格好が酷いせいで色々と残念である
情け容赦なく津島を引き渡した後、綿雪は開演時間までふらふらと歩くことにした。
因みに開演時間は十二時。残り時間は約二十五分。入れるのは十一時五十分からなので、体育館には入れず、だからと言って他に何かするには少々心もとない時間である。
「さあて、どうしたものかな。射撃はもう堪能したし、二年生エリアで回れるところはもう無いよね」
綿雪は廊下を歩きながら呟いた。
そういえば中庭で屋台がやっていたなー、でもお金ないのだよねー、これなら引き渡す前にあの子から財布でも盗っておけばよかったなー。
かなり物騒な事を考えているがもう読者の方は慣れただろう。少なくとも自分は慣れた。
「おい」
考えながら歩いていた綿雪に、唐突に話し掛けるものが居た。
綿雪が振り向くと、そこには一人の男性。パッと見は高校生から大学生くらいの年齢だ。少年と表現すればいいのか青年と表現すればいいのかよく分からない微妙なラインである。
容姿は灰色の釣り目、艶の有る尖った黒髪には所々白髪が見える。ストレスが多いのかもしれない。
服装はポロシャツに短パン、更にその上に白い長外套を羽織るというなんとも言えない格好をしていた。
ポロャツには大きな目玉がプリントされ、短パンはジャージに近い形状、外套だけは品がありどれもコンセプトがずれている。
壊滅的センスとはこのことをいうのかも知れない。
正直年齢がよく分からないのはこの服の所為もあると思う。
今彼の横を、笑いを堪えながら一人の中学生が横切った。この少年は帰ったら親や友達に報告するに違いない。きっと多分恐らくメイビー。
一歩間違えば変人と思われる格好をしたその少年(?)は、気の強そうな灰色の瞳で綿雪を睨んでいた。眉間には皴が寄り、明らかに不機嫌そうである。
「貴様、ここで何をしている」
少年(?)が不機嫌な声で言った。如何やら綿雪の知り合いらしい。あまり仲は良いようには見えないが。
一方、綿雪は機嫌よく返した。
「おお、ショウセイ君だ! 奇遇じゃあないかこんな処で」
「貴様っ…」
ショウセイ君と呼ばれた少年の不機嫌さが更に上がった。拳がわなわなと震えている。
その様子に周りの一般人がぎょっとした。
なんでこの人こんなに怒ってるの!? このコスプレイヤーのお姉さん一体この人にどんな非道いことをしたの!?
誰もがそう思った時、大音量でショウセイは言った。
「小生の名前はショウセイではなく我鬼がき羽立はだちだと何度言えば分かるのだ!! 会ってこのかた間違い続けおって!」
何という事だろう、綿雪は名前を間違えていた。
「直す気は在るのか! 読者に名前がショウセイで覚えられたら如何してくれる!!」
止めてメタいから。
「貴様も貴様だ地の文! 先程流れに任せ小生の名前を間違えただろう! 貴様が間違えてどうする! 正しく描写も出来ないで良く地の文が名乗れたものだな!!」
え、いや、しょうがないだろう。自分は君の事初めて知ったのだから。
「はっ、登場人物の名前も把握していないなんてとんだ無能だな! 更には小生が自分の名前を言った途端当然のように何も言わずに直しただろう! 自分の失態を無かったことにするとは、この恥知らず!!」
な、おま、地の文だって全部を知っているわけじゃ無いし!!
というか酷いよ! そこまで言わなくても善いじゃない! 自分が君に何をしたって言うんだ!
