与島星彦

「い、いや、な、何なの? なんでそこまで分析されているの? 私」


「妖怪の中でも有名な方ですからね。仕方ないでしょう」


「な、何故だ……」


 ほんとに何故? 分析するなら私よりも林太郎さんとかにしてよ。


 私はげんなりと項垂(うなだ)れながら、この世で一番嫌いな相手の顔を思い浮かべた。

 因みに林太郎さんはショウセイ君の上司だ。一応恩人ではあるのだが、昔色々…………思い出さなきゃ良かった。


 一方、青年の方はルンルンとした雰囲気で、先程よりも元気そうだ。そのテンションのまま言う。


「いやいや、先程は飛んだ御無礼をお掛け致しました。このようなところで水浅葱さんにお会いできるとは恐悦至極に御座います。あ、私は織田(おだ)栄次郎(えいじろう)です。以後お見知りおきを」


「あ、そう。まあ良いけど」


 疲れて適当な返事をする。それにしても栄次郎君か……うん。名前呼び嫌だな。もう織田君で善いか。


「これで、私の目的が一つ果たせるかも知れません」


「目的? あ、そうだ。それを聞いていたのだよ」


 この子の変なテンションのせいで完全に忘れてた……。


 思っていると、突然織田君が跪(ひざまず)いた。


 ……え?

 ……なに、この状況。


 事態を飲み込めていないまま、彼が手を差し伸べてくる。


「是非、私に力を貸しては下さいませんか?」

「……は?」


 間抜けな声を漏らした私の疑問に答えるかのように、織田君は続ける。


「否実は、私は現在、強い妖や怪異、妖怪を探して居ましてね。この町にもその用と、他の探し物をしに来たのですが、いやはや、名前憑きの妖怪の方に出会えるとは、これはもう運命ですね」


 え、なに運命って。言い方がなんかヤダ。というか、


「何その、名前憑きって……」


「ああ、名前が判明している、または名前を付けられた妖怪なんかに使われるものです。今風の呼び方をするのであればネームドですよ」


「……はあ」


 微妙な顔で微妙な返事をする。なんかもう疲れた。何この子。

 面倒臭いけれど、取り敢えず返事をしておくことにする。


「ええっと……仲間に成って欲しいってことかい? それならお断りしたいのだけれど……」


「な、なんと!? なって呉れないんですか?!」


「そ、そんなに驚かなくても……」


 織田君は一人でブツブツと、おかしい、完全に仲間になる流れだったのに……と言っている。否、何処が仲間になる流れだったの?


