頭ごっつんこ

「ゼエッゼエッ、あのひと、ホント、足、速す、ぎない?!」


 綿雪がクラスメイト達への説明をしている間、津島は一人廊下を全力疾走していた。

 目の前には同じく走る我鬼の姿があるが、正直に言って追い付く様子はない。津島はこれでも短距離走は速い方なのだが……長距離は苦手なうえ我鬼の足も相当速く、然も後ろから見た限りでは疲れている様子もない。


「と云うかっ、僕、何で……」


 なんでこの人の事を追いかけているのだろう。


 と、津島は思う。


 津島は別段、良い人間ではない。

 人には悪戯ばかりをするし、他人が困っていても基本的には傍観の立場をとる。床にゴミが落ちていても拾わないし、やったことはやりっぱなしで片付けもせず、誰かが動いてくれるのを待っている。


 津島は其れを自覚しているし、別段変えるつもりもない。

 そんな人間が一体なぜ、人に囲まれて怯えた顔をした転校生を追いかけているのか、津島自身には分からなかった。


 まあ、あの人は綿雪と同じ妖怪だし。

 何しに来たのかは分からないけど、このまま変な気を起こして暴れられても困るし、多分、そんな理由でしょ。


 そんなことを考えながら走りまわっていると、数メートル先を走っていた我鬼がふと消えた。


 ……はい?

 ……あの人、どこに行ったの?


 慌てて周りを見ると、そこは津島のクラスから大分離れた場所だった。空き教室や理科実験室などが並ぶ場所で、人影はあまりない。

 何処かの空き教室にでも入ったのだろうか、と思い観察していると、空き教室のうち一つの扉が開いている事に気が付いた。


 ゆっくりと近づき、扉の内側を覗く。

 シーン。

 そんな効果音が出そうな教室には、しかし、ひとっこ一人居なかった。


「あれ、気のせいかな」


 薄暗い教室に足を踏み入れ、教卓の辺りから部屋全体を見回そうとする。教室の後ろを見渡しながら教卓に近づき、その前に立つ。

 然し、教室の後ろの方には誰も居る様子はなく_____その代わり、教卓の中に・・・・・人が居た。


「うわあっ」

「……っ!!」


 二人は同時に驚き、

 ゴンガン!


「いったっ!」

「っ!」


津島は黒板に、我鬼は教卓に、其々頭を強打する結果となった。




「あう……」


「お、おい、大丈夫か……?」


 打突音が鳴り響いた空き教室では、現在津島が頭を抱えて床でのたうち回っていた。横には、教卓の中から出て津島を心配する我鬼の姿が見受けられる。


「だ、大丈夫……二階から飛び降りた時よりは痛くない……」


「そ、そうか」


 ……人間の癖に二階から飛び降りた……? 此奴、実は馬鹿なのか……?


 津島の言葉に相槌を打ちつつ、我鬼は純粋な疑問を浮かべる。

 安心なされよ、ご推察の通り津島は馬鹿である。


 やってしまった。


 と焦りつつも、我鬼は今一度津島を見る。そして気付いた。


「貴様、まさか津島三七十か?」


「え? あ、うん。そうだよ」


 もうダメージが回復したのか、津島は軽い調子で上体を起こし、其の儘我鬼に対して続けた。


「確か、ショ……我鬼…さんは、文化祭の時に綿雪と居た人だよね。天狗を連行していた人」


「嗚呼そうだ……待て。今貴様『ショウセイ』と云いかけたな」


 指をゴキリと鳴らし、青筋を浮かべる我鬼。

 焦って冷や汗を流す津島。


「まってまって待って。ち、違うんだって。綿雪からは『ショウセイ君』って名前しか聞いてなかったのっ。本名今日まで知らなかったの!」


 手を体の前でぶんぶんと振り弁解を始める津島を見て、怒りの矛先が他の所へ向いたのか、


「……ちっ。あの狐……」


 と云うと、我鬼は拳を収めた。青筋の数は逆に増えた。


 シーン。


 と、ここで教室の中に沈黙が流れる。

 お互いほぼ初対面なうえ、相手に対してお互いあまり興味もないので仕方のない事なのだが、津島はこの沈黙に耐えることができなかった。


 あれ、これなに話せば良いの? と云うか何か話すべきなの?


 気まずーい空気が二人の間に流れる。


「あ、えっと……我鬼さんは……えっと……趣味は何ですか?」


「……将棋と囲碁だ」


「……」


 や、やったことないなぁ……。


 と、心の中で苦笑いを浮かべる津島。


「あ……じゃあ、好きな本は……」


「……妖丈記や李生門」


 し、知らない奴だなぁ……。

 方丈記なら聞いた事あるけど妖丈記ってなんなんだろう。そして李生門ってそもそもなんだろう。


「え……っと……今回は何の御用で……?」


「……この町の調査だ」


 い、一体何を調べるんだろう。


「…………」


「…………」


 静寂。非常に気まずい静寂。


 あ、これもう無理だ。


 と津島は悟った。

 会話を続けるだけこの空気は重くなることを理解した。


「あ、僕……もう……もどりますね……教室……」


「……好きにしろ」


 津島はそのまま立ち上がり、教室の扉を開け、外に出ようとする。

 我鬼は津島とタイミングを分けて出るつもりのようで、そのまま窓の外を見つめていた。


 で、このまま重い空気のままで終わるわけもなく。


「おーいっ! 二人ともそろそろ授業が……」


 ゴンッ!!

 津島が出るのと同じタイミングで入って来た綿雪の頭が、津島の頭と正面衝突したのであった。

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