第五と第六の七不思議、動く人体模型と引きずり込まれる物理室
何かなあ……。
微妙な気持ちを抱えながら、津島は三人と共に廊下を歩く。
現在彼らは、次の七不思議『引きずり込まれる物理室』と、『廊下を歩く人体模型』の真偽を確かめるため、三階南棟の生物室と物理室に行こうとしている。二つの教室は向かい合って存在しているため、音楽室の時と同じく一気に確認できるのだ。
そんな中、津島は今夜の出来事を思い出す。
妖に、幽霊か……なんか、どっちも訳が分からないままに解決しちゃったな……。
綿雪から突発的最低限の説明はあったにはあったのだが、あれですんなり納得しろとは無理がある話だ。
そう云えば……と、津島は前を歩く綿雪と我鬼に視線を向けた。
今まで成り行きで何とか成ってたけど、僕、妖怪の事もあまり知らないのだよね……。
綿雪に振り回されてもう二か月経つけど……本当に知らないことが多いや。
津島とて、この二か月で妖怪について多少理解はしている。
長生きであること、超能力的な何かを持っている事、身体能力が高いこと、物を食べなくても生きていけるらしいこと、綿雪と我鬼以外にも、如何やら何体か存在しているらしいこと。
しかし、それだけだ。
本質的な事は大して掴めていない。これでは広〇苑にも載せられないだろう。ウィ〇ペディアにだって書き込めないに違いない。
我鬼がこの町に来た理由とて、今日初めて知ったのだ。
今までは、それで何とかなっていた。
だが……これから曲がりなりにも関わっていくと言うのに、それは果たしてどうなのだろうか。
本当に、このままで良いのだろうか。
少なくとも知っておけば、何かが変わるのでは無いだろうか。
……止めた。めんどくさい。
ここまで考えて、津島は思考を放棄した。
そもそも何時まで一緒に居るのかも分からない上、今までも何とかなって来たのだ。綿雪達については聞きたいときに聞けば良い。それで問題ないだろう。
そう結論付け前を見ると、いつの間にやら目的の南棟三階に到着していた。
「というか先生って一体何者なんですか? やけに怪談に冷静だし、なんか詳しいし……もしかして、先生も悪霊退治のエキスパート!?」
「え? 否否まさか。私は只の知識のある素人だよ。あんまり強いのは倒せないし」
「弱いのは倒せるんですか?!」
いつの間にか津島の目の前でそんな会話が繰り広げられていた。如何やら奈都が綿雪を質問攻めにしているらしい。
のらりくらりと質問を躱す様に答える綿雪を、何故か我鬼が睨んでいる。顔には「下手な事を言ったら殺す」と書いてあるようだった。
と云うか、先輩に話したり見られたりする分には良いのか……?
そう疑問に思っていると、綿雪が話題を逸らす様に言った。
「あ、ほらほら生物室。人体模型はあるかな?」
「えっ!」
如何やら今初めて気が付いたらしく、奈都はバッと我鬼の後ろに隠れた。如何やらテケテケの件ですっかり懐かれたらしい。
「どどど如何ですか先生っ。あります? あります?!」
言われて、綿雪は生物室を覗き込む。そして言った。
「んー。そもそも何処にあるのやら……」
「お、奥です奥! 右扉のガラスからギリギリ見えるところです!」
どれどれと奥を覗くと、そこには確かに人体模型があった。
「ちゃんとあったよー。只の噂だったみたいだねえ」
「……良かったあ」
綿雪の報告に、奈都がほっと息を吐いた。
今まで少しばかりショッキングなものを立て続けに見たので、ゆっくりとした展開に安心したのである。
まあ立て続けに何個も見ていたら疲れるだろう。ちょっとした休憩時間のような物である。
まあ、立て続けに休むことも出来ないのだが。
奈都は息を吐くと、よし、と気合を入れた。
「よし! じゃあ物理室もさっさと終わらせましょう! あと多くても三つ! 早く終わらせて帰るぞー」
「おーっ」
賛同したのは津島だけだったが、奈都はルンルンとした気持ちで我鬼の背中から離れ、物理室を振り向いた。
彼女は立て続けの出来事に在る事を忘れていたのだが、次の瞬間にそれを思い出した。
ゆらり。
という、物理室の扉を横切った、触手状の影を見て。
……あれえ可笑しいなあなんかいるぞぉ。
彼女は思い出した。この怪談、『引きずり込まれる物理室』には、被害者が存在するという事を。
「ああああああ何かいる何かいる我鬼君なんかいるよ人じゃないなんかが!」
奈都は叫んだ。ついでに再度我鬼の後ろに隠れた。
「嗚呼、妖か」
叫ばれた我鬼は冷静に言うと、背中のバット入れから剣を抜く。そのまま鞘からも抜剣し、ズカズカと言う効果音が付きそうな歩みで、物理室の扉へ近づいた。
あっさりとおいて行かれた奈都は、他に行くところも無くワタワタとする。
な、なに? 躊躇がない。さすがプロ……でも置いて行かないでほしかった……。
そんなことを思いながら、我鬼の背中を見送る奈都。
そんな彼女の耳に、津島と綿雪の会話が聞こえた。
「なんか……テケテケより強そうだけど、大丈夫?」
「ん? ……あー、うん。さっきのより強いね、あれ」
「えっ」奈都は思わず会話に乱入した。「強いってどの位……」
我鬼が強いのは知っているが、なまじ強さの基準が分からないため、少し心配になったのだ。
「ああ、えーと……テケテケの五倍くらい?」
物理室の中に目を凝らしながら、綿雪は答えた。
「えっ五倍!? それ結構強くないですか?」
「あーうん。そうだね」
もしかしてこれ、手助けなりなんなりした方が良いんじゃ……。
そう考えたところでガラガラと扉が開き、我鬼が教室に入って行った。ちらっと見た時に大量の黒手が生えた丸いシルエットが見え、奈都の不安を更に掻き立てる。
奈都が不安な顔で俯いていると、綿雪がけらけらと言った。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。テケテケの五倍って言ったって、あのテケテケ相当弱かったし。あれなら君たち二人でも倒せるよ」
それは無理。
そう生徒二人の心が一致した時、綿雪が続けて言った。
「それに、ショウセイ君に勝てる妖なんて居ないよ」
確固たる信頼の元に紡がれた言葉に、生徒二人が驚きを表現しようとしたその時。
「ぼえjr!! がえいおgヵjべおtfj……!」
意味不明な言葉を放つ断末魔が響いた。
ビクッとなり、奈都が物理室の扉に目を向けると……丁度我鬼が外に出て扉を閉めるところだった。
その様子は、まるで家から出かける時のような自然体である。
そんな彼に、綿雪が話し掛けた。
「お疲れ様。剣何振りで倒せた?」
その言葉に我鬼は「何を言っている」と渋い顔をし、言い放った。
「あの程度、懐に一太刀を叩き込めば済むであろうが」
行くぞ。と云って、我鬼は次の目的地の二階渡り廊下へ向かう。
その後ろ姿を追いかけながら、綿雪がウィンクをして、
「ほら、大丈夫でしょう?」
と言った。
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