第七の七不思議 真夜中の渡り廊下




「さてと」


 渡り廊下の一歩手前と言う所で、綿雪が立ち止り声を上げた。


「次は七つ目の七不思議なわけだけれど、これは確か、歌声に釣られて渡り廊下に行くと連れ去られてしまう……と言うので良いのだよね?」


 そんな彼女の問いに、情報係の奈都が返答する。


「はい。物理室のものと同じように、具体的に被害が出て居るものでもあります」


「うーん。だよねえ」


「どうかしたんですか?」


 奈都が不思議そうに聞いた。


「否ーうーん、あー。いや、何でもない。一応二人は、渡したお守りを手に持っておいて」


 嗚呼、あの変な絵の奴か……。

 そう思いつつ、津島は疑問をぶつける。


「いきなりどうしたのさ」


「まあ。うん。その時に成ったら説明するよ」


 はあ。

 そう相槌を打ちつつ、二人は貰った変てこなストラップを手に持って置く。


 そして、津島一行は第七の七不思議へと向かった。





 目的地に着くと、生徒二人は目の前の光景に背筋を凍らせた。


 我鬼は無言で剣を抜き、綿雪は「やっぱりなあ」と嘆息する。


 そこに居たのは、宙に浮きながら女性の歌声を発する、青白くグロテスクな、生きた球体だった。


 球体と言っても、ビー玉のような綺麗な形ではない。

 肉々しい体は白い脳のように入り組んだ構造をしており、表面は柔らかいゴムの様にブヨブヨとしている。所々からは細い血管のような物が生え、うねうねと動いている。


 触手の塊。


 そう表現するのが最も正しいような、ナニカ。


 それが、第七の七不思議の正体だった。




「あれ……何?」


 それを見て津島が声を上げた。綿雪が答える。


「『怪異』だよ。あれが」


 そう言うと、また綿雪はため息を吐いた。

 彼女曰く、怪異とは悪霊と呼ばれるものだという。そして、津島の解釈が正しければ


「あれが、山奈子(たかなし)さんがなったかもしれないもの……」


「そう。幽霊の、人間の成れの果て」


 成仏してくれて良かった。そう、津島と奈都は心から思った。それほどまでに、目の前の生物は禍々しかった。


「お守りを手放さないでね。今はそれに守られているけど、離したら|持って(・・・) |いかれる(・・・・) |よ(・) 」


 何を? とは聞けなかった。

 解説が終わると、我鬼が前へと進み出る。


「行ってくる」


 そう一言言うと、剣を片手に床を蹴った。ダッという効果音とともに、彼の身体が加速し、五メートル以上の距離を一息に詰める。


 怪異も我鬼に気が付いたのか、行動に出る。怪異の身体中から何かが伸びた。

 それは、手だった。

 真っ白な手が、一斉に我鬼に殺到する。


 しかし我鬼は臆することなく左に飛び、その攻撃を避けた。

 高速で飛んでくる手の大群を避け乍(なが)ら、相手の動向を観察する。




 一連の様子を見て、奈都と津島は綿雪に詰め寄った。


「ちょ……先生、我鬼君大丈夫ですか?」


「なんか今までよりも苦戦してない?」


 今までほぼワンパンで倒していたためそう見えるだけかもしれないが、二人は割と我鬼の事を心配していた。

 焦る二人に対し、綿雪は淡々と答えた。


「まあ……怪異って基本妖の百倍くらい強いからねえ。様子を見ているのだと思うよ? 基本超能力みたいなの持っているし」


「それ大丈夫なの!?」


 百倍って、いくら今までワンパンだからってやばいんじゃ……。

 二人がそう思った時、綿雪がからころと笑って言った。



「大丈夫大丈夫。だってショウセイ君だよ?」



 相手の攻撃を六回避けた後、我鬼は改めて距離を詰める。攻撃や回避を繰り返すうちに、相手の行動パターンが読めてきた。



「彼の持っている『陽天龍剣』は、実は怪異(・・)専用(・・)の武器なのだよ。実は普通のものに対する切れ味って全然無いの」



 攻撃は単調なものしかなく、カウンター系の技や能力も殆どない。

 それが判ると、やってくる手の大群に斬撃を浴びせながら、彼は本体の球体へと迫った。


 

