緞帳の上がる前・体育館
只今開演五分前。
ステージ裏、一年四組の面々が今か今かと出番を待ち侘びているそんな中、恐らく津島三七十だけが、憂鬱な気持ちを抱えていた。
先程から煩いとさえ感じるクラスメートの視線。なんなんだとこちらから視線を送っても、無言で善い笑顔を返されるだけ。
全く何なのさ。ほんと、僕の居ない間に何があったの?
思うも、もう聞いている時間は無い。
こうなったらさっさと終わらせて皆を問い詰めよう。
津島は決意し、舞台裏にある時計に視線を送った。
開演四分前。
観客席では、観客たちが小さな騒めきと共に、開演を待っていた。
騒めきの内容は、やれどれ程のクオリティなのか、だの。主演の津島君はどれ位出てくるのか、だの。写真撮影ってオッケー何だっけ?だのと、何とも文化祭らしいものだ。
しかしその中には、少しばかり珍しい囁き声が混じっていた。
「なんだろう?あの人たち」
「他のクラスの演劇の人? でもあんな雰囲気の劇有ったっけ?」
「高校生じゃないのかな? コスプレイヤー?」
「男の方の服ダッサ」
彼らの視線は体育館後方、ステージから見て右奥の隅に集まっていた。
そこに居るのは、二人の人間。
否、人間という表現は正しくはない。何故なら、彼女らは正真正銘の妖怪なのだから。
一人目は、暗い体育館からでも良く分かる白い長髪に水色の目を持ち、着物と袴を着た女性。頭には白い狐耳と、腰には白い狐の尻尾が九本生えている。
二人目は対称的に、体育館の影に紛れそうなほどに黒い、しかし白髪交じりの髪を持つ青年。こちらは耳と尻尾こそ生えていないものの、ポロシャツに短パン長外套と、何とも悪い意味で目立つ格好をしていた。
この文化祭会場にこんな格好をしている二人組は一組しかいない。一組居れば十分である。
周りから好奇の目で見られているとはつゆ知らず、二人は小さな声で会話をしていた。
「いやー楽しみだねえショウセイ君」
「小生の名前はショウセイではない! と何回いえば分かるのだこの記憶障害狐っ。全く、何故小生がこのような人間だらけの場所に座らねばならんのだ」
「ちょ、ちょっと待って。記憶障害狐ってすごく面白いのだけれど。一体どこで習ったの? もしかして林太郎さん? それとも語彙力のあんまりない筈のショウセイ君が私にいう為だけに態々考えて呉れたって痛っ」
「煩いわっ。同時に複数ボケるなっ。小生では突っ込み切れんだろうがっ」
「殴るなんて酷いよショウセイ君」
「小生の名前はショウセイではないっ」
開演二分前。
体育館の天井裏、普段人間が絶対に入らないような所には、二体の妖怪が潜んでいた。
そっくりな見た目をした、人型の、少年のような見た目の妖怪である。
赤味の肌。丁度頭の中心で左右に色が分かれる焦げ茶と赤茶色の髪は、外側に広がりツンツンと跳ねている。服は平安時代に出てくるような、白い狩衣。そして藍色の目、その片方には十字模様。
二人に唯一違うところがあるとすれば、髪と目の左右の違いだろうか。髪は左右で配色が、目は十字の入った片目の位置が、二人はそれぞれ逆だった。
「そろそろだね、紅平」
右側に焦げ茶と十字を持つ方が、心底楽しみだと言うように言った。
見た目通りの高い、少年のような声である。
「そうだね、藍平」
紅平と呼ばれた、左側に焦げ茶と十字を持つ方が答えた。
藍平と呼ばれた少年よりも少し低い、だがよく聞かねば分からないほどの違いしかない、そんな子供の声だった。
「ふふふふ」
「はははは」
二人は会話を終えると、不気味に、そして静かに笑いあった。
……あ、これ伏線ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます