その後・妖怪たち

 走っている女性がいた。目の下に隈があり、痩せた女性だった。


 女性は人の少ないところ目指して走っていた。校舎裏に来たところで、スマホを取り出し、とあるSNSを開く。


「ほんものだ……ぜったいに……!」


 投稿欄に移動し、文章を作る。書くのはもちろん、たった今見た演劇の内容。


『とんでもないものを見た! 見てこれ! 絶対人間じゃない!! 詳しくはこれからブログの方に投稿する!』


 ここまで書いて、女性はスマートフォンの写真フォルダから、さっき撮った動画を貼り付けようとした。


 これは話題性のあるスクープだ。これを上げれば確実に閲覧数を稼げる。


 女性はフォルダを選択した。


 出来なかった。気がついたら、液晶が目の前から消えていた。


「え? 何?!」


 急いで辺りを見回す。右左と首を回したところで、後ろから声が聞こえた。


「うーん。ちゃんと全員に、そういう気にならないように術を掛けてたんだけど……やっぱりなんだかんだ耐性がある子はいるよねえ……」


 こっちが悪いとはいえ、ちょっと困るな。と、後ろの声は続けた。


 女性が振り向くと、そこには劇に少しだけ出てきた、白い髪の狐女が立っている。


「あ、あんた……! さっきの!」


 いえば、相手はこちらのスマホを片手でひらひらと揺らしながら返事をしてくる。


「はーい。主人公母(役名)だよー」


「ちょっと! 返してよ!」


「うーん。それはちょっと無理だねえ……」


 だって、返したらネットに上げちゃうでしょ?


 と、目の前の狐女は言った。


「何? それ、あんたに関係あるの?」


「んー。まあ、そこそこ……あるような……無いような……」


「なら良いじゃない!」


 女性はそう言って、携帯を奪い返そうと手を伸ばす。だがしかし、狐女にひらひらと躱され、終ぞ叶わない。


「んー。別に、『今日見た文化祭凄かった!』とかなら、別に良いんだけど……君が書きたいのは、妖怪(私達)の事でしょう?」


「あんたやっぱり……本物の! でもなんで……」


「なんで君の考えがわかったかって? ちょっとした妖術だよ。君以外の人たちが、あくまで『高校生の凄い演劇』の話しかしていないのも、同じ理由だね」


「……!」


「一応、こういう時の私の役割なのだよ。周りの人間の、認識の操作はね」


 狐女はそう言うと、女性の頭に手を乗せた。淡白な声音と裏腹に、ゆっくり、子供を撫でるように。


「な、なにす……」


「おやすみ。せめて、ぐっすり眠って呉たまえ」


 そして、女性の視界は唐突に暗転した。






 屋上には、白コートにポロシャツ半ズボンの男と、山伏の格好をしたものたちがいた。


 勿論我鬼羽立と双子の天狗である。他にこんな格好をしている変人がいたら、逆に教えて欲しい。


 双子は先程の戦いで意識を飛ばしており、二人纏めて縄でぐるぐる巻きにされ、床に転がされていた。


「ふむ。こんなものか」


 我鬼が独り言をもらす。そして、手に持っていた謎の札を、ペタッという可愛い効果音と共に、双子を縛る縄に貼り付けた。


「お! お疲れ様だねえーショウセイ君」


 柵の上から声が掛かる。我鬼をこんな渾名で呼ぶ妖怪もまた彼女しかいない。記憶障害狐こと綿雪である。


「小生の名前はショウセイでは無い」


 我鬼がそう言いながら見上げると、柵の上に乗っている綿雪が視界に入った。その背中を見て、彼は顔を顰める。


「……何故また新しい人間が……」


 最後は溜息に近かった。呆れて居るようだ。


 綿雪の背中には、先程校舎裏で眠らせた(?)女性が背負われている。


「ちょっと術が効かない体質だったみたいでねえ……直接記憶操作してきたよ」


「……いや、何故その後背負ってここに現れるのだ。地面に転がしておけ」


「酷い! この子の隈が見えないのかい? 睡眠不足そうなのに、なんでそんなこと言うの」


 綿雪がヒステリックな母親っぽい言い方をした。かなりワザとらしい。多分ボケて居るのだろう。


「背負われているのに目元など見えるわけが無いだろう」

 

 我鬼が正論で返した。ツッコむ事もボケに便乗することも無かった。綿雪はちょっと不服そうである。


「ちぇ。まあそれは良いや……ところで、その子達どうなるの?」


 不服そうな表情から回復し、彼女は地面に転がっている天狗の双子に目を移した。


「小生の知るところでは無い。だが規則通りなら、罰は免れぬだろう」


「……だよねえ。結構重くなりそうだ」


 分かってた筈なのに、なんでこんな事したのかねえ……。


 綿雪は呟いた。初めの方も動機を気にしていたことを鑑みると、恐らくこの双子、元はこのような事件を起こす性格では無いのだろう。


「知らん。気になるなら……今、記憶を視ればどうだ?」


 我鬼は言った。どうやらこの狐、記憶操作だの閲覧だの出来るらしい。結構怖い奴である。


 真面目に提案した我鬼だったが、記憶障害狐は顔を顰めた。


「え。やだよさっきモラハラ上司に虐められてる記憶覗いちゃったばっかりなのに」


「貰、腹……?」


 何でモラハラなんて言葉知ってるんだこの狐は。

 あと我鬼は漢字が違う。そもそも表記はカタカナだし。


 因みに知っているとは思うが、モラハラとはモラルハラスメントの略称である。ブラック企業とかでちょくちょく問題になっているアレである。テストには、正式名称で書かないとバツになる……かもしれない。


 我鬼は頭にハテナマーク(別名クエスチョンマーク又は疑問符)を浮かべていたが、暫くして「まあいい」と頭を振った。


「小生はこの二人を連れ帰る。貴様はどうする心算だ」


「この子を家の布団に入れて、その後は如何しようかな。明日はまた文化祭に来るとして……今日はそのモラハラ上司の眉毛を油性マーカーでぶっとくしようかな」


 我鬼の頭にまたハテナマークが浮かんだ。分からない言葉を使うのは辞めて差し上げなさい。


「摩訶……? まあ善い。呉々も、我々の存在が知られぬようにしろ」


 我鬼は理解するのを諦めたようだ。双子を縛る縄の端を持ち、立ち上がる。


「はーい。じゃあねーショウセイ君」


「小生の名前はショウセイではない!!!」


 綿雪は屋上の柵から街の方へと飛び降り、我鬼は天狗の二人を引き摺り、それぞれ学校から離れていった。


 というか我鬼さん、運び方はそれでいいのか。

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