初めての部活は重労働

「ゼエッゼエッゼエッ」


 津島は一人一階階段に腰かけ、息を切らしていた。

 現在、なんでもお助け相談会同好会は、吹奏楽部の依頼で楽器の運搬をしている。


 なんでも彼女らは明日町内会で開かれるコンサートに出場するそうで、楽器を車に乗せることを手伝って欲しいとのことらしい。

 出動メンバーは平井と竜胆以外の四名。二人は現在追加の依頼が来た時の為に、部室に残り暇をつぶしている。


 で、現在四人で楽器の運搬手伝っているわけだが……津島は早くもダウンしていた。


 運び始めて三十分も経っていないが、抑々津島は運動が余りできない。否、瞬発型の競技ならば良い記録が出せるのだが、重い荷物を四階から一階迄運ぶといった、所謂(いわゆる)持久力の居る運動は苦手なのである。

 因みに他の三人は未だテキパキと働いている。柏村は体育会系であるし、我鬼も綿雪も妖怪であるから身体能力は高いのだ。


 もうサボろうかな。

 と津島は思い始めた。


 正直自分が戦力になっているとは思えず、あの三人だけでももう問題ないような気がしている。

 抑々無理やり入らされたようなものであるし、いっそ「こんなの無理」と云えば同好会自体も辞められるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら息が落ち着くのを待って居ると、ふと上から話声がした。


「……うなのです。だから早く終わらせねばならず」

「なるほどねえ。それはなかなか不気味だ。それにしても七不思議か、他にもあるのかい?」

「否、私はあまり……、ミヤトモ、あ、友人のほうが詳しいかと」

「おや? 怪談好きの子かい?」

「ええ、かなり詳しいようで。メジャーからマイナーまで網羅している様子」


 如何やら綿雪が吹奏楽部の生徒と話しているようだ。

 綿雪が座っている津島に気が付いたのか、後ろから声がかかる。


「お、三七十じゃないか」


 呼ばれて振り返ると、綿雪は両手に大きなケースを持っていた。

 ここぞとばかりに、津島は先程の事を抗議する。


「これ、僕がいても居なくても変わらないよね。帰ってもいい?」

「何を言って居るんだい。駄目に決まっているだろう」

「……だよねえ」


 半分駄目元で聞いてみたが、矢張り無理らしい。

 津島は諦めて立ち上がると、ため息を一つ零し、そのまま上へと向かう。


 四階へ着くと、柏村と我鬼が大きなケースを持って居るところだった。柏村は一個を重そうに。我鬼は二個を軽々と。

 どうやらそれで最後らしく、他の楽器の姿は見えない。


「ええ、終わり? 折角上って来たのに?」


 また半分息を切らしながら、津島は言った。

 まあ良いか、と踵を返すと、後ろから声が掛かる。


「あっ三七十! 丁度いい、ところに……!」

「げっ」

「おい今ゲッて言ったか? それよりもこれ手伝え」


 言うと、柏村はケースを丁寧に床に置いた。


「ええぇ。一人でやってよ。疲れているんだから」

「俺だって疲れてんだよッ」


 正論に呻き、尚も


「別に一人で運べるでしょう?」


 と、運びたくないことを主張する。が、その瞬間音楽室に女子部員達が数人戻って来た。如何やら二年生のようで、荷物はまだあるかなと言うように音楽室を覗いている。

 一応確認しよう。津島の趣味の一つは女性を口説くことである。

 お? と思い、津島は抗議の声を上げる柏村を無視して彼女らに近寄り、声をかける。


「あ、先輩方、あの二人が持っているので最後ですよ」


 その声に、真ん中あたりに居た生徒が返す。


「なんと、然し重そうだね。助力するよ」

「いえいえ、多分大丈夫ですから。それに、女性にあんな重いものを運ばせるわけにはいきませんので」


 津島は妙に紳士的な言葉を紡ぐと、音楽室で荷物を持つ男性陣を一瞥した。先程も言ったように可成り大きな荷物である。具体的に何が入っているのか津島は分からなかったが、大きさからして床において使う類のものだろう。


「ですからお気になさらず」


 下まで送りますよ、と、一拍おいて云おうとして、そこに先程の二年生の言葉が入った。


「詰まり、自分が手伝うから我々には休んで欲しい、と、暗に気を使っているのだね?」


「……えっ?」


「明日コンクールに出る我々の体調と心身を気遣っての行動と云うわけか、中々良い奴ではないか」


「いやっ、あの」


「では我々はこの辺りで失礼するとしよう。気遣いに感謝する」


 すたすたと踵を返す女性たち。

 こう言われたのでは、もう手伝わない訳にはいかなくなった。


 津島の思惑は、あの後階段で誰か口説こうと計画していたことも、その後お茶にでも誘おうかと思っていたことも、それに紛れて部活をサボろうと画策していたことも、全てが崩れ去った。


「おし、三七十、運ぼうぜ」


 キランとした笑顔で言う柏村。

 表情も声も明るいが、その中には確実に「ざまあ」という心情が隠れている。


「おい、さっさとしろ」


 固まる津島の横を我鬼が通り過ぎた。其の儘我鬼は軽やかに階段を下って行った。


「はあああ」


 津島のため息が、静かな音楽室に大きく木霊した。

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