「君たちそろそろ止めたら? 話が進まないよ」
あ、そ、そうですね。こんなメタい話もう終わらせた方が良いよね。
「ところでショウセイ君、一体誰と話していたの?」
「小生の名前はショウセイではない……ん? 知らなかったのか?」
「うん、さっきも一回話したのだけれどもね」
だから止めなさいって。
(誰とのとは言わないが)割と不毛な口論が終わった後、二人はショウ……我鬼の提案で場所を移動した。
場所は目立たないからという理由でまたもや屋上。実は関係者以外立ち入り禁止なのだが、そんな事は気にしないらしい。
「それで? わざわざ人気のない場所に移動をしたのは何故かな? もしかして愛の告白?」
綿雪が白い長髪を揺らしながら、冗談めかして聞いた。
が、我鬼は大真面目に、灰色の目で綿雪を睨みながら返す。
「そのような訳があるか。貴様と人間の前で話すわけにもいくまい」
「まあ、妖怪同士その方が楽なのは認めるけどね。折角移動したのだから変化を解いたら? その方が楽でしょう?」
我鬼は綿雪の言葉に渋々といったように頷くと、目を閉じた。
瞬間、我鬼の体に変化が現れる。
白髪交じりの黒髪からはピンと黒い犬の耳が生え、腰のあたりからはこれまた黒い犬の尾が生えた。
そして彼が閉じていた目を開ければ、瞼からは灰色では無く、薄緑色の虹彩が覗く。
そこに居るのは、何処からどう見ても半人半犬の妖怪だった。
なんと言う事だろう、如何やら彼は綿雪と同じく妖怪だったらしい。
え? 察していた? いやいや、まあそれは置いておくとしよう。
「さて、本題に入るが……貴様、一体何をしている」
変化が終わり、我鬼はすぐさま会話を再開した。開けた口からは長めの犬歯が見える。
問い詰めるような我鬼の声に、周りの空気が張り詰めた。
「君と話している」
しかし、綿雪は気の抜けた声で気の抜けた返事をした。
「ふざけるな。真面目に答えろ」
「えー……見ての通り文化祭を楽しんでいるのだよ。何か文句ある?」
「文句ある? ではない!! 変化もせずにウロチョロとしおって、人間には極力関わるなと言われているだろう!!」
我鬼の噛み付くような言葉に、
「そんなのはそちらの都合だろう? 私が気を遣う義理はない。それに最近じゃあこの格好の儘でも案外バレないよ。皆只のコスプレイヤーだと思って呉れる」
綿雪は又もや冗談めかして返した。
相手の不真面目な態度に、我鬼の額に青筋が立つ。
しかしここで怒鳴ってもどうにもならないと、我鬼はなんとか怒りを抑えた。
溜息を一つ吐き、我鬼は話題を変える。
「ところで、先程人間と共に居たな、何のつもりだ?」
綿雪は我鬼の言葉に驚いた表情を見せた。
「見ていたの? なら声くらい掛けて呉れれば善かったのに……何のつもりも何も、文化祭を案内して貰っていたのだよ。ついでに食べ物でも奢ってもらおうかと思ってね」
何処までもこちらの言う事を聞こうとしない綿雪に、我鬼が呆れたようにため息を零す。
が、直ぐに我鬼は気を張りなおした。
今迄よりも一層強い口調で、懸念を口にする。
「……まさか、正体を晒しては居るまいな」
我鬼が綿雪を睨んだ。子供が気絶しそうな眼力である。
しかし、綿雪は一ミリも怯まずに飄々と言う。
「勿論、言った」
瞬間、我鬼が俄かに殺気立った。
「貴様……!」
「おっと待った待った、流石に全員にでは無いよ。ほら、あの黒鳶色の髪に赤朽葉色の目をした子ね」
「人数の問題ではない!! 一人にでも存在が知られればそこから全体へと広がる! あのような臆病で残虐な生物に正体を知られ、滅ぼされた同族の数を知らぬ貴様でも無いだろう!!」
我鬼は叫んだ。
その言葉に、今まで保たれていた綿雪の微笑が、崩れた。
「あの子はそんな子じゃない」
空気に、罅ひびが入った。
それほどの鋭い怒気を含んだ声で、綿雪は断言した。
まるで、大切な人を侮辱された事に、憤りを覚えたとばかりに。
我鬼は押し黙る。
綿雪は殺気を仕舞い、先程よりも穏やかな声で続けた。
「若もし仮に、あの子が君たちに害を及ぼすような行動をしたときは私が止めるよ。それにもうそんな時代じゃないだろう? 妖怪狩りや陰陽師も私達と同じく数が減っているし、なにより私達の存在を信じる者がほとんど居ない。そんなに警戒する必要は無いのじゃあないかな?」
