第一の七不思議 トイレの花子さん


 四階北棟廊下の突き当りにある、女子トイレ前。

 彼等は早速そこを調べ……られていなかった。


「え、え、ほんとに行くんですかもうちょっと後でもいいでしょ先生。ほんとちょっと待ってお願いだから心の準備をさせて下さい。お願いしますまじお願いします」


 理由は簡単、奈都がこのようにぐずって居るからである。

 奈都は早口で捲し立て、その手を綿雪の洋服の裾にしがみついかせている。


 状況をちゃんと説明しよう。女子トイレ前に着いた一同は、一つ目のトイレの花子さんの真偽を確かめるため、噂通りに扉を叩こうとしているのだ。

 が、叩こうとトイレに入りかけたところで、奈都が「やっぱり怖い」と泣きついているのである。


 奈都は綿雪に半分引きずられながら、目からは涙をこぼし鼻からは鼻水を垂らして必死に縋りついている。


 女子トイレの前で美女に泣きつく少女の図は非常にシュールである。因みに男子二人はどうすれば良いのか分からずにいる。


「ええ、早くしないと夜が明けちゃうよ」


 綿雪が呆れて言った。


「夜が明けるまであと六時間以上ありますよ! もっと待っても大丈夫ですきっと!!」


 屁理屈を返す奈都に、綿雪はどうしたものかと思案を巡らせる。

 そして妥協案を思いつき、奈都に提案する。


「じゃあ私が開けるからさ、君は二人の後ろに隠れて居給えよ」


 然しそれは駄目らしく。


「だ、大丈夫ですそう言う事なら行きます!」


 と、意地になって震えながら答える。


「そ、そう」


 奈都はガタガタと震えながら、抜き足差し足へっぴり腰で、目的のドアの前まで移動していく。


 右側、手前から二番目のドア。


 そろり、そろりと近づき、がくがくと震える手で扉を叩こうとして……やっぱり無理だった。


「ああああやっぱりあと五分待ちましょう、そうしましょうお願いしますお願いします」


 涙を流しながら嘆願する奈都であったが、流石に我慢が切れたのだろうか、綿雪は


「無理」


 と言いながら扉を叩き、大声で「花子っさーん!」と言った。意外と言い方がノリノリである。


「ぎゃあ!!」


 途端、奈都が全力で綿雪を引っ張って逃げようとする。


「無理無理無理無理むりむりむり逃げますよ先生捕まったら終わりです駄目です無理です逃げましょうムリムリムリムリムリ」


 奈都は暫く目を瞑って綿雪を引っ張っていたが、ふとそこに我鬼から声が掛かった。


「おい。何も出て来ないぞ」


 え? と思い目を開けると、トイレの扉は開いておらず、中から声も聞こえてこない。


「……な、んだ。良かったあ……」


 心底安心した声を上げた奈都は、うん? とそこで疑問を持った。

 全力で引っ張ったのに、何で先生微動だにしてないの?




「いやあ、トイレの花子さんは只の噂だったみたいだね。良かったよかった」


「はあっはあっ……疲れた……」


 にこやかに宣言する綿雪と、息を切らしながら廊下に這いつくばる奈都。一つ目でこの体力の消費具合である。ほんとに大丈夫か? と疑いたくなるが、多分大丈夫ではない。


 この人こんなに怖がるのに何で来たんだろう?

 そう思いながら、津島は奈都に声をかける。


「大丈夫ですか? 先輩」


「だっ、大丈夫。次行こう、次」


 強気に言いつつも立ち上がれない奈都に手を貸しながら、津島はふと廊下を見た。


 別段理由があったわけでは無い。強いて言うなれば、次に向かう音楽室への道を、無意識に確認したのだろう。


 そして、ソレを視認した。

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