劇中トラブル・問題発生

 さあ狐の主人公、師匠と同期に見送られながらすぐさま人間の元へ向かう。


 津島は頑張って走る演技をしながら、一人ほくそ笑んだ。


 嗚呼、もうそろそろこの劇から解放される。そうしたらクラスメートを問い詰めて、そのあと適当に綿雪の相手をして、そして今日の片づけと明日の準備をさぼって帰ろう、そして明日こそは劇の時間以外全部惰眠を貪るなり美人を口説くなりして気ままに過ごすんだ!


 なかなか残念な事を考えているが、顔には出ていない。若し顔に出たのならば、その下衆顔にこの場に居る全員がこの後津島を避けるだろう。というか明日の準備はサボるなよ。


 走りながら、津島は更に思う。


 否しかし流石僕、余裕で劇をクリアしてしまったね。これならばきっと誰も文句を言わないだろう。それにしても、本当皆のあの反応は何だったのだろう?


 ここでふと、津島は何気なしに体育館の天井を、顔を動かさず目だけを使って見た。


 あれ? 何か光っている? 次の……バンドか何かの仕掛けの一部かな? でもライトなんて付けて一体何をするんだろう? それにしてもあの数と配置、まるで何かの……目のような……。


 瞬間。


 津島の見た光が、体育館の中を飛翔した。


「……え?」


 強風。


 体育館に居る人間は全員がそれに煽られ、つい目を瞑る。

 そして次に目を開けた時、彼らは信じられないものを目にした。


「ふふふふ。紅平、人間が僕たちの事をスッゴク面白い目で見ているよ。面白いねえ」


「そうだね藍平。でもこれからもっと面白い事に成るよ。何せ彼らは今からもっと貴重な体験をするんだから」


 そこに居たのは、背中にカラスの羽を持つ、そっくりな二人の少年だった。


 赤味の肌、真ん中で二色に別れた髪色、山伏の格好。

 これだけでも十分目を引く姿なのだが、何より人間たちが驚いたのは、彼らが宙に浮いているという、その事実だった。


 なんと言う事だろう、彼らはただ劇の観賞に来ていた綿雪のような暢気な妖怪では無かったのだ!

 え? 察していた? うそん。


「な、何?」


 おっと、藤樫さん善い反応。


 これに二人組が食いつかない訳がなく、物語で必須な登場人物紹介が始まった。


「嗚呼、そう言われちゃあ答えなきゃね、僕たちは天狗さ」


「そうそう、ああ僕は紅平。こっちが藍平ね。今日は君たち人間にちょっかいを掛けに来たのさ」


「ちょっと事情があってね、悪いけど、ひと騒ぎ起こさせて貰うよ」


 二人は言い終わるとニイッと笑い、体育館の空中を猛スピードで飛び回り始めた。


 えーと、詰まるところ文化祭で暴れまわると言う事らしい。

 飛び回って居るのは観客の恐怖を煽る為だろう。


「貴様ら! 藍平! 紅平!」


 ここで我鬼が叫んだ。

 その隣で綿雪が呟く。


「わー、本当に居た! それにしても、暫く見ないうちに大きくなったなあ」


「感心している場合か! あと小生の名前はショウセイではない!!」


「あ、君としては名前を間違えられる方が許せないのだね。感嘆符が二つも付いているものね」


 綿雪、今言わなくていいところを言及。ブチっと我鬼から怒りの効果音。殴られる綿雪。


「そのようなことは言わなくていい! 兎も角止めるぞ! 放置すれば大事に成る!」


「いたたた。まあそれについては賛成かなあ。暴れるのは善いけれど……」


 三七十の劇の邪魔をしたのは何ともいただけないなあ。


 綿雪が台詞の続きを、ワントーン低い声で言った。


 瞬間、我鬼の体に変化が現れる。

 髪からは耳が、腰からは尾が生え、爪と犬歯は鋭く長くなる。

 屋上の時の十分の一ほどの速度で変化を解くと、我鬼は天狗の二人に飛び掛かった。


 我鬼は床から天井近くまで一気に跳躍。飛んで居る藍平に蹴りを飛ばす。


 しかし流石烏天狗、いとも簡単にそれを避けた。 


「あれれ? 我鬼さんだ。もう来ちゃったの?」


 咄嗟に攻撃を避けた藍平が言った。


 天井に着地をした我鬼が、もう一度、今度は紅平に飛び掛かりながら答える。


「我らの情報を甘く見るな! 全く何をしでかすかと思えば、貴様ら! 自分が今何をしているのか分かって居るのか!!」


 そんな我鬼の叫びに、藍平は笑顔で返した。


「えー。善いじゃないの。そんなにカッカしないでよ。怒ると更に白髪が増えるよ」


「なら大人しく捕まれ! あと小生は老けていない!!」


「いーやだ♪ それに、こっちにも事情があるのさ」


 会話の間にも我鬼は何度も壁や天井を土台として二人に飛び掛かり、二人はそれを交わしていく。 

 しかし二対一の状況に加え、空中戦は恐らく天狗の土俵である。我鬼は苦戦をしていた。


 そんな状況を見ながら、観客と劇関係者たちはただ茫然としていた。






「あーあ、何でそんなに考えなしに飛び込むかなあショウセイ君は。それじゃあ捕まえた後も騒ぎが収まら無いじゃないか」


 我鬼と藍平のやり取りを眺めながら、綿雪は頭を抱えた。


 確かに。もう二人の姿は見られてしまった訳であるし、このまま力任せに解決しても「化け物がでた」と観客たちはパニックに陥るだろう。


 そうなれば文化祭は中止、早くに立ち去ったとしても誰かしら画像を撮っているだろうから、それがネットワーク上に出ればテレビもやってくるだろう。そうすれば生徒たちはパパラッチとに付きまとわれるかも知れないし、下手をすれば原因究明のために政府関係者とかがやってきて調査を始めるかもしれない。


 綿雪は、このまま事が運んだ際の最悪の事態を考える。


 ……学校は休校、最悪廃校だ。廃校の場合生徒たちはほぼ強制的に追い出され、転校を余儀なくされるだろう。更に私達の存在が知れれば、危険だなんだと彼らは私達妖怪の事を血眼で探すだろうね。

 第一印象が最悪だから和解は難しい。更に言うのならば、こんなことが有って陰陽師や妖怪狩りが黙っているとも思えない。最悪人間と妖怪で戦争になるかも。


 ここ迄想像をして、綿雪は盛大に溜息を吐いた。


 だからその解決法は駄目だってショウセイ君―。


 思うも、口にはしない。これ以上この状態で目立つわけにはいかないのだ。


 まあ別に人間と妖怪が争おうと知ったこっちゃ無いけどさあ。これじゃあ三七十に被害が出るじゃあないか。勘弁してよショウセイ君。


 まるで我鬼一人が悪いかのように心の中で呟いた時、綿雪は或る違和感を感じ取った。


 観客席が静かすぎる。


 そう、天狗二人組が現れてからここ迄、誰もパニックに成っていないのだ。舞台の方はもうパニックに成りかけているが、まだ「何これ?」位の感じで済んでいる。


 おや? と思い、綿雪は耳を澄ませた。観客席の呟きが聞こえてくる。


「え? ナニコレ演出? 恩人の元に向かおうとした主人公への最後の試練的な?」

「でもさっきから舞台で動きが無いよ? 何かトラブルかな?」

「えらく凝った仕組みだなあ。一体どうやってるんだ?」

「そんなの善いよ! 写真写真!」


 なんと言う事だろう、観客はまだこれが劇の中だと思っているのだ。


 言われてみれば元々この劇は妖怪がテーマだから天狗が出てきても違和感なんて全く無いし、何より津島の名演技によって観客は劇の世界にどっぷりと浸かり込んでいる。


 これがまだ劇の台本の通りだと思われるのは、考えてみれば自然な事であった。 


 あれ? これはこのまま劇に見せかけて捕まえてしまえば万事解決なのでは?


