緞帳の上がる前・クラス
「あ! やっと帰ってきた! アンタ今迄何処行ってたのよ!」
赤と黄色の、派手な髪色をした少女が叫んだ。
彼女は一年四組学級委員の
言っておくが地毛ではない。鬘かつらである。
彼女の声に、体育館横に集合していた一年四組全員が、赤茶色の髪をした少年と彼に引き摺られ乍ら連行されて来た美少年と、首にカメラを提げている少女に視線を注いだ。
赤茶色が
「え? 誰?」学級委員の豹変に、思わず津島が言った。「若しかして藤樫さん? え? ついにヤンキーに成ったの? ぐれたの? 学級委員なのに?」
割と失礼な誤解をしている津島に、藤樫がツッコんだ。
「失礼な! これはダンス部の衣装で鬘よ!」
「鬘…? あ、禿げた?」
ポカン。
話を半分しか聞いていない津島を柏村が殴った。
「痛い!」
津島が叫ぶ。だがこれで善かったのだ。柏村が殴らなければ藤樫がやっていただろう。十倍くらいの威力と回数で。
「ちょっと! たん瘤が出来たらどうして呉れるのさ! 僕主役だよ!」
「うるせえ! 言っていいことと悪いことを弁わきまえねえてめぇが悪い!」
確かに。
クラスメートたちはこの辺りで自身の持ち場に戻り始めた。津島たちの言い合いなど何時もの事なのである。正直もうコントか何かだと思っている。
「それより!! 僕に猫耳なんて付けたの君でしょ! なんて事してくれたのさ!」
叫ぶ津島に、からかうような口調すら含め藤樫が返す。
「ええそうですけど。何か文句ある?」
「有るに決まってるでしょ! お陰で大恥掻いたよ。これから渾名が猫男とかに成ったら如何して呉れるのさ!」
文句を言う津島に、冷然と藤樫は言った。
「あんたに仕返しをする為にやったんだから如何もしないわよ。自業自得じゃない」
正論に津島が唸る。藤樫が勝気に微笑んだ。
「それより、後十五分位で始まるから早く着替えてくれない?」
話は終わりだ。と言うように藤樫が言い放つ。
そんな藤樫に津島は一瞬文句を言いたげな表情を浮かべたが……
「むう…………………分かったよ。全く…」
数瞬唸ったものの、津島は素直に返した。
その様子に、にクラス全体がギョッとなる。
なぜなら、普段の津島なら絶対にヤダヤダと文句を言うのに、やけに素直に従ったからである。流石変人美少年。信用がない。
「あ、あんた…熱でもあるの?」
藤樫がクラス全体の心を代弁した。
「別に…」
津島が面倒くさがって濁した。しかし、ここも普段ならば「あーほんとうだぐあいがわるいやーぼくやすむねー」と棒読みで言うところである。よって逆効果だった。
「否、いやいやおかしいでしょう? あんたが素直にこっちの言う事を聞くなんて……明日は雪でも降るの? それとも槍?」
藤樫がガチトーンの心配した声で聞いた。
「煩いなあ、僕だってそういう時くらいあるの」
津島は投げやり言うと、衣装担当のクラスメイトに衣装の場所を聞きに行った。
そのクラスメイトはポカンとしたまま津島に場所を教えると、まじまじと津島を見た。
津島はその視線を煩げに見て、そのまま衣装を取りに行った。
衣装を取り、黙って更衣室に行く。
津島が角に消えるまで、一年四組のメンバーは全員、喋るどころか一ミリも動くことが出来なかった。
約五秒経過した辺りで、藤樫が困惑して柏村に聞いた。
「え? 何があったの? 本当に津島? 誰かと入れ替わってない?」
「否、本人だろ…多分」
「そ、そうよね。私に禿げた?なんて聞くやつ津島しか居ないもの………あっちで何かあった?」
「俺が笑いこけて彼奴が猫耳に気付いた位だけど、それだけで大人しくなるような奴じゃねえし……本当に熱でもあんのか?」
二人が思案し始めた時、竜胆が言った。
「そういえば、今日津島君が連れていた人、何時もと違った」
「ああ、あのコスプレしてた人な。確かに普段よりもテンションの方向が違ったな」
柏村がこういうのは、普段津島が口説いて連れている女性のテンションが基本きゃぴきゃぴしているのに対し、コスプレイヤーこと綿雪のテンションが祭りに来た子供か、または付き添いの姉のような感じだったからである。
「うん。なんか、津島君を尻に敷いている感じだった。津島君の態度も他の女の人となんか違った」
竜胆の言葉に、藤樫と柏村がハッとなった。
「た、確かに。まさか…!」
何故だろう、盛大な勘違いが起きる予感がする。
「ええ、間違いないわ」
ここで、藤樫と柏村が同時に言った。
「三七十に春が来た…!」