「でも妖はザックザック切れるし、紗季ちゃんにやろうとしたように幽霊も怪異も祓える。極めつけは—————」



 我鬼が本体迄残り二メートルと言うところで剣を構えると、刀身が赤く輝きだした。



「——怪異相手なら、他の物の何倍もの切れ味と威力を持つ」



 一閃。

 我鬼の振り抜いた剣は怪異本体に触れず、手前の空間を切ったように見えた。


 然しながら、次の瞬間怪異は行動を停止する。

 次の瞬間、赤光とともに本体が二等分された。


「ぎいいいいいいいいいいいいいいい!」


 怪異は青白い光を放ちながら消失。

 断末魔を聞きながら、奈都と津島は呆然と我鬼を見つめていた。我鬼が剣を鞘に仕舞い戻ってくると、二人の台詞がシンクロする。


「「我鬼さんパネエ……」」


 無事、第七の七不思議も解決した。





「それにしても……我鬼さんって強かったんだなねえ……」


 怪異の消失後、一階へと降りていく階段の中で、津島が感慨深そうに言った。


「何を言っているのだい? 文化祭の活躍はもう見ているだろう?」


「いや、そうなんだけどさ……それとこれとは話が別と云うか……何というか」


 あれは素手だったし……。

 結構苦戦してたし……。


 前にも書いたが、我鬼は転校してくる前、既にこの高校の文化祭に来ている。

 もっとも目的は遊びに来たわけでは無く、文化祭に紛れ込んでいた妖怪を連行する、というものであった気がするが。


 そしてその時、その妖怪(天狗の双子)が体育館で暴れ出した。故に我鬼は叩きのめそうとしたのだが……その時は相手が素早かったこともあり、かなり苦戦していた。


 故に津島の中で我鬼はそんなに凄い人としては認識されていなかった。まあ身体能力が高いのは知っていたが。


「ショウセイ君は意外と少年漫画みたいな性格しているからね。あの双子は身内みたいなものだし……同種族仲間に甘いのだよねえ。ショウセイ君」


「小生の名前はショウセイではない。後ろでも聞こえて居るぞ」


 ここで、前を歩いていた我鬼がいつも通りのツッコミを入れる。やはりツッコむのはそこらしい。


 「今年の文化祭といえば」奈都が会話に参加した。「なんか体育館が壊れたって言っていたよね。私風邪で休んでたから、詳しいことは知らないんだけど」


 ギク。


 と、津島と我鬼の表情が固まった。因みにここには壊した妖怪二人と、協力した人間一人が揃っている。

 一方、綿雪はいけしゃあしゃあと「そんなこともあったねえ」と言っている。多分地味に一番壊していた奴が。


 ホラーな空間にいる割にメンバーの会話は和やかである。綿雪と我鬼は元々だが、津島と奈都は案外ハラハラしていた節があった。恐らく我鬼の活躍を見て、この人と一緒なら大丈夫だ、多分。とでも思ったのだろう。

 適当な雑談が終わったところで、奈都が声を上げた。


「それにしても先生、次は遂に八つ目ですね! これで終わりですよおわり!」


 そう、この学校の七不思議は七つで終わりではない。知ると不幸に成るという八つ目も解決しなければならないのだ。読者のほとんどの皆様は覚えていてくれたとは思うが、実は自分は忘れていた。アッハッハッハ。


 ……失礼、深夜テンションだった。


「……花子さんの時は滅茶苦茶ビビってたのに、何で今はそんなにハイテンションなの? 君」


「だって我鬼様がいますから! きっと今度も余裕ですよ!」


「待って? いつの間に我鬼『様』になったの? さっきまで君付けだったよね?」


 綿雪が突っ込むと、奈都が興奮したように言った。


「だっって……! あの動き見ました? もう人間レベルじゃないですよ! 様付けするしかないじゃないですか!!」


「君さては好きなものを崇拝するタイプだな?」


 綿雪は冷静に突っ込みつつ、「それにしても」と続けた。


「八つ目って何処に在るのだろうね?」


 先ほどからなんとなく全部の階は回っていただが、それらしい気配のする場所は無かった。だとしたら別の場所……グラウンドなどだろうか。


 綿雪が思案に呉れていると、意外な事に津島から提案があった。


「体育館は? 前口説いた先輩が、体育館で人が消えたみたいなことを言っていたけど」


 「……何だって?」綿雪が驚いたように津島の顔を見た。「君の趣味も、案外捨てたものじゃあないね」


 褒められたことが嬉しかったのか、津島が調子に乗って言う。


「でしょう? だから情報収集のためにも同好会の活動時間を減らすべきだと……」

「却下」


 綿雪は即一蹴すると、「じゃあ行きますか」と言った。


 一行は体育館へ向かう。


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