最後に綿雪は笑顔を添えた。先程の怒気はもう跡形も無く消えている。
「……そうまで言うならもう止めまい。兎も角、我々の邪魔だけはするな」
「はいはい、ショウセイ君の仰る通りに」
「小生の名前はショウセイではない」
我鬼はそう疲れたように言うと踵を返した。屋上への出入り口に向かううちに、また我鬼の体は人間のものに変わっていき、最終的には元の人間の姿になった。
綿雪がその背中に問いかける。
「あれ? 帰るの?」
「否、もう貴様と関わりたくないだけだ……」
貴様といるとどうも疲れる、と我鬼は続けて返した。
「酷いなあ……と言うか、用事はそれだけ? 他にもあるでしょ?」
我鬼が歩みを止めた。
大きな溜息を吐きながら振り向き、綿雪を見据える。
「……貴様の事だ。予想は付いて居るだろう」
「まあね。君が態々大嫌いな人間のお祭りに遊びに来るわけがないし、どうせ仕事でしょう? 妖? 怪異?」
「それもある。だが、主は”回収”だ」
綿雪は首を傾げた。その様子に我鬼は少し思案するような表情をすると、やがて口を開いた。
「……藍平と紅平が、行方をくらました」
「ええっ? あの双子が?」
「嗚呼、小生も驚いている。三日前、大天狗殿から要請が有った。痕跡から考えると、この街に来ている筈だ」
「ふぅん。あの人に黙って随分遠くまで来たんだ」
あのお祖父ちゃん子達がねえ、そう綿雪は続ける。二人にとっては相当意外な事らしい。
「じゃあショウセイ君はこの街で二人を探し乍ながら、ついでに怪異を狩って回って居る訳だ。仕事熱心だねえ。何か収穫は?」
「……そのことだが……何も」
「え?」
「信じられないが、街全体が何かとてつもなく大きなものの妖力に覆われている。それに邪魔されて、他のものの妖力が感じとれんのだ」
「ふーん……成る程ねえ……」
「おかげで今まで双子の痕跡どころか、気配すら感じられん。引き続き捜索するが、貴様も何かあったら教えろ」
「はーい……ん? ……あ!!!」
と、ここで綿雪が突然にも大声を出した。吃驚して我鬼の肩が揺れた。なんだ何が在った。
行き成り大声を出すとは何事だ。若しかして双子の手掛かりに何か思い当たる事が在るのか?
我鬼が驚きながらも真面目な事を考えていると、
「もう体育館に入れる時間じゃないか!!」
と、綿雪は叫んだ。
綿雪の視線は屋上から唯一見える中庭の時計に注がれており、その時間、丁度十一時五十分。津島のクラス発表の時間十分前である。
そう、なんかコスプレイヤーと壊滅的センスな男というシュールな絵面で途轍もなく大真面目な会話をしていたが、綿雪は絶賛暇つぶしの最中であった。
綿雪の瞳はきらきらと輝きだした。
その瞳からはもう先程の面倒臭そうな雰囲気も、ショウセイ君相変わらず服のセンス悪いなーという感想も、屋台のたこ焼き食べたいなーという望みも、タピオカって美味しいのかな? という疑問も、それにしても空が青いなーと思ったことも、兎も角全部消え、演劇が観たい! という欲求のみ映っていた。
もう文化祭楽しむぜモードである。切り替えが早い。
「こうしちゃおられねえ、とっとと行かねえとええ席取られちまう!(訳:こうしてはいられない、早く行かないと善い席を取られてしまう)」
「は?! 貴様誰だ?」
「何を言うべか、おらあ綿雪だあ。こんな会話してる場合じゃあなか(訳:何を言っているのだい? 私は綿雪だ。ってこんな会話をしている場合じゃない)」
キャラがぶれている綿雪についていけない我鬼の手を、綿雪が急に握った。
「いきなり何をっ」
我鬼、女子(?)に手を握られ一瞬固まる。しかしこの小説はラブコメではないので、告白とかは無い。
「行くべ!!(訳:行くよ)」
言うと綿雪は屋上への出入り口へと走り出した。因みにぎりぎり人間の速度で。
「おい! 少し待」ガリッ「ぐ…」
我鬼、引っ張られながら喋ったので舌を噛んだ。ガリッというとても痛そうな音がした。
それには構わず、綿雪は階段を下りていく。
幸宮高校の体育館で、世にも奇妙な”演劇”が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます