下手な文章ででも少しでも大丈夫じゃない感を出して、緊張感を持たせようとしたのに!


ん? なんでそんなに必死なのか?


だって、そうしないと我鬼さんの存在を希薄に出来ないんだもん。





 直線上に移動する物体に物を当てるのは、不規則に動く物体よりも余程容易い。


だからこそ先程我鬼は津島を狙って直線状に飛んだ紅平を狙ったし、藍平の邪魔がなければ紅平を捕まえられていただろう。しかし今、邪魔をするものは何も居ない。


まあ何が言いたいのかと言うと、こんなチャンスを我鬼が逃す筈がないと言うことである。


我鬼は狐火が天狗の二人を追いかける中、壁に張り付いて、じっとその様子を窺っていた。


 そして今、二人の天狗が一直線に津島(綿雪)に向かって飛んだ時、彼の足は壁を思い切り蹴り飛ばす。彼の身体を目標地まで飛ばすために。


 狐火が空中に散乱しており、二人の集中力は空間全体に散らばっていた。故に、ほんの一瞬、我鬼に対する反応が遅れた。


 そしてその一瞬が、勝敗を分ける。


 我鬼の跳躍力は一瞬で彼の体を目的地まで運び、更に彼は目的地の一瞬手前で蹴りの体制をとり……。


 そして、藍平に強烈な蹴りを喰らわせた。


 轟音が起き、体育館の壁が、我鬼に蹴られ気絶した藍平を中心に円状に凹む。


「藍平!」


 一瞬遅れて片割れがそれに気付き、一瞬動きを止める。


 その一瞬の隙を、綿雪は逃さない。


 津島(綿雪)はその隙に一瞬で紅平の真上に移動すると、両の拳を合わせ彼の脳天に叩き込んだ。


 直撃。


 とてつもない力で床に叩き付けられた紅平は、片割れと同じように意識を飛ばした。


 あ、一応確認しておくが、今綿雪は幻術によって津島の姿で行動しているので、観客には津島が敵を床に叩きつけたように見えている。


 今言う事ではないが、劇の後津島は質問攻めにあうだろう。


 念の為紅平の気絶を確認し、綿雪はそっと息を着いた。


 しかし、まだ気を抜くわけにはいかない。この後もまだやることは残って居る。


 綿雪は最後の台詞を言った。


「やった! 僕は無事天狗たちを倒すことができた。この天狗たちは、きっと犬神様が然るべき裁きを与えてくださるだろう。連れて行くのを手伝いたいが、今僕にその時間は無い。早く、あの人のもとへと向かわなければ」


 綿雪は言うと、戦いに疲れたとでも言うようにフラフラと舞台裏へと下がる。そこには綿(津)雪(島)が立っていた。


 それを認め、綿雪はもう要らないと幻術を解く。


 すると、二人の姿は元に戻った。


 津島は綿雪に駆け寄った。続けて、怪我をしていない? と聞こうとした時、


「……あーーー、疲れたっ」


 綿雪が、まるで仕事終わりのサラリーマンのように言った。


 あ、確認しておくがフラフラとした足取りは演技である。


 え? あ、あれ? 割と余裕?


 それを見て津島が思った。


 津島が言葉を失っていると、綿雪が続けて言った。


「いやあ、天狗の相手も楽じゃないね。お腹すいたなあ、ねえ、この後屋台でも行こうよ」


「……えーーっと……? あ、大丈夫、なんだね?」


「ん? うん。全然」


 綿雪が、まるで友達と談笑でもしているかのような様子で答えた。


 ……はああぁぁぁぁー。


 津島は気が抜けた。と同時に少々安心した。


 今迄の事で何となく強いことは察していたが、一応は心配をしていたのである。


「嗚呼、ならいいや。あ、一応クラスの皆は説得したよ」


 津島はそういうと舞台を指さした。見ると、シーン変換のために一度幕が下がり、クラスメートが最後の舞台セットを着々と準備している。


 そう、綿雪らが戦っている間、津島が綿雪の姿で何をしていたのかというと、クラスメイトに(嘘の)事情説明と説得をしていた。


 無事天狗の二人を倒したからといって、劇が終わった後「変な人たちに劇を乗っ取られました」とクラスメイトに証言されては、後々面倒だからである。


「そう、なら良かった」


 津島の言葉を聞き、綿雪は安心したように笑った。


「ねえ三七十」


「ん? 何?」


「何か御免ね。変な事に巻き込んじゃって」


 綿雪の言葉に津島は驚いた。謝られるなんて思ってもみなかった為である。


「え? 御免なんて言葉知っていたの?」


 驚きの余り、津島は普段の癖で大分失礼な事を言ってしまった。


 言ってから「しまった」と思う。こんなことを言っては後でどやされるかも知れない。


 しかし身構えた津島の予想とは裏腹に、綿雪は変わらぬ様子で答えた。


「酷いなあ。私だってそのくらい知っているよ」


 津島は更に驚いて固まった。


「あれ? どうしたんだい?」


 そんな津島に、綿雪は尚も優しい言葉を掛ける。


「い、いや、何でもない」


 不完全な形で会話が終わり、津島は気まずさに舞台を見た。


 如何やらもう準備は終わったようで、クラスメート達は反対側の袖に引っ込み、幕が上がっている所だった。


 もう出番だ。


 そう思い行こうとするも、疑問を感じ、津島は踏み出しかけた足をもとに戻した。


「綿雪」


「ん? 何だい?」


「どうして二回も入れ替わったの?最後まで君がやっても良かったんじゃない?」


 そう、何も二回入れ変わる必要は無かった。津島が人払いをしていたから善かったものの、袖で入れ替わったらクラスメートに見られる可能性もあったのだ。


 そう思う聞いた津島の言葉に、綿雪は刹那ポカンとなった。しかし直ぐにフッと笑い、答える。


「私がそんな奴に見えるかい? そんな面倒臭いことやるわけが無いだろう?」


「あ、そう」


「それに」


「?」


「これは君たちのための劇だろう? 最後位は自分たちでやり給え」


 緞帳(どんちょう)が最後まで上がりきった。


 目を見開いた津島の背中を、綿雪は押した。


 え?


 と思うも、津島は直ぐに、自分達の劇を終わらせに走る。

 

 そんな津島の背中に、綿雪は誰にも聞こえないように一人呟いた。


「それに私は、君を__________________。」


 その言葉は優しく静かに、そして誰に聞かれることもなく、舞台袖の暗闇に溶けていった。



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