始まる

 十二時。


 丁度正午ぴったりに、一年四組の緞帳は上がった。


 シーンは回想から始まる。

 子狐が人間に助けられ、面倒を見ている最中に人間が子狐に話し掛けるシーンである。


「だから、君が長生きをして妖怪に成った日には、一度でいいから私の元に戻ってきてくれないか」


 人間役のクラスメートが言い切ると、白いポメラニアンが舞台袖へ走って行った。


 子狐の代用が小型犬である。しかもポメラニアンである。


 しょうがないじゃないか、増田さんが白いポメラニアン飼っていたんだから。どうしても出したいって藤樫さんに泣きついちゃったんだから。


 とまあそんなことはさておき、劇は序盤から順調に進行した。


 観客は静かであったし、大きなミスも発生しなかった。

 如何やら観客も一年四組の面々も、上手く劇の世界に入ってくれた様だ。


 よし!


 と、藤樫は舞台袖で密かに思った。


 観客は床の約八割を埋め、ガヤガヤと騒ぎ立てるようなものは居ない。

 クラスメートも集中していて、更に一番心配だった津島は大人しくなった。

 これからよっぽど大きなミスがない限りは、劇は大成功に終わるだろう。


 そしてその分なら明日も成功して、きっと文化祭はクラスメートと笑いあって終幕を迎え、更には文化祭来場者対象に行われている「面白かったクラス出し物投票」でナンバーワンも取り、親にも褒められ、高校一年目から全力で青春を謳歌するのだ。


 若しかしたら来年の文化祭も、「元四組学級委員の藤樫さんが居るんだ、この人を中心に演劇をやろう!」と言われたり、まだ見ぬ後輩に、「実は一年四組の劇、特に藤樫さんを見てこの学校に入ったんです」と言われたりしてしまうんじゃないかしらうふふふふふふふ。


 と、藤樫は人知れず誰もが一度はするような皮算用をした。




 時間は飛んで十二時十五分。

 劇はいよいよ進み、観客も序盤より多く、更には世界に引き込まれてきた時間帯。


 シーンは序盤の回想シーンから、約五十年時を経た山の中へと進んだ。


 主人公が完全な妖怪になる為の最後の試練をしている場面、そのラストである。


 最後の試練は、夕日が落ちるまでに罠満載の山を麓から登り、山頂にある旗を取ってまたスタート地点に戻る、というもの。


 主人公は旗を取り麓へ急ぐものの、最後に柏村演じる同期の狐に行く手を阻まれてしまい、二人の戦いが始まる。


 同期との熱い戦い(取っ組み合い)の末主人公は勝利した! 然し悲しい哉、スタート地点に戻るほんの一歩手前で、夕日が沈んでしまった。


「嗚呼! あと一歩、ほんの一歩で僕は貴女に届かないのか…! しかし諦めるものか、この手が届くまで、僕は何度でも試練に挑もう!」


 主人公役の津島が、大人顔負けの演技力で言った。


 因みにこのシーン、練習回数一回。何故だ、何故こいつは何でも出来るのだ。


 津島の名演技ぶりに、観客席の女子(主に一年生以外)がぽうっと顔を赤くした。


 一方、体育館の隅に居る妖怪二人は。


「おい、この茶番は一体いつ終わるのだ」


「ショウセイ君、ちょっと黙って。三七十の台詞が聞こえなくなるから」


 綿雪は劇が始まった途端急に静かになり非常に集中して劇を見ている。特に津島の出番の集中振りは尋常ではない。


 普段お茶らけている綿雪がなぜこうも真剣なのか、我鬼には理解できなかった。


 むしろ静かすぎて怖い。何なのだこの狐は。


「全く、あの人間の何処が貴様を引き付けているのか……」


 綿雪に文句の言われない声量で我鬼が呟いた時、舞台上に先程登場した藤樫が、担当の台詞を言った。


「ヨクヤッタ! 御前ハ合格ダ!」


 あーあー棒読みになっているよ藤樫さん。

 如何やら緊張で台詞に抑揚をつける余裕がないらしい。


「何だあの大根役者は」


 止めて我鬼さん。頑張っているのだから本当の事を言わないであげて。台詞間違えていないだけ善いじゃない。


「しかし師匠、僕は刻限までに戻れませんでした! 何故合格なのです?」


「確かに私ハ夕日が落チルマデニ戻って来いと言った。しかしソレデ合格だとは言ってイナイ! この試練で量るノハ御前の熱意! どれ程妖怪にナリタイカという、思い!」


 あ、ちょっと良くなってきた。頑張れ藤樫さん。


「御前の思い確カニ見せてもらった!御前ハ合格だ!」


 藤樫はそう何とか言い切ると、這いつくばっている津島に手をかざした。途端、津島の体が青く光る。


 因みにこれは津島の近くの草むらにあらかじめライトを仕掛けておき、藤樫が手を翳した瞬間にライトを点灯させることで光って居るように見せているだけである。機材費一万円也。


 暫くして光が収まると、藤樫がまた言った。


「これで御前は晴れて妖怪ダ! 体力も回復させておいたから、行きたいトコロに行ってくるがいい!」


「……! はい!!」


 台本・主人公、師匠の気遣いに泣き笑い。

 現実・津島、藤樫の緊張ぶりに耐え切れず笑う、ついでに演技で泣く。


 因みに観客にはストーリーと津島の演技力補正でちゃんと感動的な台本の通りに感じているからなんの問題もない。ない筈。


 ああ、善かったね、ちゃんと妖怪に成れたんだね、これでやっとあの人に会いに行けるね。


 観客はほとんどがそう思った。


 因みに台本ではこの後、主人公が人間の居た場所に行き人間を見つけるが実はそれは主人公を助けた人間の孫で、本当の人間は老衰、もう殆ど自分では何もできずに病院で寝たきり、更に最近は一向に目を覚まさず、もう無理でしょうと医者にも言われていた。

 そんな状態でも祖母に会うのか、貴方の事はもう覚えていないのかもしれないのに、そういわれるも、主人公は会うことを決意、孫に連れられ病院に行くと、矢張り人間の意識は戻っておらず、主人公は寝ている人間の手を握り人間の顔に涙を落とす。

 すると何と言う事だろうか人間は目を覚まし、「ああ、久しぶりだね」と言い残し亡くなる。 


 というまあまあな感動展開が待っている。


 え? 何故今そんなネタバレを言うのか?



 そんなの、これから話の展開がぶち壊れるからに決まっている。


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