 綿雪は思うと次の瞬間、朝津島にやったような瞬間移動で、舞台裏へと移動をした。




 観客が未だトラブルに気が付かず劇を楽しんで居る時、一年四組一同はパニックに成りかけていた。


 それもそうだ、自分達の分からない所で物語が展開しているのだから。


 そんな中の舞台裏、照明・音声を操る各種器具の集まる劇の心臓部では、音声係・海内璃子(ミウチリコ)が居眠りをこいていた。


 こんな非常事態に居眠りをこくとか一体どういう神経をしているんだ? と思われるかも知れないが、これには彼女なりの訳がある。


 簡単に言えば、彼女のやっているゲームが現在イベントを開催しているのである。


 覚えのある方はもうお察ししただろう。そう、彼女はそのゲームイベントに徹夜で参加をしているのである。


 まあ詰まるところガチ勢、連日徹夜組、ランキング上位者、と呼ばれるもの。


 ん? 大した理由じゃ無い? うむ、残念ながらそう言われてしまうと全く否定できないが、イベントとはそういうもの、自業自得だが、これは自然現象なのだ。


 そんな少々夢現気味な彼女に、唐突に話し掛ける者が居た。


「此処が音声を流すところだよね? あれ? 寝ているの? 三七十といい君たちは寝るのが好きだねえ。でも起きたまえ」


 声の主はそう言うと、海内の肩を揺らし始めた。


 およ? 誰だこの人? クラスにこんな喋り方の女子居ないよな。あ、と言うか、文化祭だ起きなきゃ。もう竜胆ちゃんったら、私が寝たら起こしてって言ったのに……。


 彼女はそう思いながら目を覚ました。そして、


「……! わっ」


 驚いて椅子ごと後ろに倒れた。


 起きたら鼻先十センチメートルの距離に狐耳のついた美女が居たからである。


 ガタンッ。


 劇の最中には大き過ぎる雑音が発生したが、天井近くの騒動のせいで、咎めるどころか気付く者も居なかった。


「おや大丈夫? と言いたい所だけれども、其れよりもこの機械の使い方を教えて呉れないかい? ちょっと音声を流したいのだけれども」


 笑顔で、海内が倒れた元凶が言った。なんか理不尽である。皆さん察していると思うが、元凶の名前は綿雪という。


「……えっ誰? 狐? 人間? なんで?」


「うわあ、三七十と同じ反応。やっぱりクラスメイトって似るのかな?」


「あっ若しかして妖狐? でも現実に居るの? いや待て落ち着け落ち着くんだ私。これはきっと三徹目の幻覚……そうでなければこんな美人の妖狐に話しかけられるなんてレアな現象起きるわけがない。主人公でもあるまいし」


 海内さんなんかぶつぶつ言いだした。


 うーん話が通じていないなあ。どうしたものかなあ。


 と綿雪は思った。如何やら目の前の少女は寝起きの幻覚を見ていると勘違いをしているらしい。さてどうかしたものか。

 暫く考えた後、綿雪は


 こんなキャラじゃないんだけどなあ。

 仕方ない。


 とでも言うように、ため息を一つ着いた。


 綿雪は、床から上体だけを起こした海内の横にしゃがみ込むと、彼女の肩に両手を置き、目立たないギリギリの音量で言った。


「少女よ、頼む! どうか私に力を貸しておくれ! 私は今直ぐにでも、観客に向かって言わなければならない事があるのだ! あれを見たまえ!」


 何とも大げさな台詞と共に、綿雪は体育館の天井付近を見上げた。 


 海内はつられて天井を見、そして初めて現状を視認した。


「……へ? なにあれ?」


「あれは恥ずかしいことに私の知り合いなのだよ……私達は妖怪なのだけれども、あの三人は諸事情有って喧嘩中で、このままでは大変なことになってしまう! 今は未だ観客が演劇だと思ってくれているから善いものの、このままでは何れ妖怪であることが人間にバレてしまう。そうしたら、私達は陰陽師や妖怪狩りに狙われて、そして殺されてしまうかもしれない! 皆を守るためにどうしても私は、この喧嘩が演劇の内だと観客に思わせなければならないのだ!」