「否、私は誰かの下には付かないことにことにしているんだよ。そもそも絶対服従とかめんどくさいし」


「何をおっしゃいますか?! 三食ご飯に給料に住む場所もプレゼントしますよ? 破格の対応でお迎えしますよ!!」


 ……絶対服従は否定しないんだね。

 そう思いながら、少し冷めた気持ちで、


「ご飯は食べなくても生きていけるし、お金も要らないし、住む場所も無くて良いんだけど……」


 と、やんわりと断った。


「なんてこった……では何を差し上げれば仲間になってくれるんですか……」


「何を貰ってもならないものはならないよ。分かったら、私の事は諦め給え」


「……はい。そうします」


 名残惜しそうに言うと、織田君は跪くのをやめ、立ち上がった。


「あ、じゃあ、別の事を聞いても宜しいですか?」


 ま、まだ食い下がってくるのか。

 まあ良いか。

 呆れながらも、


「なんだい? 何か聞くなら早くしたまえ」


 と返す。すると、織田君は声を明るくして、先程の道化顔のまま言った。


「嗚呼、ありがとうございます。あの先程、探し物をしている、と云ったではありませんか」


 ああ、そう云えばそんなこと言って居たな。

 そう思いつつ、織田君の言葉の続きを待つ。

 そして、彼は聞き捨てならない単語を口にした。


「まず一つ目は、与島星彦の生まれ変わりです。」


 ……ふぅん。


「生まれ変わり、ねえ……」


「あ、抑々与島星彦って誰かご存じですか? 百五十年前に存在した、他とは一線を画す、正真正銘天才の陰陽師です」


 【与島星彦】。江戸に生きていた妖怪ならば、誰もが一度は聞いたことがあるであろう陰陽師だ。


 陰陽師は生命エネルギー___所謂呪力やら霊力やら言ったものだが___を元に、まあいわゆる陰陽術を使って怪現象を解決する。

 与島星彦は、その陰陽術の天才だった。


 目を細めつつ、私は「まあね」と当たり障りのない返事をする。


「そうですよね、名前くらいは聞いたことがあると思います」


 織田君は一人納得し、説明を続ける。

 まあ、聞いたことがある、と云うよりは、知っている、の方が正しいのだけれど。


「それで、生まれ変わりなんて言われても、何故探しているのか、と云う事にはつながらないと思いますが……ここで、面白い話がありましてね」


 織田君は唇の端を持ち上げる。


「与島星彦の死因は、ご存じですか?」


「……死因、ね」


 嗚呼、厭な話だ。


「……彼、他の陰陽師に処刑されたんですよ」


 知っている。


「しかも理由が、妖怪の恋人を作ったからなんですって」


 それも、知っている。


「馬鹿な話ですよねえ。他の陰陽師が許す筈がないのに」


 ……そうだった。それなのに、あの子は。


「まあ、だから陰陽師を辞めようとしたらしいんですけど、彼程の才能、周りが簡単に手放すわけがないんですよ」


 全く持って其の通りだった。


「いやあ、でも本人は辞めるつもりじゃないですか。然も、周りで彼に敵う人間なんて居ないんですよ」


 そうだ。だから彼らはあんなことをした。


「それで周りが考えたのは、よし、殺して生まれ変わらせようってことだったみたいで」


 始めは反対して、途中で納得したふりをして。


「普通は生まれ変わっても霊力や才能は受け継げないから、それを解決するために滅茶苦茶な術を掛けて殺したんですって。毒でね」


 最期の日、あの子は笑顔だった。

 笑顔で別れて、其の儘帰って来なかった。


「まあ、妖怪と恋に落ちたのが運の尽きだったんでしょうね」


 そうだ。

 全く持って否定できない。


「その妖怪さえいなければ、今頃怪現象や妖怪狩り達との勢力図は、大きく変わっていただろうに」


 その妖怪さえ居なければ、彼奴は陰陽師たちの間で、もっと囃し立てられて、友人とも仲良くやれていたはずだ。


 失望されることもなく。

 裏切られることもなく。

 辛い思いなんてすることは無かったのだ。


 誰が、その事実を否定できるだろうか?

 出会ってさえいなければ。

 私さえいなければ、君はもっと幸せだったのかもしれない。





「それで、その生まれ変わりが生まれるって予言された年が、丁度このあたりなんですよ。尤も、もうとっくにうまれていて、今はもう大人なのかも知れないんですけどね」


 綿雪の心情には全く気が付かず、織田栄次郎は言葉を続ける。


「なので、霊力が高い人の心当たりとか、ありませんかね?」


 ……ああ。存外早かったなあ。この様子じゃあもうすぐ陰陽師とかも来るか。面倒だ。


 綿雪はそう思うと、悟られないように呼吸を整えながら、用意していた言葉を御道化た調子で言ってのけた。


「……いやあ、私は霊力の探知は苦手でね。力には成れそうにないよ。悪いけどね」


 それを聞くと織田は残念そうに、先は長いなあ、そう呟いた。


「ま、精々頑張って呉れ給えよ」


 そう言って、綿雪はその場を後にした。




「あ、行っちゃった。もう一つ聞きたかったんだけど」


 綿雪が消えたビルの屋上で、織田栄二郎は独り言を零した。

 そのまま彼は少し残念そうにしていたが、いずれ眼下の町並みを見下ろして、一つ考え事を始める。


 ……まあ良いか。こっちはついでというか、そもそも見つかるかどうかも分からないものだし。

 ……それにしても、こうも見つからないか。生まれ変わりよりはよっぽど目立つ姿をしていると思うんだけどなあ。アレ。


「我鬼羽立、曾爺さんが作ったアレは、一体何処に行っちゃったんだろうな」



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