部活開始前の一幕

 放課後。


 津島はホームルームの終わった教室で、一人惰眠を……

 …………………貪っていなかった。


「おいっ三七十。さっさと部活行くぞ」

「いーーやーーだーっ。綿雪が呼びに来るまで動かない動きたくなーいー」


 現在の教室には、窓際の自分の机にうつ伏せになって文句を垂れている津島と、それを引っぱって連れて行こうと奮闘する柏村と、その様子を写真に収めている竜胆の姿があった。


 因みに綿雪は帰りのホームルームのあと姿を消した。我鬼もそそくさと出て行った。故に柏村は部室(同好会だから会室か?)で待っているのであろう二人のために、さっさと津島を連行しなければならないのだ。


 だが、津島は最後の抵抗とばかりに動こうとしない。


 カブトムシのように机に張り付く少年とそれを引きはがす少年、更にはその様子をパシャパシャと取り続ける少女の姿はまさに青春の一ページ……申し訳ない、撮影係が居るせいで大分シュールである。何やってんの?


 廊下を通り過ぎようとした一人が、立ち止まって目をパチパチと開閉した。其の儘首を傾げると、まあ関わらない方が得策か、とでも言うように去って行った。うん。正解だと思う。


「おま、初日から遅刻は拙いだろ。入学式だってちゃんと来ただろうが」

「それとこれとは話が別なの! 嫌なものは嫌!!」

「ったくコイツは……!」


 柏村が頭をガシガシと搔きながら打開策を考える。然し、結局何も浮かばなかった。

 そんな中、竜胆がふと時計を見る。時間は十六時。帰りのショートホームルーム終了からゆうに三十分は経っている。


「津島君。そろそろ行かないと先生に怒られるよ」


 ピク。


 と、津島が固まった。


 お?


 と柏村が何かを察する。


「……いやーホントになあ。水浅葱先生優しそうではあったけど、ああいう人は怒ると怖いからなー。抑々先生すげえ楽しみにしてたっぽいし、それを考えると遅れるのはちょっと気が引けるよなあ。うん」


「あの人は多分、目的のために手段を選ばないタイプ」


 二人の言葉がグサグサと津島の背中に突き刺さり、ついでに過去の、まさに手段を選ばなかった綿雪の姿が目に浮かぶ。


「………………………行く」


 津島はそう返事をすると、渋々荷物を肩にかけ始める。


 よしよし。


 柏村はそう頷きつつ、これから何か言い出した時には先生の事を話題に出そう。と心に留め置く。


 開いた窓から冬の寒い風が吹いてくる。三十一谷先生が換気のためにと全開にした窓である。

 津島がふと、動きを止めて窓を見やった。


「……集まる場所って何処だっけ?」


 と聞いた津島に対し、柏村。


「ん? 嗚呼。昼に先生が言ってたのはそこから見える、クラブ棟の一階だって話だったけど」

「ふーん」


 それを聞くと、にわかに津島の声に元気が戻って来た。


 あれ? と、柏村に嫌な予感が到来する。


 我鬼との会話の中でも言っていたが、津島は過去に、この二階の教室からフライアウェイしたことがある。因みに授業中唐突に。


 幼馴染としての柏村の脳が警報を発する。


 津島、窓、二階、これらがそろった中、さらには津島からいつも人に迷惑をかけて楽しんでいる時の雰囲気を感じ取り、即座に此れから津島がどう行動をするのかを理解した。


「おい、まさかお前……」


「このままじゃあ面白くないよねっ」


 言うと、津島は開かれた窓へと走る。


「あっ! このっ……」


 柏村が右手を伸ばす。も、津島はそれをひらりと躱し、


「ヒャッホーッ」


 という声とともに、二階の窓から飛び出した。


「……っ、三七十!」


 柏村の怒鳴り声の中津島は落下を続け……

 …………「ぐえっ」と云うカッコつけた割にはあまりにも締まらない声とともに、ちゃんと地面に激突したのであった。




「あらあら、落ちちゃったか」


 と、地面で伸びている津島に声をかけたのは、クラブ棟の近くで偶々津島の落下を見ていた綿雪だった。

 しかし返事はなく、よくよく確認すれば、頭にはたん瘤と、右腕には打撲痕がある。


 あ、気絶したのか。

 と理解するのに、あまり時間は掛からなかった。

 そして同時に、頭上から声が掛けられる。


「先生ー! すみませんっ。ちょっと落ちやがりましてーっ」


 そう言って窓から身を乗り出し大声を出す柏村達を見上げながら、綿雪は言葉を紡ぐ。


「嗚呼、大丈夫大丈夫。この子の事はちゃんと運んでおくから、君たちも早く降りておいでー」


「分かりました! ……先生、三七十のやつ大丈夫ですか? 前やったときは無傷だったんで、大丈夫だとは思うんですけど」


「嗚呼。大丈夫そうだよー」


「なら良かったです」


 言うと、柏村達はそそくさと窓辺から去って行った。綿雪も、自身の左側に津島の頭が来るように、津島を抱え上げる。

 肩と膝裏を持つ、所謂(いわゆる)お姫様抱っこである。

 其の儘部室に向かいながら、綿雪は感心した。


 確実に骨折するであろう態勢で落ちてきてなお、打撲程度の傷で済んだ津島の頑丈(がんじょう)さに対して。


 そして、腕と頭の傷を見て。

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