 綿雪はとても突飛な説明をした。更には少々嘘も混じっていたが、この際放送を使えればどうでもよかったので本人は気にしていない。


 海内は困惑した。


 居眠りから覚めたら美女の妖狐が目の前に居て、何やら困った様子でこ方に機材を使わせてほしいと懇願してくる。状況はよく呑み込めないし、そもそも現実か夢かの区別も上手くついて居なかった。


 これは……実は夢なんじゃないか?


 海内は疑った。


 そもそも目が覚めたら美女が目の前に居るとかありえないだろ? 漫画の主人公じゃないんだし。

 そうだ、これは夢に違いない。こんな都合の善い現実あるわけがない。夢、絶対に夢、イッツアドリーム。


 海内はこう考えると、目の前で起きていることは夢なのだと自己決定した。


 海内がちょっとした勘違いをしたとき、止めとばかりに綿雪が、海内の手を握り言った。


「頼む……!」



[綿雪は「手を握る」「上目遣い」「目を潤ませる」のコンボを使った]


[クリティカルヒット! 海内は心臓を鷲掴みにされた! 綿雪のお願いを拒めなくなった! 海内よ、こんなことで魅了されるとは情けない]


 ん? ちょっと待て。


[なんだ無能地の文]


 むのっ……というか、君は誰だ? 勝手にRPG風に文を構成しおって。


[ボクは角括弧だ!]


 か、角括弧だと!?


[ふふふ、流石の無能でもボクの活動を知っているか。そう、ボクは角括弧! 無能な地の文を善い文に変える正義の味……]


 君があの、地の文を乗っ取っては作者と編集者に迷惑をかけ続けている犯罪者! 角括弧なのか! 今日の地の文新聞に書いてあった、あの?!


[は? 嫌ちが、ボクは正義の……というかそんな事が書かれていたのか!?] 


 ええい煩い! ゴキ〇ェットでも喰らえ!


[ぐわああああああああああああああ目が、目があああああああ!]




 大変失礼した。物語の描写を続けよう。


 ええと、あ、今の間に何か進んでいるな。海内がなんかもうマイク渡しちゃっているよ。凄い笑顔だよ。幸せそうだよ。善かったね。


「ありがとう! これで殺されずに済むよ!」


 綿雪は未だ猫かぶり全開である。


「いやあ行き成り起こされたときは何かと思いましたけど、お役に立てて良かったです!」


 海内も笑顔で、こちらは緩み切った幸せそうな顔で返した。


 ああ幸せな夢だあ。このままこの美女さんと夢の中でずっと暮らせたらなあ。あ、若しかして「助けてくれてありがとう! お礼に願いを何でも叶えてあげよう!」とかいうパターンかな。だとしたらまっさきに「私のメイドになってください!」って言うんだけどなあエへへへへへへへ。


 海内は人には言えないような妄想をした。


「否本当に助かった。というわけで……」


 綿雪は笑顔のまま海内に近づいた。そして


「おやすみ」


 台詞の後に手刀を海内のうなじに叩き込んだ。


 ガクッ。

 海内は気絶した。


「残念だけど、機材さへ使えれば君に用は無いんだ。これ以上人間に存在を知られるとショウセイ君に小言を言われそうだし。まあ、一時の夢だと思って居てくれ給え」


 この狐、矢張り少々理不尽である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る