朝、白狐と少年
翌日明朝。
横浜のとある町のとある一軒家。其の二階のとある部屋で、津島三七十は睡眠をとっていた。
現在時刻は四時五十三分。結構早い時間である。
そしてお察しの通り、部屋には不法侵入してきた綿雪が居る。
今の姿は昨日の朝と同じく着物に袴だ。耳と尻尾も変わらずにくっついている。
なんかもうナチュラルに入ってきているが、不法侵入は犯罪なのでやってはいけない。皆様お気を付けて。
綿雪はまたもや窓から現れると、滑るように布団に近づき_____ストン。と、布団の端に腰を下ろした。
一体何があったのだろう。この悪戯好きで常に人に何等かのちょっかいをかけている妖怪が静かに座っているなど中々無いことだ。熱でもあるのだろうか?
綿雪はそのまま、暫く布団に座って津島の顔を見ていた。
が、いつまでもそうしているなんてことはなく。
ふと何時もの悪戯好きの顔に戻り、自分の尻尾を一本、津島の顔に乗せた。
五秒拍経った。津島が身じろぎした。
七秒経った。津島が尻尾を退(ど)かそうと動いた。退かせなかった。
十秒経った。綿雪が尻尾をもう一本乗っけた。呼吸が苦しくなってきた。
十七秒経った。津島がついに起き、叫んだ。
「……ぷはあっ! な、何何?!!」
困惑顔で周りを見回す津島。そんな津島に、綿雪はいつもと変わらない調子で話しかける。
「はっはっはっは。起きたかい?」
「え? は? 今夢の中で溺れかけたんだけど?!」
「おー。珍しい夢を見られたじゃないか。私のお陰だな」
「え? 君の仕業!? 何したの? なんか苦しかったんだけど!」
「なに、ちょっと尻尾を乗っけていただけだとも」
「はあ? 何して呉れるのさ!!」
朝からお元気な事である。
津島は少々不満そうに口を尖らせたが、時計の指す時間を見ると、直ぐに布団に戻った。
そしてそのまま文句を言う。
「と云うか、まだ五時にもなってないじゃないか! 僕はもう一回寝るからね」
「相変わらずと云うかなんと言うか、君は寝るのが好きだよねえ」
綿雪が呆れて言った。
この時間に起こされたら結構な人が二度寝を敢行すると思うが気のせいだろうか。まあ気のせいだろう。うん。
「寝るのが楽しみの一つだからね。何も考えなくていいし、疲れないし、最高だよ。と言っても、最近誰かさんのせいでなかなか取れてないけど……」
「いや、君が毎日バッチリ十二時間くらい寝ているのを私は知っているぞ。宿題とかしないで」
「それとはまた別なの! あーもう、何だかんだ色んな事に巻き込んで……あ」
文句を垂れ流していた津島に、ふと疑問が浮かんだ。
正確には疑問を思い出した、と云う方が正しいかもしれない。
「うん? どうかしたのかい?」
綿雪が上から津島の顔を覗き込む。その顔に向け津島は尋ねた。
「そう云えば……なんで昨日直ぐに七不思議の解決に行かなかったの? 何時もは思いついたら直ぐに行動するじゃない」
そう。今迄の綿雪の行動から考えるのならば、二日も期間を開けるのは珍しい。いつもは行動がもっと早いのである。
まあ、唐突過ぎて周りは困惑しかしないのだが。
「あー」綿雪が意外そうな顔をした。「そこに気が付くとは、なかなかやるねえ」
困ったな。と云う風に苦笑いを零し、首を傾げる綿雪。
「え? 何? 言いにくいこと?」
「んー別にー?」
言うと、綿雪は一拍空け、先程よりもかなり明るい声で続けた。
「……翌日学校の日の夜遅くに、生徒を連れだすわけにはいかないじゃあないかっ」
ズコッ。と津島が立っていたらずっこけていたであろう。実際自分はずっこけた。
「何だい? その不服そうな顔は」
「いや、意外と理由がしょぼかったというか、うん……君にも人をいたわる気持ちがあったんだなあ、と思って」
失礼な。と、今度は綿雪が不満顔になった。
「私にもそのくらいあるとも。馬鹿にしないでくれ給え。まあ、他にも理由はあるけどね。準備とかもあるし」
抗議をする綿雪。だが津島は眠いらしく、そのままうとうとと目を細める。
「ああ、そう……じゃあ僕もう寝るから」
「お? 眠そうだね。尻尾使う?」
「使わない」
何をされるか分かったもんじゃない。
と綿雪の言葉を跳ねのけると、そのまま目を瞑る。
「全く………………キミは好……ったのに……」
津島は知らない。
その時の綿雪の表情も、言葉も、声に含まれた追慕の念も。
津島を起こす前、懐かしそうな目で、何処か遠くを見つめていたことも。
全ては、瞼(まぶた)の帷(とばり)に隠されて。
……ついでに、その後油性ペンで顔に落書きをされたことも。
今はまだ、知らない。
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