第二の七不思議 テケテケ


 それは、少女だった。


 荒れた黒髪は顔を隠すように広がり、露出している肌は雪のように白い。黒いセーラー服の上着には、鮮血のように真っ赤なタイが締められている。


 それだけでも十分に異常な雰囲気だったが……更なる異形性が、それのその雰囲気を更に引き立てていた。


 それには、下半身が・・・・無かった・・・・


 両手(・・)で地を踏みしめて立っていたのである。




 テケテケ。

 冬の踏切で電車に曳かれ、上半身と下半身を切断された少女の怨霊。

 廊下を時速百キロメートルで疾駆し、会った者の下半身を奪わんと追いかけてくる、上半身のみの狩猟(ハン)者(ター)。




 津島の視線を追い、奈都も彼女を見た。


 獲物に気が付き、それが顔を上げる。


 黒髪の隙間から除く顔に浮かんでいたのは―――――――不気味な程にニンマリとした、粘着質の笑顔だった。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」

「うわあああああああああああああ!!!!!」


 笑顔を見た奈都と津島が叫び、テケテケが加速を開始する。


 二人の叫びを聞き、我鬼と綿雪がそれの存在に気付いた。


『ldヴぉっをりぇtgfんbヴぇあおkrgvn!!!!』


 意味不明な言葉を叫びながら走るテケテケ。高速で走るそれは、あっという間にこちらとの距離を縮めてくる。


 こんな早くに出るなんて聞いてないっ!!


 奈都が心の中で叫んだ時、我鬼が彼女の前に出た。


 その右手が伸びるのはバット入れ、いつの間にやら開いた口の中からは、何か棒状のものが覗いている。


 ……柄(つか)……?


 奈都が認識した時にはもう、我鬼はそれを握っていた。

 亜音速で行われる、鞘ごとの抜剣。


 我鬼は剣を上に引き抜き、その態勢のまま上段に構える。そして次の瞬間、走りくる少女の怪談に、躊躇なく振り下ろした。


 抜剣から一切の無駄なく行われた、右上段切り。


 鞘ごと行われたそれは、テケテケの頭に正確に当たり———————やって来た脅威を、いとも簡単に真っ二つにした。


 ……は、はい?


 生徒二人はあっけらかんと口を開け、その様子を見入っていた。

 彼らが見たのは、剣を構えた姿と、振り下ろした姿のみ。


 二人が見つめる中、切られたテケテケは黒く霧散して消える。


 余りにも呆気なく、怪談の一つは解決された。




「ええええっ! ちょ、ちょっと待って!! ちょっと待って我鬼君! 今の何? 今の何?!」


 剣をバット入れに戻す我鬼に向かって、奈都が驚くほどの勢いで駆け寄った。それに驚き、我鬼が後ずさりをする。


「なっ……何でも良いだろう、別に」


「良くない! 良くないよ全然!! ちゃんと説明して!」


 目を輝かせ見つめてくる奈都に焦る我鬼。普段なかなか見ることのない我鬼の焦り顔である。良いぞ、もっとやれ。


 我鬼が助けを求めて綿雪と津島を見た。綿雪はにやにやとし、津島は見捨てる様に目を逸らした。我鬼は二人とも後で殴ると決めた。


「その剣何なの? 剣道出来たの? あれはやっぱり七不思議だよね? 戦えるものなの? その剣が特殊なの? 我鬼君そもそも何……」


 相手に回答の余裕すら与えない質問攻めである。我鬼は段々と後ずさりをしており、奈都は詰め寄ることを止めない。最終的に我鬼は壁際迄追い詰められた。なんか壁ドンのような風景である。


「あ、否、あ」


 我鬼、相手の勢いに押されて「あ」と「否」しか言えていない。


 か、顔が近い……!


 ピュアなのかそんなことを気にしている。

 流石に可哀想になって来たのか、綿雪が声を上げた。


「それは私が説明しよう!」


 堂々と一歩前に進みながら、役者染みた台詞を言っている。


 津島が「うえ……」という顔をした。


 ……綿雪がこういう喋り方する時って、大体碌な事言わないのだよねえ。


 綿雪の言葉に奈都はバっと振り向いた。こちらも自分の世界に入っているのか、反応が大袈裟である。


「水浅葱先生……! 何か知ってるんですか?」


 言うと、今度は綿雪に詰め寄り、質問を投げかける。


 綿雪はそれに怯む事無く、まるで用意したかのような台詞を言い出した。因みに滅茶苦茶キャラを作ったような感じで。


「彼の名は我鬼羽立! 普段は目つきの悪い只の男子高校生だが、その真の姿はなんと一般人を怪奇現象から守るエキスパート、『ショウセイ』!! 彼が転校してきた真の目的は、この町に巣喰う怪奇現象を退治することだったのだっ!!」


 テレビアニメの冒頭部分か!!!

 いや待て、明らかにそういう感じじゃないぞ。なんか一昨日の夜に調査で来たって言っていたぞ!?