「津島に春が来た…!」
違う。全然違う。
「否、彼奴の脳内は年中春みたいなもんなんだが……今回のはきっと違う。本当の春が来たんだ」
今は秋である。
「津島が尻に敷かれるなんて……きっとよっぽどその人に惚れ込んでいるのよ」
痛い目に合わされて頭が上がらないだけである。
「津島の態度も一見他の女より冷たく接しているように見えたが、あの態度は気を使っていない証拠。相当親しいに違いない」
いろいろあって気を遣うのが面倒になっただけである。
「更にさっきの態度。あの津島が素直にこちらの言う事を聞くなんて、きっとその人に良い所を見せたいんだわ」
威圧的に「出ろ」と言われたからである。
「あの人の方も津島に気を使っていない風だった。更に一見姉に見えるような態度。三七十め、最近年上ばっかり口説くと思ったらお姉ちゃんタイプが好みだったのか」
津島が一年生で学校に年下が居ないからなのと、同学年には変人と知られているため相手にされないからである。
「きっと津島がナンパした後その人が全然相手にしないから、津島が意地になって口説いたんだわ。口説いていくうちにお互いの事をどんどん知って行って、いつしか本当に恋に落ちたのよ」
それはもう完全な妄想である。
「それで文化祭デートか。三七十のやつ、なかなかやるじゃねえか」
デートというよりただの案内である。
「そう、詰まりその人は…」
藤樫と柏村がまたもや同時に言った。
「三七十の彼女…!」
「津島の彼女…!」
いや、いやいやいや、勘違いである。彼女違う彼女違う。
そう思うのはきっと柏村達三人だけ……。
「な、なんだってー!」(柏村達を除く一年四組全員の叫び)
思うんかい!! 誰か他にツッコンでマジで! 自分だけじゃ処理できないよ!!
そんな中、
「うふふふふふふふ」
「くくくくくくくく」
何だろう、いきなり藤樫と柏村が笑い始めた。
不気味。自分怖い。
よくよく見るとクラスメートたちも不気味に笑っている。
一体何なのか? 二人が笑い始めたあたりで通りかかってしまった担任が困惑した時。
「これでついに津島の弱みを握ったわ!」
「これで三七十がやっと大人しくなる!」
藤樫と柏村が、又々同時に叫んだ。
「何かあったら彼女の名前を使って脅してやる! あいつは意地っ張りだから何か不名誉な話を彼女に話されるのは嫌なはず…!」
「尻に敷かれているなら安心だ! 他の女も口説かなくなるはず。被害が減る! 俺の負担が減る!」
……まあ、自業自得か。
津島が何も知らずに着替えて戻って来た時、クラスメート達は誰も彼もニコニコとしていた。
何なんだ? こいつら何なんだ?
と津島は思った。
ふと、柏村が津島に近づいた。
そして一言。
「御前もついに、男として格好付けなちゃいけねえ時が来たんだな。頑張れよ」
「え?」
柏村はそのまま去って行った。気持ちいいほどの笑顔で。
なに彼奴気持ち悪い。
思う間に次は藤樫が来て、またもや一言。
「絶対に成功させて、彼女に良いところ見せなさいね」
「は?」
藤樫も舞台裏へ消えた。かなり格好つけた感じで。
彼女って誰?
更に、今度はクラスメートたちが続々と。
「頑張れよ」
「後で詳しく話せ」
「羨ましいなあ」
「泣かせたら駄目よ」
などといって体育館へ入って行った。
何なの? 僕の居ない間に何があったの? 皆頭クルクルパーに成ったの? それとも僕の頭がクルクルパーなの?
最後に竜胆が一言。
「あんまり意地、張っちゃ駄目」
そして体育館横には、津島のみが残った。
「What happened? (何が有った?)」
津島が混乱して言った。結構良い発音で。
津島の所属する一年四組がやる演目は、先程も話した通りクラスメートが書き下ろしたオリジナル台本である。
因みにそのクラスメートは図書委員で、津島に猫耳を付けるのを手伝った人だ。
で、肝心のその話とは、と或る狐が妖怪を愛する人間との約束を果たす為に妖怪に成り、その人間にもう一度会いに行くというものである。
配役はこうなる。
津島、主人公の狐
柏村、主人公と共に妖怪を志す狐。
藤樫、狐二人の師。
その他の配役は言っても多分分からないので省略する。
因みにだが、竜胆は撮影係である。
おま、ここでも写真撮るのかよ。どれだけ撮れば気が済むんだ。と思われるかも知れないが気にしないで頂きたい。自分も思ったけれども。
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