「な、なんですとー!?」


 奈都がなんか滅茶苦茶驚いている。

 奇妙(おか)しい、彼女はこういうキャラじゃない筈である。如何やら先程の我鬼の剣技を見てテンションが上がっているらしい。


 否それはこの際善いのだが……果たして我鬼はこの説明で良いのだろうか。色々間違っている気がするのは気のせいだろうか。


 「……おい」と、我鬼が怒気を含む声で言う。綿雪の変な説明に怒っているに違いない。


 我鬼は腕をわなわなと震わせ、叫んだ。


「只の目つきの悪い高校生とはなんだ!! あと小生に『ショウセイ』などと云う任務名は無い!!! 取り消せ!」


「怒るのはそっちなの!?」


 津島が突っ込んだ。ほんとだよ。なんでそっちなんだ。


 男子二人の叫びは無視して、綿雪の無茶苦茶な説明は続く。


「彼が手に握るのは『陽(よう)天龍(てんりゅう)剣(けん)』!! またの名を『魔(ま)銅(どう)剣(けん)・絶殺隠(ぜっさついん)春(しゅん)』! 更にまたの名を『青(せい)剣(けん)・猫(にゃん)猫(にゃん)カリバー』!! さらに更にまたの名を……」


「異名が多い!! そして最初のもの以外は全て初めて聞いたぞ!? 今適当に付けておるだろう!!」


「チッ……バレたか……」


「むしろ何故判らないと思ったのだ貴様は」


 二人がコントを始めたところで、奈都の肩がわなわなと震え始めた。流石に綿雪がふざけて居るのに気が付いたのだろう。


 奈都はバッと顔を上げると、叫んだ。


「……そんな凄い人だったなんてっ! 君に会えたことが私は嬉しいよ我鬼君!!」


 奈都は叫んだ。満面の笑みで。

 え? 信じてるの? 君色々大丈夫?


 「ええ……」と津島が微妙な声を出した。


 案外この人もやばい人だったのかも知れない。と津島は思った。


 奈都はそのまま我鬼の手を取り、ブンブンと上下に振りながら瞳を爛爛(らんらん)と輝かせる。


「そっか! 先生が言っていたプロって君の事だったんだね!! そんなに強いなら安心だよ!!」


「お、おう……?」


「なら早く他の所も回ろう! 学校の七不思議を撲滅しよう!!」


 奈都のキャラ崩壊が愈々(いよいよ)顕著になって来た。撲滅って。


 言うと、奈都は我鬼の手を引きながら歩き出す。あれ? 離さないのですか?


 奈都は我鬼の手を引きながらテンション高く話しており、我鬼はその手に戸惑い顔を真っ赤にしながらなんとか相槌を打っている。


 その様子は正に青春の一頁……場所が月明りのみの薄暗い校内で無く、更に我鬼が白外套にジャージの半ズボンでなければだが。


 一方綿雪と津島は、その二人の後ろをこそこそと歩いていた。


「うーん良いなあ、青春だなあ」


「青春かなあ……まあ青春か」


 二人は一定の距離を開け我鬼たちを追従する。なんか入って行けないからである。


 「というかさあ」津島が聞いた。「何? さっきの説明」


「え? 言葉の通りだよ?」


 綿雪がポカンと返した。

 言葉の通りって……と思いながら、津島は更に突っ込んだ質問をする。


「否、そんな少年漫画みたいな事情じゃないでしょ、絶対」


 それもそうである。あのナレーション染みた台詞が真実だとは読者の方も思わないだろう。多分。


 綿雪は「んー」と上を向くと、さらっと言った。


「確かに、ちょっと盛ったのは否定しないけど……」


「……ちょっとじゃ無くない?」


 あれは明らかに「ちょっと」の量を超えていた。一体何が事実なのか良く分からない。

 それを感じ取ったのか、綿雪は肩を竦めつつ答えた。


「別に嘘は言ってないよ? ショウセイ君の仕事の中に怪奇現象の退治があるのは本当だし、剣の名前も『陽天龍剣』で間違いない……他のはさっき私が命名したから、此れからそう呼べば問題無い」


 否、絶対呼ばないでしょ。

 後半声が小さくなった綿雪に心の中で突っ込みを入れ、津島は更なる疑問を言う。


「そもそも……アレ、何だったの?」


「……」


 黙っている綿雪に、津島は畳みかけるように続けた。


「七不思議って言っていたけど、そもそもアレは何なの? 幽霊……とは違う気がするし、綿雪みたいな人達とは絶対に違うよね?」


 前の奈都を気にして妖怪と言う言葉は使わず、津島は言った。


 アレはそれ以外の何かだ。何とは説明できないが、所謂霊や綿雪達のような妖怪とは確実に違う、ナニカ。


 綿雪は数秒黙っていたが、やがて感情の読めない声で言った。


「……妖(あやかし)。悪霊と言われる怪異とも、妖怪私達とも違う、人の負の感情と陰の気が集まってできたナニカ」


「……あやかし」


「基本的な目的は妖力を集めて強くなること。生まれたばかりは無害だけれど、一定迄成長したら人間の生命エネルギーを奪おうと襲って来るようになる……尤も、夜にでもならない限り滅多な事じゃ見えないし触れられないのだけれどね」


 ここで一度台詞を切ると、綿雪は津島と目をあわせ、続けた。


「だから、夜の外出は止めた方が善い。特にこの町は怪奇現象の数が多いからね。不気味なところにも近づかないのが得策だよ」


 特に君はね。


 何やら含みのある言い方をすると、綿雪は前を向いた。


 それについて聞こうと思い口を開きかけると、ピアノの音が聞こえて来た。見ると、音楽室迄あと数メートルの所まで来ている。まあ後で聞けば良いかと思ったところで、津島は気が付く。


 ……ん? ピアノの音?

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